#05-3 無力で無価値な役立たずヒーロー
瞬間、響いたのは甲高い金属音。
その音に驚いて、目を開けた要の視界に広がったのは、彼が予想していた光景ではない。
幼い少女が凶刃によって倒れる姿ではない。そこに広がっていたのは、無能力者が振り下ろした斧を日本刀で受け止めている第三者。
風によって揺れる白いマント。遠目からでも分かる光り輝く金の髪。マントの下に着こまれた要と同じ黒い服――無能力対策本部の制服だった。
無能力者は突如現れた第三者に驚き、距離を取る。
「大丈夫か?」
「……う、うん」
「よし。それなら走れるか?」
「うん」
「よし、いい子だ。ここはオレが引き受けるから、君は早く逃げるんだ」
「うん!」
少女の頭を軽く撫でて、金髪の青年は笑う。その容姿は驚くほど整っている。力強く頷いた少女が走っていくのを見送って、金髪の青年は無能力者を見据える。
絶体絶命のピンチに駆けつける正義のヒーロー。まるで物語の主人公のような登場をした青年は刀を構えながら、静かに告げた。
「……これ以上の抵抗は止めてくれないか?」
「…………は、はは……」
暴れていた無能力者は乱入者の顔を見るなり、乾いた笑いを浮かべる。その反応に要は不思議に思う。
誰だか知らないが、対策本部の人が助けに入ったのならば、事態は丸く収まるだろう。
要がそう考えたのは至極当然のことだろう。いくら撫子と葵の二人だけが突出しているとはいえ、他の隊員だって要よりはよっぽどマシな筈だ。
ふと要は周囲の人々の様子がおかしいことに気付く。
本部の制服を着た金髪の青年。彼を見る周囲の目はひどく冷めている。要を見ていた無能力者を蔑む目とも違う。助けられたことへの感謝すらない。
その目は、何故お前なんだと役立たずをみるような非難の視線であった。
「ははははははははっ!」
紫の髪の無能力者は狂ったように笑いだす。
「何がおかしい?」
「何がおかしいって? おかしいに決まってるさ。見ろよ、周りの反応を! 助けに入ってくれたお前に感謝なんて誰もしてない! むしろ役立たずを見る目だ! ああ、ああ、俺も知ってるぜ! アンタのことは良くな!」
そう言って、男は斧を持ったまま、金髪の青年に襲い掛かる。青年はそれを刀で受け止めようとするが、受け止めきれずに刀が吹き飛ばされる。
丸腰になった青年に男は容赦なく斧を振り下ろした。咄嗟に身を捩って避けるが、僅かに間に合わず斧は青年の腕を切り裂いた。
赤く染まる腕を押さえる青年。そんな彼を見下ろして、紫の髪の無能力者は嘲笑う。
「『無力』で『無価値』な役立たずヒーローってな! なあ、袋桐蛍! あれだけヒーローと持て囃されてた奴が惨めだなぁ!」
男の言葉に金髪の青年――袋桐蛍は、悔しそうに唇を噛みしめた。
袋桐蛍。
その名前は聞き覚えがあった。
その顔は見覚えがあった。勿論、要の知る顔よりも成長しているが、それでも面影があった。
蛍の姿に目を奪われていた要は、自らの腕に嵌めているバングルが着信を告げているのに気付いて、慌てて電話に出た。
『カナメン! すぐ傍にほたるんがいるっしょ!?』
「は? ほたるん?」
『金髪の無能力者だよ! とにかく、ほたるんだけじゃ絶対に無能力者を止められない! カナメン、ほたるんと協力して、その暴れてる無能力者の制圧よろしく!』
「無茶言うな! 援軍はまだなのか?」
『いま向かってるけど、間に合わないって! 撫子ちゃん達がつく頃には、カナメンもほたるんも死んでるぞ!』
「……はぁ。どうしたらいい?」
『カナメンの無効で、ほたるんの言葉を無効化して! 言葉の影響さえなけりゃ、ほたるん滅茶苦茶強いから!』
簡単だろとばかりに言われたが、要は頭が痛くなる。そもそも言葉を無効化などどうすればいいのか。
いままでの訓練は体力育成がメインで、要は自分に憑いている言葉をどうやって使うのかすらよく分かっていないのだ。
『無能力は保持者の意志の強さで引き出されるって言ったろ? だから、カナメンが強く願えば上手くいく……筈だ!』
あまりにもアバウトなアドバイスに要は溜息をついた。だが、やるしかないのだ。
周囲にはすっかり人がいなくなっている。残っているのは要と蛍。そして、暴れている無能力者だけだ。
蛍が殺されれば、間違いなく無能力者は要を狙うだろう。
要は覚悟を決めて、走り出す。途中で、地面に落ちていた日本刀を拾い、それを蛍に向かって放り投げた。
「おい、あんた!」
「っ!? カナメ!? え? なんで?」
「話はあとだ。いいから、手伝え」
「なんだぁ? お仲間か。いいぜぇ、二人纏めて地獄に送ってやるよ!」
男が斧を振り下ろす。だが、その刃は要に届くことはない。
透明な壁が斧を弾き返す。
「っ!? お前、『無効』保持者か! 新しい奴が現れたとか聞いてねえぞ!」
「こっちだって、好きでなったわけじゃねえよ。おい、あんた。強いんだろ? あいつを何とかできるか?」
「え? あ、ああ。やってみる」
目を丸くさせていた蛍だが、すぐに表情を引き締めて、刀を構える。そのまま一足飛びで無能力者に向かう。だが、男はあっさりとその一撃を受け止め、振り払った。
呆気なく地面に転がされた蛍に要は通話状態のままだったセツに怒鳴る。
「全然無効化できないじゃねえか!」
『俺のせいじゃねえよ! カナメンの意志が弱いだけだろ!?』
「大体意志の強さってなんだよ!」
『覚悟……誇り、目的、譲れない想い。色々あるけど、とにかく今はその場を生き抜く事だけ考えろ! ごちゃごちゃ考えると弱くなるぞ』
「ああもう!」
結局何の答えもでないまま、要は走る。
蛍を襲う斧を透明な壁が受け止めるのを感じながら、要は地面に倒れている蛍の胸倉を掴む。
「いいか! 俺の目的は元の時代に戻ること! その為なら、なんだって利用する。あんたの事も。俺はこんなところで死ぬわけに行かないからな」
いきなり胸倉を掴まれて怒鳴られた蛍は目を丸くさせている。それはそうだろう。あまりにも理不尽。あまりにも横暴なことを要は彼に言ったのだ。
相手を不快にさせても怒らせても仕方のない事を言った。だというのに蛍は、へにゃりと笑った。
「なんかよく分かんねーけど、お前がそう言うなら、分かったよ。カナメ、お前を信じる」
それはあまりにも純粋な笑顔。人を疑う事など知らない純粋で無垢な笑み。人を疑ってかかる要には決して浮かべる事ができない笑み。
あまりにも眩しい笑顔に要は何も言えなくなる。そんな要から離れて、蛍は立ち上がり、刀を構えた。
ゆらりと一瞬だけ、彼の金髪が黒髪に見えた。それと同時に彼の纏う雰囲気が変わるのを感じた。
圧倒的な強者の気配。決して負ける事など知らない
次の瞬間、蛍の姿が消えた。そして、次に要が認識できたのは、地面に押さえつけられている無能力者の姿。
一瞬の事だった。
撫子達が無能力者を制圧する姿も一瞬だと思っていた。だが、それは違うのだと要は気付いた。本当の一瞬というのは今の事なのだろうとぼんやりと考えた。
まるで時間が飛んだかと思えるほど、そもそも何が起こったのかすら見えなかった。分からなかった。ただ結果として、制圧された無能力者がいたという事実しか認識できなかった。
制圧された無能力者自身も何が起こったのか理解できなかっただろう。
ただ自らの体を襲う激痛に表情を歪ませていた。
「お前を拘束させてもらう」
静かな声でそう告げた蛍は手早く男を拘束していく。
その光景を要は茫然と見つめていた。
『だから言ったろ? ほたるんは言葉さえなけりゃ、滅茶苦茶強いって。リーダーが居た頃は、それこそ本部のエースだったんだからな。……ん。援軍がもう到着するみたいだぜ』
セツの言う通り、黒いトレーラーが近付いてくるのが見えた。
そのトレーラーを見て、要は安堵の息を吐き出した。
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