#05-1 無力で無価値な役立たずヒーロー
「きゃぁああああああ!
「カッコいいー! こっちみてー!」
眠気を吹き飛ばすような甲高い声に欠伸しながら登校していた桔梗要はその声に驚いて、視線を動かす。
すると、そこにいたのは沢山の女子生徒と一人の男子生徒。
「なんだあれ……」
「わー、相変わらず凄いね」
「朝から元気だよね。あの子達」
目を丸くしたのは要だけで、一緒に登校していた友人二人は驚いた素振りなく集団を一瞥した。
「
親友の名を呼んで問いかければ、親友は目を瞬かせた後、笑う。
「要は知らないか?
「俺がそこまで他人に興味があると思ってるのか?」
「カナはないわよねぇ。もう! 少しは他人に興味持ちなよ? すっごい有名人なんだから」
「
「うるさくないわよ!」
耳を押さえた要に黒髪の少女は子犬のようにキャンキャンと吠える。その様子を微笑ましそうに見ていた茶髪の少年が宥めるように声を上げた。
「まあまあ、二人とも落ち着いて。それよりも要。袋桐君のことだろ?」
「あ、ああ。有名人って、芸能人かなにかか?」
「いや、そうじゃないよ。けど、僕でも知ってるくらい有名なのは確かだ。彼については女の子である蘭のが詳しいんじゃないかな?」
「ふふん、当然よ。入学して一週間で彼の名前と存在は全女子生徒の間に広まったわ。その理由が知りたい? 知りたいわよね?」
得意気に胸を張る蘭を要は冷めた目で一瞥した。
「いや別に説明しなくていいよ。興味ないし」
「興味持ちなさいよ!」
「うるさい」
「もう! 勝手に説明するからいいわよ! いい!? 袋桐くんはね、中学の剣道大会で無敗の記録を誇り、高校生相手にも負けなし。この前は、痴漢を撃退したって噂もあるわ」
「興味ないって」
「彼が人気なのは腕っぷしの強さだけじゃないわ。その容姿の高さも人気よ。それに彼は性格が良いのでも有名ね。誰にでも優しく、分け隔てなく、困ってる人を見るとすぐに手を貸す優しい人だってさ。まるで、童話の世界から飛び出してきた王子様だってもっぱらの噂だよ」
「王子様って……お前……」
信じられねぇとばかりに引いた要に蘭は顔を赤くさせて、怒る。
「私が言い出したんじゃないわよ! 引くな!」
「蘭も王子様が好みなのかい?」
「ソウまで何言いだすのよ! もう! いまのはあくまでも一般論であって、私の好みじゃないわよ!」
「どうだか」
「カナうっさい!」
そんな言い争いをしていたせいか、要は前をよく見ていなかった。だからこそ、遠くいた集団が近付いてきていたのに気付かなかったのだ。
軽い衝撃。
何かにぶつかったのだと気付いた要は視線を動かし、その先にいた一人の男子生徒を見て、目を見張る。
切れ長な黒の瞳。艶やかな黒髪。見るからに人の良さそうな雰囲気を纏った男子生徒の顔は驚くほどに整っている。
要は先程蘭が言っていた童話の世界から飛び出してきた王子様という単語を思い出す。
まさか、と草太と蘭を見れば、二人が頷く。
彼こそが、たったいま噂をしていた袋桐蛍なのだという肯定であった。
「っと、悪い。ちゃんと前見てなかった。怪我無いか?」
「……あ、ああ」
「そっか、よかった。悪いな、オレ急がないといけなくてさ。じゃあ!」
爽やかな笑顔と共に男子生徒――袋桐蛍は走り去っていく。そんな彼の後を大勢の女子生徒が追いかけて行った。
その場に残された要の肩を草太が軽く叩く。
「凄いだろ、彼」
「そうだな」
やたらと眩しい彼の容姿を思い出して、要はげんなりとした様子で同意した。
自分とは一生関わる事のない、自分とは正反対の人物。平凡な要とは違い、まさに主人公とも呼べるべき圧倒的な光属性であった。
本当にあんな人物が存在するのかと僅かに感心しながらも要はすぐに興味を無くしたのだった。
◇◆
午前はこの時代とセツによる無能力についての勉強。午後は葵による訓練。それが一週間ほど続いた日のことだ。
まだ勉強に関しては常識の差に頭が痛くなる程度だったが、問題は訓練であった。
平均的な高校生である要にとっては、戦闘訓練というのは過酷すぎるものだったのだ。最初の頃は自分の体があまりにも軽く、動きが滑らかになっていることに驚きつつも意外と何とかなるのではないかと考えた。だが、身体能力が向上したことに意味があるのかというくらい、葵は厳しかった。
持久力から始まり、瞬発力、反射力。少しでも気を抜けば、容赦なく飛んでくる銃弾。要が『無効』保持者でなければ、とっくに死んでいたのではないかと思えるほどの過酷さであった。
そんな過酷な訓練を受けていながらも、通報があって現場に急行した要にできる事は何もなかった。
すべて撫子と葵の二人が片付けてしまうのだ。
この二人がいれば十分なのではないか。そんな問いをセツにしたら、彼は笑った。
「全くその通りさ。いまの本部は撫子ちゃんと葵ちゃんのお陰で、ぎりぎり耐えられてる。二人がいなかったら、とっくに潰されてただろうね」
「他の奴等とどうしてあんなに差があるんだ?」
「んー、そりゃあ。撫子ちゃんと葵ちゃんはずっと第一部隊で主力だったからなぁ」
「どういうことだ?」
「ああ、そっか。カナメンは知らないよな。いまの第一部隊の面子って元々は非戦闘員である第二、第三部隊だった奴等が大部分を占めてんだ」
そこで要は以前、セツの勉強会で聞いたことを思い出す。
無能力対策本部は三つの部隊に分かれており、第一部隊は戦闘班。第二部隊は誘導班。第三部隊は情報班。という役割分担になっている。
元々、第二、第三部隊にいたというなら、確かに撫子達と実力が異なっているのは仕方ない事だと言えるだろう。
そこで要は新たな疑問を覚えた。
「元々いた第一部隊の奴らはどうしたんだ?」
その疑問は至極当然のことなのだが、それを聞かれたセツはバツが悪そうに視線を逸らす。言いずらそうに口ごもってから、隠しておいても意味がないと判断して、話すことにした。
「あー、リーダーが死んだ後、離反したんだよ」
「は?」
「第一部隊の面々は癖が強かったからなぁ。リーダーだからこそ、手懐けられていたというか、手綱を握れてたというか……まあ、そんなわけで、主力の戦力がいなくなった本部はみるみる弱体化したってわけだ」
再び頭が痛くなるのを感じて、要は深い溜息をついた。
(本当にこの時代の俺は一体何をしたんだ)
知れば知るほど自分とは真逆の人物に考えを馳せていると甲高い警報音が響き渡る。
初日の時とは違い、もう驚くことはない。突然の大音量に耳が痛いと思うだけだ。
『緊急出動要請! 西地区五丁目で無能力者に追われているという通報が入りました。対策本部の方は現場に急行し、対象を制圧してください』
スピーカー越しに聞こえてきた事務的な声にも慣れたものだ。
どうせまた撫子達が解決するのだろうと思いながらも、要は大人しく立ち上がる。
エントランスに向かえば、そこには既に撫子達が立っていた。撫子は要の姿を一瞥するだけで、何も言わずにトレーラーに乗り込んだ。
撫子の隣にいた葵は要の姿を見るなり、駆け寄ってくる。
「要さん。今日も頑張りましょうね」
「…………ああ」
頑張るのはお前らだろう。と思いながらも要は頷く。下手に反抗するのは無駄だとこの一週間で学んだのだ。
葵を無視して、要もトレーラーに乗り込む。葵も無言でついてきて、その態度に居心地の悪さを感じながら要は目を閉じた。
現場に到着した要は、やはりなと息を吐く。
閑静な住宅街で暴れていた無能力者は撫子と葵の二人によって見事に制圧された。
要を含む他の第一部隊の面々は、いつも通り一般人の誘導や怪我人の保護に向かう。
その光景にも慣れたもので、要は一人離れた場所で現場を見守っていた。
その日もいつもと変わらない筈だった。
何事もなく本部に帰還して、また勉強と訓練が始まる。要はそう考えていた。
急に物陰から伸びてきた手に引かれるまでは――。
「っ!?」
叫びたくとも口を塞がれている為、声が出ない。
そのまま物陰に引っ張り込まれ、車の中に連れ込まれた。
要を乗せるなり、車は発進する。
あまりにも鮮やかな手並みだった。あまりにも鮮やかな誘拐であった。
突然のことに要が目を丸くさせていると、口を塞いでいた布を外された。
「な、なんなんだよ! あんたらは!?」
「手荒な真似をしてごめんなさい。でも、貴方を助けたかったの。要くん」
「は?」
そういって謝ってきたのは、黒髪の女性であった。
車内には要を含めた四人だけ。車を運転している茶髪の女性と助手席に座る空色の髪の男性。そして、要の隣に座る黒髪の女性だ。
全員が見覚えのない顔であった。だが、それよりも重要なのは運転席の女性と助手席の男性であった。
彼女達の容姿からして、間違いなく無能力者。ならば、要の隣にいる黒髪の女性は一般人の筈だ。何故、無能力者と共に行動しているのか。
「お初にお目にかかります。十六歳の桔梗要さん。そして、手荒な真似をして申し訳ありませんでした。俺は、
「……は?」
「因みに運転しているのは
一気に名前を言われたところで覚えられない。混乱する頭が弾き出した問いは、彼等の目的だった。
「……何が目的だ?」
警戒する要に秋良と名乗った男性は柔和な笑みを浮かべる。
「勿論貴方の手助けですよ。あのまま本部にいれば貴方は骨の髄まで利用されるでしょう。この時代の貴方のように。ですから、俺達が助けにきたのです」
「いきなり拉致するような奴等がか?」
「申し訳ありません。俺達はお尋ね者ですから、本部の奴らの前に顔を出せないんですよ」
お尋ね者。その言葉に要は先程言われた元・無能力対策本部所属という事を思い出す。そして、セツから聞いていたこの時代の要が死んだ後に離反したという人達のことを。
「元・第一部隊の奴等か」
「はい、ご存じだったのですね。それなら話は早いです。俺達は本部の奴等……いえ、政府そのものに疑問を抱いています。あいつらは危険です。このままでは貴方は要さんの二の舞になってしまいます。俺達としてもそれは歓迎しない事態です。どうか俺達と一緒に来ていただけませんか?」
要は考える。彼等が信用できるかどうかはともかく、要としては元の時代に帰れるのならば、誰と手を組んでも問題ない。
この時代の桔梗要に妄信している人ならば、下手な事にならないだろう。話だけでも聞いてみるか。そう考えて、要は秋良を見返した。
「条件は?」
「はい?」
「俺は元の時代に戻りたい。帰してくれるなら、誰と手を組んでも構わない。けど、あんたらだって、俺に何かしてほしいんだろ? あんたらが俺に協力する為に俺は何をすればいい?」
秋良は暫し考え込んだ後、パッと笑う。
「何を言うかと思えば……俺達は貴方に無条件で協力しますよ。ですが、元の時代に戻る。それだけは協力できませんね。技術的に無理ですし、そもそもこの時代の貴方の目的と反しますから」
「この時代の俺の目的?」
「はい。俺はその為に動いていますから。いくら貴方の願いでも俺にとって優先すべきなのは、この時代の要さんの願いです」
その瞬間、要は理解した。
彼は今の要を見ていないのだと。
彼が見ているのはあくまでもこの時代の要であり、今の要ではない。だからこそ、彼が優先するのはこの時代の桔梗要に言われたことなのだろう。
「そうかよ。じゃあ、交渉決裂だ。俺はあんたらと手を組むつもりはない」
また脅されるのだろうか。内心、ドキドキしながらも要はきっぱりと断った。
秋良はその答えに意外そうな顔をした後、小さく頷いた。
「そうですか。たとえ過去の貴方といえど、要さんには理解していただけると思っていたのですが……。残念ですが、仕方ありませんね」
スッと秋良が手を上げる。すると、車が停止した。
「秋良くん!?」
「彼の意思ですよ。紫苑さん。……それでは、要さん。気を付けてお帰り下さい」
「要くん! 行ったら駄目! あそこは怖い所なの!」
秋良は止めないのだと理解したのだろう。黒髪の女性――実葛紫苑は切羽詰まった様子で要を引き留めた。
その顔は本当に要を心配しているようにも思えるが、今の要は彼女を知らない。彼女の事を何も知らない。だからこそ、彼女が本当に要を心配しているのか、それともただの演技なのか判断がつかなかった。
(まあ、どっちでもいいか)
要としては彼等が元の時代に戻る術を持たないならば、もう興味がなかった。脅してでも引き留められなかったことに拍子抜けしながらも遠慮なく車を降りた。
紫苑以外、本当に引き留める気はないようだ。
助手席に座っていた秋良が窓を開ける。
「気が変わったらいつでも声をかけてください。歓迎しますよ。……それでは、要さん。またいずれ」
それだけ言うと車はゆっくりと発進した。
遠ざかっていく黒い車を見送りながら、要は溜息をついた。
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