#04-2 無能力対策本部
支給武器である麻酔銃を受け取った要とセツが武器庫を出ると、眼前に見覚えのある赤髪の女性が仁王立ちしていた。
気の強そうな吊り目がちの赤い瞳は不愉快さを滲みだしている。
猫柳撫子。
眼前の女性の名前を思い出す。ふと彼女の苗字に聞き覚えがある気がして、要は考える。そして、ある大企業の名が思い浮かぶ。
猫柳グループ。
その名を知らぬ者などいないと言われるほどの有名な企業だ。
世界有数の大企業で様々な事業を展開しており、日常生活における大部分が猫柳グループ製ともいわれるほど。
そんな超がつく有名な苗字を持つ彼女に要はなるほどと納得する。
あの有名な猫柳グループの娘ならば、彼女の尊大で傲慢な態度も納得できる。納得はできるが、不愉快に思うのは別の話だ。
要は嫌そうに撫子を見やる。
撫子は腰まで伸びた綺麗な髪を鬱陶しそうに手で払い、鋭い眼差しで要を見据えた。
「……話は全て聞いたわ。貴方、この本部に所属するらしいわね?」
要としては好きでその立場になったわけではない。今からでも返上できるなら、熨斗つけて返してやりたいくらいだ。
だからこそ、威圧的な撫子の態度に要は苛立ったように彼女を見返した。
「だから?」
要の苛立った空気を感じ取ったのだろう。撫子も不快そうに表情を歪めた。
まさに一触即発。
心なしか二人の周囲の温度が下がったような気がして、セツは殺伐とした空気に笑った。
撫子はセツの反応に彼を睨みつけるが、それも一瞬の事で、すぐに要に視線を戻す。
「確かに桔梗要は本部のリーダーだったわ。けれど、それはあくまでも未来の貴方であり、いまの貴方はこの時代のことも無能力のことも何も知らないド素人。覚悟もなにもない一般人と変わりないわ」
「だったら?」
「私は認めない。また貴方の好きなようにはさせないわ。もう貴方をリーダーにするわけにはいかない。だから、勝負しなさい! 桔梗要!」
「は?」
あまりにも予想外な言葉を言われて、要の感情を支配したのは不快感による怒りよりも困惑であった。
(何言ってるんだ。この女は……。俺がこんな訳の分からない組織のリーダーになりたいとでも言うと思ってるのか?)
当然要からしたら、そんなものお断りだ。どんなに頼まれたってそんな面倒なものをやりたいと思わない。
そもそも要は元の時代に戻る為に仕方なく協力しているだけであって、それ以上の何かに関わるつもりなど毛頭ない。だが、それはあくまでも要の考えであり、撫子から見たら違うのだろう。
彼女から見た桔梗要は、そんな面倒な役割を嬉々として受け入れる人だったのだろう。
彼女とこの時代の桔梗要がどれほど険悪だったのか、今の要に知る術はない。撫子の中の桔梗要がどんな人物でも今の要には関係ないし、それを正そうとも思わない。
要は溜息をついて、まっすぐ撫子を見た。
「いらないよ。そんなの」
「え?」
「俺はリーダーなんてものになりたいと思わないし、あんたがやりたいなら好きにすればいい。そんな面倒な役割、やりたい奴がやればいい」
それは要の本心だ。彼は心の底からそう思って、その言葉を吐き出した。だが、要の言葉に撫子は忌々しげに表情を歪める。
「……今度は何を考えてるのよ? 貴方はいつもそう。にこにこと人の好さそうな笑顔の裏でいつも策を巡らせてた。貴方に心酔……いいえ、妄信するように他人を操ってた。若返って今度は何をしようっていうの?」
どれもいまの要には身に覚えのないことだ。そもそも撫子が言っているのもあくまでも彼女が感じ取った桔梗要像であり、本当に未来の桔梗要がそれほどの人物かなんて要には分からない。
桔梗要のことを毛嫌いしている彼女が、彼のことを悪意的に感じ取っていても不思議ではない。だからといって、他の本部の面々のように誰にでも好かれるような好青年だったと言われても納得できない。
撫子が嫌う桔梗要と本部の面々が慕う桔梗要。どちらも今の要からかけ離れすぎていて想像できないのだ。
未来の自分とは言え、たった五年でここまで性格が変わるのだろうか。
要は違和感を覚えながらもいくら考えたところで答えなど出ないと分かっていることに気を取られるのは無駄だと切り捨てた。
「俺は確かに桔梗要だ。けど、あんたの嫌う桔梗要じゃないし、他の奴らが慕う桔梗要でもない。正直、俺としてはどうでもいいよ。俺の目的は元の時代に戻る事。この時代に深くかかわるつもりもあんたらに関わるつもりもない。元の時代に戻る為に協力はする。けど、それ以外は放っておいてくれ」
「そんなこと言われて、はいそうですかって納得すると思ってるの? 大体貴方は――」
「撫子ちゃん。そこまで」
「っ!?」
いつからそこにいたのだろうか。音も気配もなく、要と撫子の間に割り込んできた青髪の女性。
彼女は撫子から要を庇うように立っている。その表情は何の感情もあらわさない無表情だが、撫子は彼女に責められていると気付いて、バツが悪そうに視線を逸らした。
「葵……」
「いくら撫子ちゃんでも要さんに対しての暴言を見逃せません」
「そ、そうだぜエース! いくらエースでも言っていい事と悪い事があるぜ!」
「そ、そうそう! 大体リーダーは、エースの言うような人じゃないって何度言わせるんだよ」
「ええ、要さんは本当に優しく、慈悲深い人なんだから! いくらエースでもそれ以上要さんを貶すのは許せないわ!」
葵が制止に入ったことによって、撫子達の会話を盗み聞きしていた他の面々までもが止めに入ってきた。
その誰もが要を庇うものだから、撫子は忌々しそうに表情を歪める。そして、大勢に庇われた要といえば、その反応に引いていた。
あり得ない。自分が慈悲深いなどあり得ない。このように大多数の人に好かれるカリスマ性などがある筈がない。
異様なほど桔梗要という存在に心酔……否、妄信している本部の面々は異常であった。
(これは確かに裏があるんじゃないかと疑いたくなるな……)
撫子が言っていた桔梗要像。自分はそこまで計算高くないが、それでも桔梗要を妄信している面々を見ると、彼女の推測もあながち間違っていないのではないかと思えてしまった。
なにをどうしたら、ここまで自分を妄信している人達をつくれるというのか。
未来の自分が善人なのか悪人なのか分からないが、そのどちらにしてもその人柄に寒気がしたのだった。
「……っ、私は認めないわ。絶対に貴方の化けの皮を剥いでやる!」
そんな捨て台詞を吐き出して、撫子は背を向けて自らのデスクに向かって行った。
そんな彼女に要を庇っていた他の面々も安心したように仕事に戻っていく。ただ一人、葵だけを残っていたが。
「……いやー、まさかまたこの光景を見る事になるとはなぁ。久しぶりの殺伐とした空気に俺もワクワクしたぜ!」
「悪趣味です」
「葵ちゃん辛辣ぅ! けど、そこも好き!」
「そんなことよりも要さん。正式に本部に所属すると聞きました」
体をよじらせて喜んでいるセツを無視して、葵は要に視線を向ける。葵の態度に要は再び溜息をついて、先程の撫子と同じ答えを返した。
「だから?」
「改めて自己紹介をと思いまして。私は
「学生時代?」
「はい。私は要さんと同じ
時和高校とは要が現在通っている学校であり、つまり彼女は要が三年の時に一年生だったということだろう。
頭が痛くなるのを感じながら、要は素っ気ない返事を返した。
「因みに撫子ちゃんはカナメンの一つ下の後輩で、ほたるんは同じ学年だぜ? 二人も同じ高校出身だな。撫子ちゃんとは学生時代から仲悪かったのか?」
補足するようなセツの言葉に要は知りたくない情報だったと溜息をつきかけ、見知らぬ名前が出てきたことに疑問を覚えた。
「ほたるんって?」
「ん? あー、そういや、カナメンってまだほたるんと会ってないのか。ほたるんはカナメンのルームメイトだぜ。ありゃ? そういや、ほたるんは……」
「あの人のことですから、どうせまた外にいるのだと思います」
「あー、ほんとほたるんは物好きだよねぇ」
一人納得しているセツを無視して、要は先程のセツの発言を思い返す。
同じ学校に通っている同学年のルームメイト。だが、要の記憶の中にほたるんという知り合いはいない。そもそも、要はそう友人も知り合いも多くない。
(まともな奴ならいいんだけど)
ルームメイトだという人物がまともであることを祈りながら、無駄だろうなと要は溜息をついた。
「……それで? 俺はこれからどうすれば?」
「あー、そうだな。とりあえず、カナメンは……訓練とこの時代の勉強だな」
「訓練と勉強?」
「だって、カナメンこの時代のことなんも知らねーじゃん? んで、訓練は必須だし。いくらカナメンが『無効』保持者だとしてもいつも無効化してくれるとは限んねえだろ? 少しは自分の身を守れるようにしとかねえと。ま、死にたいなら止めねえけど?」
「チッ。……分かった。受ければいいんだろ」
「ん。素直が一番だぜ! んで、訓練は撫子ちゃんにって言いたいとこだけど……撫子ちゃんに断れるだろうし、てなると葵ちゃんかなぁ? できる?」
「要さんのお役に立てるなら」
頷いた葵は相変わらずの無表情だが、どこか目が輝いていた気がして、要はげんなりとした様子で視線を逸らした。
「んじゃ、訓練は葵ちゃんで、勉強は俺な。よし、カナメン。午前は勉強からな。んで、午後から訓練。暫くはこのスケジュールだからな。あ、けど通報が入り次第、現場に急行だから。まあ、出来る事からやってこうぜ」
「睡蓮寺鴻を捕まえないのか?」
要としては彼を捕まえれば元の時代に戻れるのだ。ならば、早く彼を捕まえたい。その考えは決して間違ってはいない。だが、相手が悪すぎた。
要の言葉にセツは驚いたように目を瞬かせ、それからケラケラと笑う。
「いまのカナメンじゃ、瞬殺されんぞ? いままでどれだけの人がアイツに殺されたと思ってんだ。ちゃんと準備しないと今までの二の舞になるぜ?」
「彼は恐ろしい人です。私はあれほど恐ろしい人を見た事がありません」
「知り合いなのか?」
「……彼は、いえ、彼も……同じ学校でしたから。有名人でした。人気者の生徒会長として」
「は?」
また同じ学校の生徒だったというのか。どんな偶然なのかと要が眉を寄せる。だが、考えたところで分からないので、要は諦めて、その疑問を一度置いておくことにした。
「まあ、急がば回れってな。早く元の時代に戻りたいなら、素直に俺の言う事聞いといた方が良いと思うけどなぁ」
「……はぁ、分かった」
「おお、カナメンがほんとに素直だ! よっぽど芹ちゃんが怖かったんだなぁ」
「うるさい」
こうして、要は暫くの間、午前は勉強。午後は訓練。そして、通報が入れば、現場に急行といったスケジュールをこなすことになるのだった。
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