#04-1 無能力対策本部


 牡丹と契約を交わした後、所長室を後にした要はセツの案内の元、これから彼が働く場所に連れていかれた。

 所長室がある十五階からエレベーターで降りてきたのは、十階だ。


「無能力対策本部を含め、訓練場とかもこの階だからな。広いから迷うなよー。ま、迷ってもそのバングルに地図が入ってるし、一人で戻ってこれるっしょ」


 セツに言われて、要は自らのバングルを操作する。

 空中に浮いた半透明なディスプレイに表示されている社内図という項目をタッチすると現在地と建物内の地図が表示された。

 確かにこれなら迷う事はないだろう。

 画面を見ていると矢印が向かう先には『無能力対策本部』と書かれており、要は顔をあげた。

 前方にガラス張りの扉があり、その横の壁には木の看板が掛けられている。

 看板には大きな文字で無能力対策本部と書かれているのだが、バランスを考えて書かなかったせいで、前方の文字がやたらと大きく、後半の文字がやけに窮屈そうにおさまっていた。

 要が思わず看板を凝視しているとその視線に気付いたセツが笑う。


「ああ、それな。すごいだろ」

「ああ、書き直せよってくらい凄いな」

「あっはっはっ、看板を書いた奴を馬鹿にしてるカナメンに朗報だ。それ書いたのリーダーだぜ?」

「は?」


 セツの言葉に要は目を丸くさせる。

 セツがいうリーダーとは、この時代の桔梗要のこと。つまり、未来の自分ということだ。

 要はもう一度看板の文字に視線を戻す。確かにその字は自分の字とよく似ている。

 要はしかめっ面で看板を睨みつけたあと、ふいっと視線を逸らした。


「俺じゃない」

「まあ、確かにいまのカナメンじゃないけどなぁ」


 そう言いながら、セツはカードリーダーにバングルを翳す。軽快な音と共にガラスの扉が自動で開かれた。

 セツが開かれた扉の前で、手でどうぞと促す。要は嫌そうな顔をしながら、大人しく従い、室内に足を踏み入れた。

 広い室内には幾つものデスクが並んでおり、そこにいた面々はパソコンに向かっていたり、何かを読んでいたりしている。

 一見すれば、普通の職場と何ら変わらない。しかし、室内にいる全員の髪の色が赤やら青やら紫やらとカラフルなものだから、目が痛くなる。

 入口から一番近くにあるデスクで仕事をしていた白髪の青年が人の気配に気付いて、顔を上げる。青の瞳が要を捉えるなり、大きく見開かれた。

 その反応に要が嫌な予感がするのと同時に彼は勢いよく立ち上がりながら、声を上げた。


「要さん!?」


 あまりにも勢いよく立ち上がりすぎたせいで、彼の机の上にあった書類の山が崩れる。しかし、彼はそんなことなど微塵も気にせずに要に駆け寄ろうする。だが、そんな彼を止めたのは、彼の隣に座っていた青髪の男性だ。


「ちょ、お前ふざけんな! お前が崩した山が俺の方まで来ただろ!」

「んな場合じゃねえよ! ほら見ろよ! 要さんだ! 要さん!」

「は?」


 白髪の青年の言葉に胡乱な眼差しをしていた青髪の青年が視線を動かす。そして、彼も要の姿を見るなり、大きく目を見開いた。


「要さん!」


 広い室内に響くほどの声量だった。

 あまりの声量に耳が痛くなった要が耳を押さえていると二人が我先にと駆け寄ってくる。

 室内に響き渡った大声は、他の面々の意識も奪い、要の姿を見るなり皆一様に同じ反応をした。

 目を見開き、感極まった様子で要に駆け寄ってくる。

 瞬く間に囲まれてしまった要はその勢いに圧されて後退った。しかし、彼等は要の反応に気付かずに嬉しそうに表情を緩めていた。


「本当に要さんだ! うおー! 超会いたかったです!」

「やっべぇ! 本当に本物のリーダーだ! 夢じゃないですよね!?」

「てか、リーダー幼い! 可愛いー!」

「十六歳のリーダーなんだっけ? うはー、若いな!」


 好き勝手に話し出す面々に要は何も言えなくなる。というよりも要が口を開く隙がないのだ。

 口喧しく話しかけてくる名前も顔も知らない面々に対して、要の表情が徐々に不機嫌になっていくのだが、過去の要とはいえ、もう一度桔梗要に会えたことに興奮している彼等は全く気付かない。

 溜息をついてから、要はセツを睨みつける。その視線はこの群がってる連中を何とかしろと言っているようで、セツはやれやれと肩を竦めた。


「まったくカナメンは仕方ないなぁ。せっかくの好意なんだから、素直に受け取っておけばいいのに」

「うるさい」


 そもそも彼等の好意はこの時代の桔梗要に向けられるべきであり、彼等に対して何もしていない……そもそも彼等の事を知らない今の要からしたら、見ず知らずの人間に大歓迎されるという状況は不気味なものであった。

 難儀だねぇ、と笑いながら、セツは要の前に出る。その背中に何故か嫌な予感がして、要はやっぱりいいと止めようとしたが――。


「はいはーい! 皆さんちゅうもーく! この皆のアイドル! セツ君の麗しい顔を思う存分見るがいい!」

「うっせぇ黙れ!」

「誰がアイドルだよ!」

「お呼びじゃねえよ! ひっこめー!」

「はっはっはっは、皆は照れ屋だな! 大丈夫。俺は分かってるから! 皆の本当の気持ちはよーく伝わってるぜ! すなわち、俺が皆の心の癒しだということをな!」


 周囲からのブーイングにも構わず高笑いするセツに再び非難の声が上がる。


「はっはっはっ! 本当に皆はツンデレさんだな! まあいいか。んじゃ、本題に入るぞー。さてさて、此処にいるのは過去からやってきた我らがリーダー桔梗要君。十六歳だ! リーダーと違って、可愛げなくて捻くれてて、すぐに噛みついてくる反抗期の思春期少年だ!」

「だれが反抗期だ」

「御覧の通り、すぐに噛みついてくるけど、素直になれないだけで、桔梗要には間違いないからさ。気軽にカナメンって呼んであげてくれっぐっ!」

「変な名前広めんな」


 要に容赦なく鳩尾に肘を入れられて、セツは蹲る。だが、それも数秒の事で、すぐに復活して親指を立てた。


「ま、こんな感じだ。仲良くしてやってな。てなわけで、みんなかいさーん! 仕事しろー!」

「お前が言うな!」

「そうだぞサボリ魔!」


 口々に文句を言いながらも要を囲んでいた面々は、それぞれの持ち場に戻っていく。

 ようやく解放された要は小さく息を吐く。そんな要にセツは笑う。


「これで良かったろ?」

「もっとマシなやり方あっただろ」

「チッチッチッ、カナメンは茶目っ気が足りなすぎるぞ。もっと余裕を持てよな」

「うるさい」

「やれやれ、口の悪いリーダー様だ。ま、いいや。こっちこっち」


 小さく肩を竦めた後、どこかに向かって歩き出すセツ。その背中を見て、要は暫く考え、大人しく後を追った。

 セツが向かったのは室内の奥にある扉だ。やたらと丈夫そうな扉に要が怪訝な表情をしているとセツが扉の横にあるカードリーダーにバングルを翳す。

 ロックが解除される音が鳴り、扉が自動で開かれる。

 目線で中に入るように促されて、要は部屋の中へと足を踏み入れた。

 暗い室内は要が入室した途端、パッと明るくなった。

 一瞬にして電気がついた室内に目が眩む。それもすぐに慣れて、視界に飛び込んできたのは大量の武器だった。


「なっ……」


 言葉を失い、立ち尽くす要。そんな彼の横をすり抜けて部屋に入ってきたセツは多くの武器に物怖じした様子なく物色し始める。


「んー、カナメンって刀と銃どっちが得意?」

「は?」


 まるで肉派か野菜派かとでも言いたげな軽い口調で問われたことに一瞬、要の思考が止まる。

 そんな要の反応に武器を物色していたセツは怪訝そうな顔で振り返った。


「は? って……え? まさか、素手で戦う気か? えー、リーダーって格闘技そこまで得意じゃなかった気がするけど」

「じゅ、銃刀法違反だろ!」


 今度はセツが目を丸くさせる番だった。

 要の言葉に目を丸くしたセツは、次の瞬間にはケラケラと笑いだす。


「あー、大丈夫大丈夫。俺らは許可されてるから。ほら、警察が拳銃使うだろ? それと同じだよ」


 そう言われれば、彼等は平然と拳銃を扱っていた。だが、まさか自分も扱うと思っていなかった要は嫌悪感を露わにする。


「んな顔するなって。丸腰で立ち向かえるわけないっしょ? そりゃ、無能力者だから身体能力は強化されてっけど、それは相手も同じなんだから」


 理屈は分かる。だが、武器を持つというのはどうしても抵抗感が先立つ。

 要の態度にセツは不思議そうな表情のまま、頭を掻く。


「カナメンって変な奴だなぁ。身を守る為に必要だって言ってるだけなのに。それとも自殺願望でもあるのか?」

「そんなのあるわけないだろ!」

「ふぅん。……ま、カナメンの好きにすればいいさ。けど、これだけは持っておいたら?」


 そう言って渡されたのは灰色の拳銃だ。咄嗟にいらないと突き返そうとした要だが、セツは無理矢理持たせた。


「安心しろって。それはただの麻酔銃だ」

「麻酔銃?」

「ああ。てか、なんか勘違いしてっけど、俺らは基本的に制圧が目的だからな。無能力者を生かして捕らえるのが鉄則。無能力者は絶対殺すって考えの特課とくかとは別物だよ」


 セツの言葉にホッとしたのも束の間、また新しい単語が出てきたことに気付いて要は首を傾げた。


「特課って?」

「ああ、説明してなかったな。特課は警察だ。特殊能力制圧部隊課。通称、特課。まあ、警察における俺らみたいなもんだよ。無能力犯罪に対する組織ってこと」

「……それなら、この組織いらなくないか?」


 警察が無能力犯罪を取り締まっているというなら、わざわざもう一つ別の組織がある必要がない。そう考えた要の言葉だったのだが、セツは呆れたように笑う。


「それは違うんだなぁ。いいか、カナメン。確かに特課と本部はよく似てる。けど、実態は別物さ。特課は一般人を守る為、無能力者は絶対排除の過激派だ。だが、本部は一般人も守るが、無能力者の保護も優先している。そこが絶対の違いであり、決して分かり合えない所以さ」

「無能力者にとって、本部の存在は重要なのか」

「そう! だからこそ、本部存続の危機的状況のいまは危ないんだ。本部がなくなったら、また無能力者狩りの再来さ。前以上の地獄が繰り広げられるだろうな」


 本当になんて世界になってしまったのだろうか。

 ここが未来だというならば、自分が元の時代に戻った後もこうなる未来なのか。

 そう考えただけで、要は現実逃避したくなる。だが、いくら現実逃避したところで現実が変わるわけではない。

 溜息をついて、大人しく麻酔銃を受け取った。腰のホルスターに麻酔銃を収めるとセツが満足そうに頷いた。

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