#01-2 桔梗要、十六歳


「で?」


 早く話せとばかりに睨みつけられたセツは、暫し悩む素振りを見せる。


「……んー、どっから話したもんかなぁ。そうだな。まず第一に、ここはお前の知っている世界じゃない」

「は?」


 何を言われるかと警戒していた要がセツの言葉に見せた反応は、疑念。こいつ何言ってんだとばかりに胡散臭い人を見るようにセツを見た要。


「あー、いや、正確にはお前の知っている時代じゃない、か」

「悪いけど、俺、宗教とかに興味ないから」

「宗教の勧誘じゃねえよ! いいから聞けって。いいか、今は西暦2025年。ここは、お前のいた西暦2020年から5年後の世界だ」

「…………」


 要が見せた反応は驚愕ではない。ただただ眼前の男が言う事を何一つ信用していない冷めた反応であった。


「あ、信じてないだろ。まあいいか。どうせその内、嫌でも思い知るからさ。ここがお前のいた時代……お前の知っている世界の常識が通用しない世界なんだってさ」

「……あんたらの目的は?」

「そんな焦んなって。余裕のない男はモテねぇぞ?」

「うるさい」

「おー、こわっ! リーダーとは思えないほどの短気っぷりだな。まいいや。んで、次にこの時代の説明か。さっきも言った通り、ここはお前のいた2020年から5年後の未来。けど、お前がいた時代にはないものがこの時代にある」


 言いながら、セツは歩き出す。そう広くない室内で彼の目的地はすぐに到着した。

 セツは青髪の女性の隣に並ぶと彼女の肩を組んだ。


「それが無能力に憑かれた――無能力者だ」

「気安く触らないでください。セクハラです」

「あうちっ! 葵ちゃん酷い!」


 ぺしんとセツの腕を振りほどいて、淡々と言葉を紡ぐのは葵と呼ばれた少女。その顔は出会った時から変わらず無表情のまま。よほど感情の起伏が乏しいのだろうか。

 一瞬、要の脳裏にそんな考えが浮かんだが、要はすぐに興味を無くして、葵から視線を外した。


「で? その無能力者ってやつが何?」

「うんうん。言葉の響きだけだとあんまり脅威に感じないよな。けど、違うんだ。逆なんだ」

「逆?」

「なんの能力も無い者だから無能力者なんじゃない。『無』に関する能力を宿す者だから無能力者なんだ。いやー、誰が言い出したか知らないけど、ややこしいよなぁ」


 一人で納得するように何度も頷くセツ。だが、肝心の要には全く理解できず、周囲を見渡す。

 雪那は既に説明役をセツに放り投げているのか、何かの資料を読んでいる。葵は話を聞いてはいるが、何の感情も浮かべない無表情の為、何を考えているのか全く分からない。

 要は溜息をついてから、セツに視線を戻す。


「だから、それって具体的になんなわけ?」

「んー、言葉で説明すんの難しいんだよなぁ。……あ、そだ。葵ちゃん!」

「なんですか?」


 セツが葵を呼んだことで、要の視線も自然と彼女に向かう。

 正面から改めてみると、やはり綺麗な女性だった。だが、表情は相変わらずの無表情で、本当に人形のようだと要は思う。


「彼女を見て、どう思う?」

「どうって……」


 セツが何を聞きたいのか分からずに要は困惑する。だが、眼前の女性は相変わらず人形のようで、思わず本音が零れた。


「人形みたいだな」

「やだー! 人形みたいに可愛いって! カナメンってば、意外に言うじゃんか!」

「違う! 人形みたいに表情が変わらないってことだ! あとカナメンってなんだ。変な呼び方すんな!」

「なんだよー。そんなカリカリすんなよー。ベーコンじゃないんだから」

「は?」


 自分は喧嘩を売られているのかと要が思い始めた時、セツの隣にいた葵が無表情のまま、彼の頭を叩いた。


「あうっ! 葵ちゃんなにすんのさ!」

「早く説明を続けてください」

「Oh、葵ちゃんのその冷え切った眼差し。ぞくぞくしちゃうぜ。……ま、確かに話が脱線したな。んで、話を戻すとさっきカナメンが言ってたこと。それが無能力者だ」

「カナメン言うな。……って、どういう意味だ?」


 僅かに首を傾げた要に向かって、セツがビシリと人差し指を突きつけてくる。


「表情が変わらない。それすなわち『無表情』ってこと。それが無能力。んで、その無能力に憑かれた者を無能力者と呼ぶ。分かったか?」

「いや、全然」

「なんだよー。カナメンってば、頭硬いなぁ」

「いまの説明で分かるか。結局、その無能力ってやつがなんなのか説明してないだろ」

「あー、そうだったか。んー、簡単に言うと無能力ってのは言葉の呪いなんだ」


 頭をガシガシと掻きながら、セツはどう説明したものかと悩んでいる。


「たとえば、そこの青のように『無表情』に取り憑かれたとする。すると、その人間はどれほど表情豊かな人間であろうと例外なく無表情になる。これはそういう呪いだよ」


 ふっと助け舟を出すように雪那が声をあげた。視線を向ければ、彼女は資料に視線を落としたまま、要達に視線すら寄こそうとしない。

 雪那の助け舟にこれ幸いとばかりにセツは頷き、同意する。


「そうそう。んで、その言葉ってのが、無から始まる熟語に関するものだから無能力ってわけ」

「それが呪い?」


 確かにどんなに表情豊かな人間でも無表情になるというのは、一種の病気のようなものかもしれないが、呪いと呼ばれるほどだろうか。そんな要の反応にセツは笑う。


「呪いだなんて大げさだって思っただろ。けどな、カナメン。よく考えてみろよ。言葉によっては人格崩壊どころの騒ぎじゃなくなるのさ。たとえば、虫も殺せない善良な人間が『無慈悲』に憑かれたらどうなると思う?」

「え?」

「どれほど善良な人間だろうと、呪いには抗えない。つまり、言葉通り『無慈悲』に一般人を虐殺する。ちなみにこれは実際に起こったことだからな。『無慈悲』保持者が遊園地で大虐殺。いやぁ、酷い事件だったよなぁ」


 無慈悲。

 それは言葉通りに慈悲がないということだ。他人を慈しみ、思いやることがない。そんな人間がいたとしたら、どんな命乞いすら聞かずに凄惨な現場を作り上げるだろう。

 その事件を想像して、要は表情を青ざめさせた。


「逆に何人も殺した連続殺人鬼が『無害』に憑かれて、善良な人間になったりとかな」

「け、けど、言葉次第だろ?」


 厄介な言葉に憑かれさえしなければ、むしろ得になりそうな気もするが。そんな意味も込めての要の言葉はセツによって否定される。


「んー、無能力者はさ、言葉に憑かれた時点で、人間じゃなくなるんだ」

「は?」

「見た目は人間となにも変わらない。けど、確実に人間じゃない。どんな言葉であれ、程度の差はあれど、身体能力が向上する。生命力が上がる。そして何より、不思議な現象を引き起こす。無能力者の中には自分達こそが新たな人類だという奴らもいるくらいだ」


 その言葉に要は彼等を初めて見た時に感じた違和感を思い出す。

 人の姿をした何か別の生命体。そう感じてしまったのは、要の勘違いではなかったということになる。

 自然と要は二人から後退りしてしまう。しかし、そこで彼は最初に抱いた違和感がなくなっていることに気付いた。


「ま、無能力ってのは謎が多くてな。そこで、ここ無能力研究所が日々無能力の研究をしてるってわけだ」

「研究所……?」


 研究と聞くと自然と身構えてしまう。要の警戒心が上がったことに気付いたセツは慌てたように声を上げる。


「つっても、俺達が所属してるのは研究所じゃなくて、本部の方な」

「本部って?」

「無能力対策本部。……ま、簡単に言えば、無能力者に関する事件を解決する為の組織だな」

「因みに私は研究所所属だ。検体はいつでも募集しているからな。解剖されたいなら、いつでも此処に訪ねて来い」

「はいはい、ユキちゃんの戯言は置いといて。これで一通りの説明は終わったかな。なんか質問ある?」


 戯言ではなく本気だ。と抗議の声を上げる雪那から距離を取りつつ、要はセツに視線を戻す。

 話は分かった。それを信じるかどうかは置いておいて、彼等の言い分は理解した。だが、肝心な事を何も聞いていない。


「で? 結局、あんたらは何の為に俺を誘拐した?」


 そう、彼が語ったのはあくまでもこの時代――要がいた2020年から5年後の世界の状況だ。

 彼等の話を信じるのならば、何故彼等がわざわざ過去から要を連れてきたのかが何も分からない。

 どうせロクなことじゃないだろうと思いながらも、要はセツを睨みつけた。

 要の言葉にセツはそうだったとばかりに手を叩いて、やはり要にとってロクでもない事を口にしたのだった。


「カナメンには俺達に協力してほしいんだ」

「嫌だ」


 即答だった。考える間もないぐらい即断即決であった。

 まさに一刀両断の返答を返した要はもう用はないとばかりに背を向けて、部屋を出て行こうとする。そんな要を慌てた様子でセツが引き留める。


「ちょいちょい! またれよ!」

「時代劇か。てか、離せ!」

「なんでー!? 協力してくれたっていいだろ! カナメンのけちー! いけずー! 冷血漢!」

「無理矢理誘拐してきた相手が、『はい、協力します』なんて言う訳ないだろ! もし言うなら、ソイツは間違いなく頭がアレな奴だぞ」

「だよなー。俺もそう思う」

「分かったなら、手を離せ。そんで、俺を家に帰せ」

「ノンノン! そんなことしたら、俺が芹ちゃんに怒られるじゃんか!」


 部屋を出て行こうとする要。それを引き留めようとするセツ。

 お互いに一歩も譲らない攻防。もっとも、要がセツを引き剥がせたところで、扉の前には葵がいるので、彼がこの部屋から出る事はできないのだが。

 そんな彼等の様子を雪那は冷めた目で一瞥すると、そのまま資料に視線を戻した。


「大体なんで俺なんだよ! そういうのは正義感溢れるヒーロー気取りに任せろよ」

「カナメンじゃなきゃ駄目なんだよー! 俺だって、可愛い女の子が良かったんだからな! そしたら、手取り足取り優しく教えてあげて付きっ切りだったのにー! なんでこんな可愛さの欠片もないクソガキなんだよー!」

「悪かったな可愛さのかけらもないクソガキで。帰る」

「ああっ! 悪かったって! 怒んなよー! カナメンも可愛いからさ!」

「気持ち悪いこと言うな! いいから離せこの馬鹿力!」

「うん、俺も鳥肌が立った。やっぱ嘘は良くないなぁ。てか、カナメンじゃなきゃ駄目だって言ってんだろー。いい加減諦めろよ」

「だから、なんで俺なんだ! ここが未来の世界だっていうなら、この時代の俺だってい……る……」


 あまりにもしつこいセツを引き離す為に口にした言葉だったが、要はその瞬間、理解した。理解してしまった。

 何故、彼等がこの時代の桔梗要に協力を求めなかったのか。

 何故、彼等がわざわざ過去の時代の桔梗要を誘拐してきたのか。

 それは、ひとえに――。

 ふっとセツの表情が変わる。悲しみか怒りか絶望か。複雑な感情が入り混じった微笑みだった。


「……もういないぜ」


 そして、彼は静かに告げる。要にとっては衝撃的な事実を。


「リーダー……この時代の桔梗要は既に亡くなってるんだ」


 それは、要にとって頭を鈍器で殴られたような衝撃であった。

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