第34話 セラの決意
王宮の敷地内を奥に進むと、小さめな十字架の石碑がひっそりとそこにあった。
アスティは手にした小さな花束をリゼに渡した。
王宮の庭に咲く白いアネモネを束ねたものだった。
「嫌かもしれない。でも、お前から手向けてやって」
アスティが言った。
共同墓地。今回の事件で命を落とした者の中で、引き取り手も身内もいない者はここに納められた。
研究所の所長だった、ジル・エイミスもここにいる。
「初めはただ純粋なものだったはずなんだ。
信仰心に近い、奇跡のような力に対する憧れともいうのか……。
歪んで、狂わなければ、ただの変態なだけで」
苦く笑うと、アスティは十字架を見上げる。
「あいつは、瀕死の状態のところを、お前の母親に救われたと言っていた。
今なら、あいつがその力に固執した理由もなんとなく分かる気がするんだよ。
俺もその力に触れたから」
いつからか、自分の力にしようと、そしてそれが出来ると思い込んでしまったのだ。
あの男もまた、そのように歪まざるを得ない環境だったのかもしれない。
「だからお前からそれを手向けてやって。それがあいつにとって、最後の救いになるから」
リゼは、受取ったアネモネの花に触れ、静かにうなずく。
十字架の前に進み出て、そっと花束を置いた。両手を組み、祈りを捧げるリゼの髪を風がさらい、春の日差しでキラキラとなびいた。
その様子を、少し離れた場所からアスティが見守る。
しばらくそうして振り返ると、穏やかな表情でアスティが「ありがとう」と言った。
反対に、その後ろでセラが複雑な表情で立っている。
「セラ?」
傍へ行き、声をかけると、何かを決めたようにセラがリゼの手を取った。
「さっきのキナ王女の言葉だけど――」
うん、と神妙な顔で頷き、掴まれた手を握り返す。
「僕は、ここに残るよ」
リゼはセラの瞳を見つめた。水色の瞳は決意のこもったものだった。
ここへ来る前、キナは言った。
『国としてあなた達を保護しなければいけない』と。
それはつまり、国の監視下のもとで生活していかなければいけないという事。
わかっていた事だった。
けれど、関わった今だからわかることもある。
キナは決して自分達を戦争の道具として扱ったりはしないし、この力を私的に利用しようとはしない人だろう。
この人のもとであれば、きっと悪いようにはならない。そう思えた。
「僕は、ここに残る。残って軍学校に入る」
「軍に?」
思いもしなかった言葉に、リゼは目を丸くする。
「そう、軍に。強くなりたいんだ。リゼを守れるくらいには、強く」
困ったようにリゼが首を傾げる。
「もう、十分守ってもらってる。セラはセラの好きなように生きて?」
「なら、もう好きに生きてる。僕はちゃんと強くなりたい。自分の思うように」
リゼの言葉にかぶせるように言って、セラの瞳に更に力がこもる。
強くなりたいというのは、身体的なものなのか、精神的なものなのか。
その両方なのかもしれない。
どちらにせよ、リゼにとってセラは強い人で、むしろ今度は自分が守れるようにならなくてはと思っていたのに。
返す言葉がなかなか見つからないでいるリゼを見て、セラはふっと口元を緩めた。
「僕はここにいる事に決めた。けど、だからって、リゼもここにいなくちゃいけないわけじゃない」
リゼはキナの言葉を思い返す。
キナはこうも言った。
『私の目の届く場所であれば、王宮でなくても構わない』と。
それを聞いた瞬間、リゼは真っ先にシイナとミクラスのいる書物館を思い浮かべた。
けれど、彼等はもう軍を離れた身で、助けてくれたのも、今こうしてここにいるのも、彼等の優しさ故なのを理解している。
国に引き渡して、それで終わり。そうでなくては申し訳ない。
これ以上迷惑をかけられない。
そんなリゼの想いを見越したように、キナは言った。
『今の私の言葉の意味は、後でシイナに聞いてみてください。その後で、あなたが決めた事を聞かせてください』と。
そして、とりあえず今日は、リゼは再び書物館へ、セラは王宮へ身を寄せる事になり、今に至る。
「双子だからかなぁ、なんとなく分かるよ。リゼの考えてること。
僕は好きに選んだから、リゼも好きに選んでよ。大丈夫、離れたって心まで離れるわけじゃない」
そうでしょ? とセラが笑う。
うん、うん、と何度もリゼが頷く。
「なんで泣きそうなのさ」
笑いながらセラがリゼの頬をかるくつねる。
「隣町だし、会おうと思えばすぐに会える。
体調管理で王宮には定期的に通うことになるだろうし。ね?」
もうすでに、リゼが選ぶ答えが分かっているように。
「リゼ、そろそろ帰ろう」
この庭へと続く王宮の渡り廊下から、こちらに向かってミクラスが手を振っている。
セラを見ると、「行きなよ」と柔らかく笑って頷いた。
ぎゅっとセラを抱きしめてから身体を離す。
「ありがとう。行ってきます」
そう言って、リゼはミクラスの方へと走り出す。
その姿を見送るセラの横に立ち、アスティは小さく笑った。
「やっぱりお前、俺に似てるな」
不愉快だという顔で睨みつけ、セラはふっと一つ息を吐いた。
「一目見て分かったんだ。リゼは夜の色が好きだから、きっとあの人を選ぶって」
ああ……と何かに思い至ったアスティが呟いて、やっぱりまた小さく笑った。
「奪われた相手も同じか……やっぱり…」
「似てない!」
その先の言葉を大声で否定して、セラはその場から歩き出す。
自分が戻すことの出来なかったリゼの声を、彼等は戻した。この短い期間で。
だからこそ、リゼを任せてもいいと、そう思ったのだ。
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