第33話 これから

「セラ!」


 部屋に入るなり、リゼはセラに飛びついた。

 検査着姿でベッドの端に座っていたセラは、飛びつかれた勢いでそのままリゼと一緒にベッドに転がった。


「リゼ、苦しい」

「うん、ごめんね」


 そう言いながらも、離れる気はないらしく、ベッドに転がったままのセラは仕方なくリゼの背中を優しくたたく。

 あの事件の日から、セラはこの王宮で、王宮医による診察と検査を受け、研究所で受けた実験による異常や影響がないかを調べてもらっていた。リゼがセラに会うのはあの日以来だった。


「うーん、天使が二人、かな? 癒やされる」


 部屋に入り、その光景を見ながらミクラスが呟くと、部屋の隅で姿勢良く待機していたシェリアが、ちらりとこちらを一瞥する。

 目が、何馬鹿なことを言っているのよと訴えている。


「リゼ、まだそいつの頭にあまり衝撃を与えないように」


 ベッドの脇から声がして、リゼはセラから身体を離す。


「アスティ」


 白衣に身を包み、窓際で何かを記入しているアスティの姿に、リゼは目を丸くする。

 何かを書き終えたアスティは、ゆっくりとこちら側に移動すると、おもむろにリゼの顔や首に触れ、最後に手首の脈を確認すると、満足したように頷いた。


「……人の妹にベタベタ触らないでよ」


 その様子を見ながら、イライラした声音でセラが言うと、アスティは肩をすくめる。


「なんで?」

「なんでって、お前、今まで自分がした事わかってるのかよ」

「もちろん?」


 噛み付きそうなセラを、リゼが必死になだめる。


「短い期間で力を多く使ったんだ。身体に不調が出ていないか確認するのは当たり前。そうだろう?」

「お前、医者じゃないだろ」


 間を取り持つようにキナが前に進み出ると、セラとリゼの肩を抱き寄せる。


「確かに彼は罪を犯しました。けれど、償いの意思があります」


「これが、償う気がある人の態度ですか?」


 納得がいかないという顔のセラに、キナは困ったように笑う。


「お医者様ではないけれど、あなた達の力について今、一番詳しいのは彼です。

 ですから、これから彼には、あなた達の力の管理と研究をしてもらう事になりました。

 もちろん、今までのような無理な研究ではなく」


 何か言いたそうなセラをちらりと見やり、アスティはキナへ向き直る。


「キナ様、王宮医による検査の方は特に異常はありません。

 王都の病院にいる子供達の方は……元に戻るようになるには、長いスパンでの治療が必要でしょう――」


 そうですか、とキナが目を伏せる。

 キナへの報告を終えたアスティを、シイナは驚きの目で見つめていた。


「アスティ、お前……敬語が使えたのか?」


「――その言葉、あんたにだけは、言われたくないんだけど」


 いつもの睨み顔でシイナに顔を向けると、まあまあとミクラスが手でそれを遮る。

 アスティがふんっと顔をそむける。シイナへの態度に変わりはないが、今までのような殺気を向ける事はなくなったようだ。


 事件で保護された子供達は、身体に大きな問題はないが、心に大きな傷を負っていた。日常生活がままならない程、精神を病んでいる子供もいた。国立病院に入院した彼等は、これから先も国が治療と、リハビリのサポートをしていく。


 子供達をそうさせた原因の一端を担ったアスティは、この王宮内で軍の監視の下、リゼ達の力の研究をしながら暮らしていく。自由な行動は許されない。

 その程度の処罰では罰にならないと思いつつも、アスティはキナに感謝している。

 彼女は、事件後、全ての後処理を迅速にこなした。黙って出てきた隣国のアスティの養父母、モーリス家にも出向き、事情の説明と、身元引受人としてアスティをネロトニア国で受け入れる話までつけてくれた。


 感謝してもしきれない。

 だからこそ、彼女には敬意を示す。


 そして、もう一人――


「リゼ、お前を絶対死なせない」


 きょとんとした顔で、青い瞳がアスティを見上げ、やがてふわりと笑った。

 あの暗く寒い部屋で、リゼが自分に向けてくれた光に報いたかった。

 天使が短命というなら、その原因を取り除けば良い。

 アスティに笑いかけるリゼの手を引き、セラがじとりと睨みをきかせる。


「お前もついでにな。お前が死ぬとリゼが悲しむ」


 セラの睨みを全く気にせずアスティがそう言うと、セラは犬のようなうなり声をあげて肩を震わせた。


「ほんっとむかつくな! お前!!」

「セラ、アスティは、本当は優しい人だよ」

「知ってるよ! けど、僕はこいつ大っ嫌いだから!」

「別にお前に好かれなくてもいい」


 言い合う二人に挟まれ、リゼは困ったようにシイナ達を見た。

 助けを求める視線に、目を細めシイナが止めに入ろうと一歩踏み出すと、部屋の隅で見守っていたシェリアがそれを制した。


「失礼ですが、シイナさんが入るとより悪化しそうなので」


 そう言うと、脚を引きずりながらシェリアは言い合う二人の前へ行き、大きく手を振りかぶった。

 ぱしんっ、と軽めな音が二度響き、部屋に静けさが戻る。


「うるさい」


 半眼で一言そう言い放ち、無表情でシェリアはまた元の位置へと戻っていく。


「す、すみません……」


 頬を押さえながら、セラが呟く。アスティが舌打ちをして「暴力女が……」とぼそりと言うと、それを聞き逃さなかったシェリアが「もう一度言ってみなさいよ」と凄む。アスティは顔をしかめて黙り込んだ。

 ミクラスが一人声を殺して笑っている。


「とにかく!」


 キナが両手を合わせ、場の空気を元に戻そうと明るい声をあげた。



「セラも無事に日常生活に戻れそうですから、これからの話をしましょう」と。

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