第29話 独白
「不器用でぶっきらぼうだけど、本当は優しい子なの。あなたと同じ」
リリーがよく口にする言葉だった。
リリーとアスティの再会の日、俺にとってはアスティと初対面となったあの日の事をよく覚えている。
正直、どこに優しさがあるのか分からなかった。
頑なに俺の存在を認めようとせず、リリーの想いを否定する姿は、小さい子供が拗ねて駄々をこねているようにしか見えなかった。
そうだ、子供なのだ。
リリーと引き離されたあの日から、アスティの時間は止まっているのかもしれない。
そう思うと理解する事が出来る気がした。
「あの子ね、人が傷つくのを人一倍恐れるの」
いつだったかお気に入りの小さな教会で、リリーが言った。
「だからこそ、反乱軍で戦う父の事をとても嫌っていたけれど、本当は父が傷つくことを誰よりも恐れていたのよ」
祭壇に昇ったリリーを、ステンドグラスから差し込む柔らかい光が包む。
「その親父さんを目の前で亡くしたんだろう?」
俺の問いに、振り返ったリリーが悲しげに微笑んだ。
「そうね、アスティの目の前で死んだわ」
まだ幼かったアスティにとって、それはどれほどのショックだったのだろう。
一つ、また一つとリリーから聞かされる話でアスティの本当の姿を見出していく。
リリーと二人、時間をかけて、大きくすれ違ってしまったアスティと向き合っていくはずだった。
返事の返ってこない手紙を送り続けながら。
しかし、それはある日突然崩された。
リリーが撃たれた。
その一報を聞いてから、病院でその姿を見るまでの間の記憶はあまりない。
気が付くと、ガラスの向こうで横たわるリリーを呆然と見つめていた。
顔の半分以上を包帯で覆われ、かたく目をつぶる姿を。
最後に交わした言葉はなんだったろうか――。
いつものように柔らかく微笑み送り出してくれた朝が、遠い昔のように感じた。
突然頬に衝撃を受け、よろめいた。
目の前にアスティがいて、激しい殺意をこちらに向けていた。
ぼんやりとした意識の向こう側で、アスティが声を荒げている。
なぜ姉さんを傍に置いた? と。
そうだ。
分かっていたはずだった。
自分が旧王国派に目を付けられている事も、俺の傍にいるリリーに危険が及ぶかもしれない事も。
一度は離れる事も考えた。
けれど出来なかった。守れるという根拠のない自信もあったかもしれない。
これは、俺が犯した最大のミスであり、罪だ。
これにより、アスティとの溝はより深く、決定的なものとなった。
リリーと共に姿を消したアスティは、罪を重ねる。それは俺のせいなのだろう。
リリーが撃たれなければ、分かり合えた未来があったかもしれない。
だからこそあいつを止めたい。
リリーの想いを継ぐのは俺でなくてはいけない。
走馬燈のように今までの事を思い出しながら、自分の想いを再確認していく。
あとからやってきた兵達にセラを預け、白衣の男は生きたまま捕らえるように指示した。
リゼはきっと自らの意思でアスティと一緒にいる。
あの少女は、人の心の奥深くを瞬時に見抜き、理解する。
アスティの事もリリーの事も、俺自身の事も、話せる事は全てリゼには話した。
リゼには知る必要と権利があると思ったからだ。
全てを聞き終えた時、リゼは笑っていた。
微笑み『わかった』と一言だけスケッチブックに書き記した。
俺のアスティを止めたいという真意と、リリーに対する決意。あえて言葉にしなかったそれを、リゼはきっと理解している。
理解した上で笑ったのだ。
俺はもう、あの不思議な少女を子供だとは思っていない。
どうしてあれだけ綺麗でいられるのだろうか。
人の闇に触れ、どれだけ傷ついても、リゼは決して汚れない。
きっと誰にも汚せない。
この事件が片付いたら、キナにリゼ達の事を任せてもいいと思っていた。
だが今はすんなりとそれを選べない自分がいる。
進んだ廊下の先に、ガラス張りの渡り廊下が見えた。
月明かりに照らされるそれは、別の世界へと続く道のようにも見えた。
引き寄せられるようにその道へと進み、開け放たれた扉の奥に見えた光景に目を見開いた。
素早く手にした銃を構える。
しかし傷つけたくはないのだ。
「――アスティ!!」
視線の先に、リゼの額へ銃口を突きつけるアスティがいた。
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