第27話  それぞれの

 昔から彼女はいつもそうだった。


 ミクラスは警報音の鳴り響く施設内を走りながら思う。

 途中出会う施設の人間をいなしながら、部屋の中を確認していく。


 代々軍人家系であったサウリー家は、ミクラスの父親もまた、軍内の重要な役職に就き、現王となってからも王族との親交も深かった。


 幼い頃、王宮に連れて行かれたミクラスは、ある少女に出会う。

 キナ王女に手を引かれやってきたその少女は、燃えるような赤い髪と瞳を持っていた。

 遺伝子操作をされたその少女は、観賞用として闇市で売買され、飼われるように生活していた所を保護されたという。

 見たこともないその髪と瞳に、幼いながら衝撃を受けたことを覚えている。


『じろじろ見てるんじゃないわよ』


 赤い少女の第一声だった。

 当時を思い出しながら、ミクラスはふっと笑った。


 今も昔も、彼女は変わらず気が強い。

 気が強く、情に弱く、己の弱さを決して表に出さない。

 シェリアは人を頼らない。


「僕みたいにドジは踏まないって言っただろ。馬鹿シェリア」


 暗い廊下を走り抜けた先に、地下へと続く階段を見つけ、ミクラスは駆け下りた。

 この先にシェリアがいる。

 なぜかそんな気がした。


 駆け下りた先、薄暗い廊下に時折切れかけの電球が点滅する。

 ひんやりとした空気の中、等間隔で並ぶ鉄の扉を確認しながら前へ進む。


 カラン。


 少し離れた先から硬い物が床に落ちる音と、微かに人の話し声がした。

 ミクラスは音のした方へ走り出す。

 廊下の向こう、電球の点滅の中に二つの影が見えた。

 壁にもたれるように立った小さな影と、その後ろで何かを手にした大きな影。


「――っ!」


 走りながらミクラスは、脇のホルスターから銃を抜き取ると同時に、黒い影に向かってそれを放った。


「ぐあっ!!」


 低いうめき声がして、手首を押さえ黒い大きな影がよろめく。

 その手から落ちた小型の銃を蹴り飛ばした後、よろめいた影を掴みその顔面を殴り、丸まった身体に膝蹴りを食らわす。

 後ろに飛ばされた巨体は、背後にあった鉄の扉に頭を打ちつけ、短い声を発した後床に崩れ落ちた。

 チカチカと点滅した電球の明かりが、ぐったりとした体躯のいい男を照らし出した。


「シェリア!」


 横にいた小さな影が、力を無くしたようにずるりと前のめりに倒れる。

 ミクラスが手を伸ばし、その身体を抱き留めた。


「……なんであんたは、いくら姿を変えてもすぐにあたしだって分かるのよ」


 小さく呟かれた言葉で、ミクラスは腕の中の顔を覗き込んだ。

 そこには見慣れた赤い髪と瞳はなく、見知らぬ女性の姿があった。

 だけどそれはあの頃から変わらない、良く知った女の子。


「分かるよ。ずっと見てきたんだから」


 柔らかく微笑むと、腕の中の瞳がぱっと逸らされた。


「……いいから早く離しなさいよ! もう大丈夫だから」


 顔を逸らしたまま、ミクラスの顔をグイグイと押しやる。


「大丈夫じゃありません。そんな脚で」


 よいしょ、という掛け声と共に、シェリアの身体がふわりと浮いた。


「!? ちょっと! 下ろしなさいよ!」

「下ろしません。シェリアはもうちょっと人を頼る事を覚えて」


 ジタバタする身体を抱きかかえ、ミクラスはそのまま歩き出した。

 しばらく抵抗するものの、ビクともしないミクラスにシェリアは諦め大人しくなった。


「ミクラス」


 階段を昇りきり、窓から差し込む月明かりが照らす横顔に声を掛けた。


「なに?」

 柔らかい茶色の瞳がこちらを向く。

「まだ言ってなかった。……ありがと」


 ぶっきらぼうに言ったその顔が、少し赤らんで見え、ミクラスは小さく笑った。




 アボットの助けをかり、建物内に入ったシイナは、特別棟へ入るための扉の前で立ち止まり、息を整えた。

 セキュリティシステムがまだ作動しているその扉は、認証された人物しか扉を開けることが出来ない仕組みになっているようだ。

 シイナは小型の爆弾を扉の前に置くと、少し離れた場所からその爆弾に向かって銃を放った。

 爆音と爆風の後に警報音が鳴り響き、扉に付いた認証パネルが火花を散らす。

 歪み、開いた隙間に身体を滑り込ませ、シイナは特別棟へと入る。


 そこは、大きなガラス張りの部屋がいくつも並び、部屋の中にはたくさんの機械と、拷問器具のような椅子やベッドが置いてあった。

 この場所で日々、違法な実験や研究を行っていたのかと思うと、吐き気がするほど胸くそ悪い。シイナは顔をしかめその器具から目を逸らした。

 攫われた子供達もこの施設のどこかにいるのだろうか。

 しかし今はリゼを探す方が先だった。


 軽く眼鏡を押し上げると、シイナは人気のなくなった施設内をゆっくりと見回した。

 並ぶガラス戸の中で一カ所だけ白い光の漏れる場所があった。

 足音を立てないよう、静かにその場所へ向かうと、ガラス張りの部屋の奥に更に部屋があり、白い扉が少し開いているのが見えた。光はそこから漏れている。


 ガラスの部屋を抜け、白い扉の隙間から中を覗くとシイナは目を見開いた。

 リゼとよく似た少年がベッドに横たわっていた。

 髪の色は少し違うが、整った綺麗な顔立ちは、リゼのそれと同じだった。


「――セラ、か?」


 その少年はリゼの双子の兄、セラに間違いなかった。

 白い顔をして横たわるセラの腕を手に取り、脈を測る。問題は無い。

 身体は少し冷たいが、眠っているだけのようだ。

 ほっと息をつき、その隣のベッドで転がっている白衣の男を見た。

 その見た目の特徴は、ミクラスが見たという男の見た目と一致する。

 この男がリゼを攫ったのだろう。


「息はあるが、この弱り具合はなんだ……」


 シイナは銃の柄で男の身体を転がしてみるが、目立った外傷はない。

 身体の内部で何かがあったのか。


「リゼが、やったのか?」


 二つ並んだベッドに鎖がぶら下がる。この場所にリゼがいた可能性は高い。

 しかしリゼの姿はどこにもなかった。そしてアスティの姿もない。


「どこに行った――リゼ」


 遠く足音が響き、兵達が施設内へと入る喧騒が聞こえた。

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