第25話  セラの告白

 当分目覚めないと思ったセラの手が微かに動き、リゼは血の気がなく白くなったその顔を覗き込んだ。

 瞼がゆっくりと開かれ、リゼの青より少し薄い、水色の瞳がぼんやりと宙を見つめる。


「セラ……」


 静かに声を掛けると、目だけがこちらを向き、リゼの姿を確認すると瞬きを数回繰り返した。


「……リ、ゼ?」


 頷き、泣き出しそうになるのを堪えながらリゼは笑った。


「どうして、ここに?」


 握りしめたセラの手に頬をすり寄せる。


「迎えに来たよ。一緒に帰ろう」

「リゼ、声が――」


 驚き、起き上がろうとして力が入らず、セラは再びベッドに沈んだ。

 視界の端に白い白衣が見え、思わずリゼの手を引いた。


「そいつ、死んでる?」

「死んで、は、ない。けど……」


 黙り込んだリゼの言葉の続きを、セラが視線で促した。


「……私が、やったのかもしれない」


 そっか、と天井を見つめるセラの瞳が少しとろんとしていた。


「ごめん、すごく眠たくて――」


 セラの瞼にそっと掌を被せ、目を閉じさせる。

「いいよ、寝てていいよ?」

 その手を掴み、セラは一度大きく息を吐いた。


「リゼ、ずっと黙っていたことがあるんだ」


 うん、とリゼが相槌を打つ。


「僕らの母さんは、天使だった」

「そう」


 驚かないリゼに、すでに誰かから聞かされたのだと悟った。


「そっか、できれば僕の口から伝えたかった」

「私達の家系でしか現れない力、だって」

「それ以外は? 何か聞いた?」

「天使は、長くは生きられない」


 リゼの手を掴む力が強くなった。


「ごめん――」


 どうして? とリゼが穏やかに言った。

「どうして謝るの? セラも父さんも、だから私に力を使わせたくなかった。

 そして私を不安にさせないように黙っていた。そうでしょう?」


 力を利用しようとする人間から隠す為、もちろんそれもあるだろうが、いちばんの理由は命を延ばすためだ。リゼはそう思った。

 きっと母さんも短命だったのだろうから。


「ありがとう、守ってくれて」

「リゼ、もう一つあるんだ……」


 そのまま黙ってしまったセラを、リゼはじっと見つめた。

 しばらくして、躊躇いがちにセラが口を開く。


「リゼのその力は、人を殺せる」

「――え?」


 思いがけない言葉に、背後で横たわっている白衣の男を振り返った。

 確かに、あの時身体の中をなにかが逆流するような感覚があり、気付いたら相手は虫の息だった。


 自分が何かをしたのでは――そう思ったが、そうではないと思いたかった。


「その力は、相手を活性化させて回復させる。その逆も、可能なんだ。

 相手の細胞やエネルギーを停止させる事ができる」


 命を吸い取るように。


「でも、大丈夫。だってリゼはそいつを殺さなかった」


 リゼは再び背後で横たわる男を見た。

 確かにまだ息はある。

 ある、が――


「大丈夫……リゼなら……きっとコントロール、して……いける」


 急激にセラの意識がまた混濁し始めた。

 脳に相当な負荷がかかる実験をされたのかもしれない。目覚めてすぐにたくさん喋り、疲れもあるのだろう。


「大丈夫。少し眠って」

「リ、ゼ……」


 優しく声をかけると、すうっとセラの意識は落ちた。


 遠くで大きな爆発音がして、怒号が聞こえた。


「シイナ?」


 きっとシイナ達が来たのだ。

 このままここにいれば、助けは来る。

 けれど、リゼにはもう一人会わなくてはならない人物がいる。


 セラの腕に巻かれた包帯にそっと触れた。

 この包帯に残る色を持つ人物を、リゼは知っている。


 セラのブロンドの髪を撫で、立ち上がる。

 横たわる白衣の男、ジルを一瞥すると、リゼは扉を開いた。

 この男を回復するつもりはない。

 この場所にたどり着くであろうシイナ達にセラを託す。そしてこの男の処遇を任せるつもりだった。


 ――もし、シイナ達が来るまでにこの男が死んだら、私が殺した事になるんだろう。


 そう思いながら、リゼは扉を閉めた。

 この先にいる人物もまた、天使の力で人生を狂わせた一人かもしれない。

 なら、会わないといけない。

 シイナが止めたいと言ったその人物に。

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