第23話 先手

「ああ、シイナさんありがとうございます」


 カウンター内でデータ入力をしていたミクラスが、一般エリアの本の整理から戻ったシイナに声を掛けた。

「こっちもキリが良いところまで終わったので、そろそろお昼にしましょう。

 リゼが待ってますからね。そうだ! 声が戻ったお祝いに、今日の夕飯はごちそうにしよう」


 うきうきと話すミクラスの横で、利用者名簿に目を通していたシイナの手が止まった。


「誰か来たのか?」


 シイナの指し示す先に、今日の日付で一人の名前が記入してあった。


 ソロモ国立書物館は、通常の図書館などには置いていない専門書が数多くあり、一般開放エリアはあるものの、一般人にはマニアックすぎて利用する人はほとんどいない。

 ここでの仕事の大半は、書物とデータの管理と、専門機関からの問い合わせの対応が主で、一般人の対応は数えるほどしかない。

 その為、誰か来ればすぐに分かる。


「ええ、一時間前くらいかな、髪の長い男の人が来ましたね。あれ、そっちで会いませんでした?」

「……いや、会っていない」

 一般エリアで仕事をしていたシイナは、誰にも会っていなかった。

「おかしいですね……僕見てきます」


 そう言って、ミクラスがカウンターから出るのと同時だった。

 扉が壊れんばかりの勢いで、黒い塊が館内に飛び込んできた。

 思わず身構えたが、その正体に気付くとシイナは警戒を解いた。


「げ……熊が来た」

 ミクラスが小さく呟くと、さりげなくシイナの後ろに隠れる。


「アボットか、何かあったのか?」

 巨体を揺らしてシイナの前に立つと、現近衛隊隊長のアボットがギロリとシイナを見下ろした。

「ここの館長は口の利き方もなっとらん。まあいい。キナ王女からの伝言だ。

 情報は全て揃った。だが――」

 アボットが息を吐く。

 生暖かい風が吹き、シイナの後ろでミクラスが鼻をつまんだ。

「昨夜からシェリア・リオネスと連絡が取れない」


「なんだって?!」


 思わずミクラスが前に出ると、アボットが目を細め、顔を向けた。

「金魚のフンのミクラス・サウリーか。相変わらずだな」

「今そんなのどうでもいいから! シェリアが捕まったって事?」

「ここの人間は皆、口の利き方を知らないのか」

 憤慨するアボットを尻目に、考えるように口元に手を当てていたシイナが、顔を上げた。

「昨夜と言ったな」


 アボットが返事をするのを待たず、シイナは二階の部屋へと走り出した。

 慌ててミクラスもその後を追う。


 部屋のドアを開くと、目の前のリビングには飲みかけのホットレモネードと、開かれたまま不自然に床に落ちた本が一冊。


「やられた――」


 リゼの姿はどこにもなかった。


「リゼ? リゼっ?」

 ミクラスが他の部屋も見て回るが、部屋の中には誰もいない。


 遅れてやってきたアボットが、シイナの隣に立ち部屋を見回す。

「娘を攫われたか? 貴様らしくない失態だな」

 シイナが舌打ちをして、珍しく感情的に頭を掻きむしった。


「キナに伝えてくれ。今日、作戦を実行する」

「貴様に言われなくとも、初めからそのつもりでここへ来ている」

 不本意だという顔で、アボットは腕を組んだ。


 奴らの方が、動くのが早かったのだ。

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