第17話 絶対世界〈3〉

 国の名のある賞をいくつも受賞した。

 国立の研究機関で、優秀な研究者として働き、今やこの国でアスティ・モーリスの名を知らない者はいないとまで言われる。

 ここまでやれば、俺を養子として迎え入れたモーリス夫妻も気が済むだろう。


 いつかここから消えるつもりだった。


 俺の名が大きくなれば、隣国であっても姉さんの方から見つけ出してくれるのではないか。

 その為の足掛かり程度にしか思っていない。

 どうせモーリス夫妻も、俺を一族の名誉と繁栄の為の道具のようにしか思っていないだろう。彼等から愛を感じた事は一度もない。


 しかしいくら探しても、俺がどれだけ有名になっても、姉さんを見つけることは出来なかった。

 もしかしてもう、この世にいないのではないか――そんな最悪の想像をした自分自身に嫌悪感を抱く。


 もしそうであるなら、この世界に用はない。


 しかしそんなある日、ネロトニア国からある女が訪ねてきた。

 長い髪を一つに束ね、ひどく地味な格好をしたその女は、開口一番俺の名前を口にした。


「アスティ・ロイスさんとお見受けします」と。


 俺の本当の名前だった。


 女は、自分はネロトニア国の王国軍の人間だと言った。

 王女直属のある人物から依頼を受けて俺を探していたと言う。

 心の奥がそわそわとするのが分かった。

 女は、ずっと聞きたかった名前を口にする。


「リリー・ロイスさんが貴方を探しています」


 ああ!

 神様!!


 今まで一瞬だって考えた事もない神を信じたくなった。

 姉さんはやっぱり俺を探してくれていた!

 俺達はずっと同じ気持ちでいた!


 しかし、その思いは一瞬で打ちのめされる。


 女に指定された日時にその場所に向かうと、大人になった姉さんがいた。

 幼い頃の面影を残し、想像よりもずっと綺麗な女性になった姉さんは、俺を見つけると、あの頃と同じ優しい栗色の瞳を涙で濡らし、綺麗に笑った。


 その隣に、見知らぬ男が立っている。


 黒髪に銀縁の眼鏡を掛けた無表情なその男の事を、婚約者だと言い、姉さんは見たこともないキラキラとした笑顔を向ける。


 違う。

 やめろ。

 そんな顔は見たくない。

 なぜ俺より大事な存在を作った――


「どっちが大事なんてないの。悲しい事を言わないで」


 俺が放った言葉に、泣き出しそうな顔で姉さんは言った。

 俺にはそんな顔をするのか――。


 その後のやり取りはよく覚えていない。

 感情に任せ、ひどい言葉を言ったのだろう。

 別れ際の悲しそうな姉さんの顔だけをはっきりと覚えている。

 どうして俺だけを選んでくれなかったのか。

 考える事を放棄するように、今まで以上に研究に没頭した。


 あれから、俺の元に姉さんからの手紙が毎日のように届くようになった。

 日常の事、嬉しかった事、悲しかったこと――何気ない報告の最後に、必ずいつも同じ言葉が綴られていた。


『私はいつも、この瞬間が終わりだと思いながら生きてきました。これからもそう。

 あなたとすれ違ったままの終わりは耐えられないの。あなたに会いたい。私の愛する弟、アスティ』


 自分では処理仕切れない様々な感情がわき上がり、手紙をビリビリに破きたい衝動を必死で抑えた。

 手紙は、ある時期から届いても開きもせず、机の奥に閉じ込めるようになった。

 だが捨てることは出来なかった。

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