第14話 準備
その日の夜遅くに、シイナは王都から帰ってきた。
部屋に入ると、律儀にリビングのテーブルの上にシイナの分の夕飯が置いてある。
深く息をついて、ソファに深くもたれ掛かると、眼鏡を外して目頭を押さえた。
カチャリとドアが開く音がして振り返ると、ミクラスが自室から顔を覗かせた。
「お帰りなさい。遅かったですね」
ミクラスは静かに部屋から出ると、テーブルの上の皿を手に取り、キッチンへ移動した。
「温め直すので少し待ってください」
「悪いな」
「さっきまで起きて待っていたんですけどね、リゼ」
そうか、とシイナは短く答えた。
「だいぶ疲れてますね、大丈夫ですか?」
温め直した野菜スープをシイナの目の前に置き、ミクラスもシイナの前に腰掛けた。
黄金色のスープがきらきらと光る。立ち上る湯気越しに、少し心配そうにこちらを見るミクラスが見えた。
一口啜ると、よく染み出た野菜の旨味が、疲れた身体に染みわたった。
「うまい」
「それはどうも。リゼも手伝ってくれたんですよ」
「――そうか」
こちらはこちらで進展があったようだと、スープを啜りながらシイナは思った。
「ミクラス」
「はい」
シイナは王都から持ち帰った荷物の中から、布に包まれた何かをミクラスに差し出した。
それを受け取り、布をめくったミクラスが露骨にいやな顔をする。
想像通りの反応。
「……これよりも体術の方が得意なんですよね、僕。
もうこれを手にすることはないと思ってたんだけどなぁ」
「接近戦だけとは限らないんだ、持っておけ」
布の中身は自動拳銃だった。
「もっとも、お前は軍を離れた身だ。無理に俺に付き合わなくてもいいんだが」
シイナの言葉に、ミクラスは子供のように口を尖らせた。
「ここまでついてきた、腹心の部下を舐めないでくださいよ」
銃の状態を確認しながら、ミクラスは言った。
「あなた以外の人の元で動く気はありませんよ、僕は」
外していた眼鏡を掛け直すと、シイナは目を細めた。
「難儀な性格だな」
「どうとでも」
堂々と言い放つ様子を見て、シイナは軽く笑った。
「それで、キナ様はなんて? こんな物を渡すくらいだから、近々動きがあるんですよね」
「ああ、あまり時間をかけては手遅れになる」
シイナはキナから聞いた話をかいつまんで説明する。
「奴ら旧王国派なんですね……。どうりでやり方が汚いと思った。ほんとしつこいな」
シイナの話を聞き、ミクラスは顔をしかめた。
研究施設の事務員として潜入中のシェリアが、内部の見取り図とスケジュールを入手する為に動いている。
旧王国派のメンバーと思われる人物の動きを確認後、同日時に研究施設と製薬会社本社、そしてメンバーの自宅を王国軍が押さえる、という流れだ。
「アスティ達はきっと、施設内でも限られた研究員しか入れない特別棟にいる。俺達は真っ直ぐにそこを目指す」
シイナは荷物の中から自分の分の銃も取り出すと、慣れた手つきで分解し始めた。
その手元を見ながら、ミクラスはぼんやりと考え事をしていた。
部品の整備をしながら、シイナはちらりとミクラスを見た。
「……心配か?」
シイナは何がとも、誰がとも言わなかったが、ミクラスには確実にそれがシェリアの事を指していると分かった。
そしてそれは図星でもある。
ミクラスは大きく息を吐き、背もたれにだらしなくもたれ掛かった。
「それはまあ、シェリアは幼なじみですから心配くらいします」
「別に俺はシェリアが、とは言ってないが」
「……シイナさんのそういうところ嫌いです」
「別に構わない」
カチャリと部品をはめ込んで、シイナは涼しい顔で言った。
「……そういうところも嫌いです」
そうか、と言ってシイナは鼻で笑った。なぜか楽しそうだった。
不機嫌そうな顔をしたミクラスが見守る中、淡々とシイナは銃の整備を続けた。
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