第12話 王女の憂い

 扉を叩くと、「どうぞ」と言われ中へ入った。お供の兵士は部屋の外で待つようだ。


 王宮にしては控えめで簡素な作りの部屋の奥で、たくさんの書類に目を通すまだ年若い女性がひとり。

 ブロンドの髪をまとめ上げ、シンプルで動きやすい服に身を包んだ、王女らしからぬ格好をしたこの女性がこの国の王の娘、キナ王女だった。


「ああ、よく来てくれました、シイナ」


 シイナの姿を確認すると、キナの表情がぱっと明るくなる。

 前に進み出て、王族に対して行う最敬礼をするために片膝を着くと、不満顔でキナが立ち上がる。


「やめてください、シイナ。あなたにそれをやられると、私が唯一気を抜ける相手がいなくなってしまいます」

「――変わらないな」


 最敬礼を途中でやめて立ち上がると、キナがシイナの前へ歩み出る。


「アボットが何か失礼を働きませんでしたか?」


 先程のやり取りが聞こえていたのだろう。少し考え、シイナは「いや」と首を振った。


「……とても優秀な人なのですが、どうもあなたにライバル心を燃やしてしまう。許してくださいね」


 困ったようにキナが言うと、シイナは苦笑した。


「それはそうと、思ったよりも元気そうで安心しました」

「まあ、やたら口うるさい世話焼きがいるからな」


 クスクスとキナが笑う。


「シイナ隊長の腹心の部下ですからね、ミクラスは。

 優秀な人材を二人も失った事は国の痛手ですが、彼があなたの傍にいてくれて良かった」


 ふと、キナの表情が曇る。


「リリーさんの事、本当に申し訳ありません」


 そう言って、深々と下げられた頭。

 王族らしからぬ行動に、シイナは目を細める。


「またここに来てくれて良かった。もう、私の顔など見たくもないだろうと思っていましたから」


 頭を下げたままキナが言った。

 目の前に下げられた頭をじっと見た後、シイナはその頭にあった髪留めをおもむろに引き抜いた。

 綺麗にまとめ上げられていた、長いブロンドの髪がキラキラと落ちていく。


「――っ何を」


 慌てて髪を押さえ、キナが顔を上げる。


「今さっき俺には頭を下げるなと言っておきながら、自分はそれか?」


 引き抜いた髪留めを、キナの耳の上に留める。

 髪を整えながら、キナは首を振った。


「それとこれとは話が違います。私があなたを巻き込まなければ、こんな事には……」


 確かにあの日、拉致されたキナを助ける為に犯人を撃った。

 事件は解決したが、シイナはその事がきっかけで旧王国派に目を付けられる。

 加えて、その後近衛隊隊長となった事でシイナ個人が狙われるようになった。


「全部、俺自身が選んだ事だ。それによって起きた事は俺の責任だ」

「あなたの所為ではありません」

「なら、誰の所為でもないんだろう」


 しかし、守れると思っていたものが守れなかったのは事実だ――。

 しばし沈黙が続いた後、キナは自身の机の棚から書類を取り出した。


「――シェリアから事件の詳細は聞いていますか?」


 ああ、とシイナは短く答えた。


「では、これを」


 差し出された書類に目を通す。

 それは、ユリシにある研究施設と、その大元である製薬会社の従業員データだった。


「一番下にある書類が、旧王国派だと思われる人物のリストです」


 書類を交互に見比べ、顔を上げたシイナは、愕然とした表情でキナを見つめる。


「……奴ら、旧王国派か」


 キナがゆっくりと頷く。


「それは潜伏中のシェリアが抜き取ったデータです。彼等は、表向きは全く違う名前と容姿で暮らしているようですね。

 もっとも、旧王国派メンバーは製薬会社の幹部と、研究施設内の一部の研究員のみで、多くは何も知らずに働く一般人のようですが……」


 製薬会社で得た金を資金に、表向きの研究の裏で独自の研究を行い、再び国を手に入れようというのか。

 奴らはきっと、シイナの事もその近辺の事も全て調べ尽くしている。

 だからこそリリーとアスティが選ばれたのだ。

 リリーを撃ち、天使の情報をダシにアスティを引き入れる――それはもう、国を手に入れたいというよりは、ただどこまでもシイナを陥れたいだけのようにも感じられる。


「……アスティは知っているのか?」


 最愛の姉を撃った奴らだと知った上でそこにいるのか?


「そこまではまだ分かりませんが……知らずに利用されている可能性もあります」


 きつく目を閉じて、シイナは天を仰いだ。


「シイナ、あなたが保護したリゼという少女、絶対に彼等の手に渡らないように気をつけてください」

「……分かっている」


「出来れば国で保護したいのですが――」


 シイナは無言で首を横に振った。

 やっと少し心を開き始めたのに、また閉じてしまうのではないかという懸念があった。


「そうですか……。ひとまずあなたにお預けします。

 ですが、いずれは国で保護するということを頭に入れておいてください。個人で保護するには彼女の力は大きすぎる」


「――考えておく」


 確かに、リゼの力がもし公になれば、それを利用しようとする者が出てくるだろう。

 キナの元ならリゼを悪いようにはしないだろう。だが、できれば普通の生活をさせてやりたかった。

 そう思うくらいには情は湧いていた。


 その後、キナと今後のことを話し合い、今回の事件に全面的に協力することを約束し、シイナは王都をあとにした。

 その頃には、明るかった空がすっかり暗くなり、たくさんの星が瞬いていた。

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