第11話 王都へ

 王都ターラは近年観光も盛んで、王宮までの道はたくさんの商店が並んでいる。

 ここを離れてまだ三年と少しだが、変わらない街並みが懐かしかった。

 同時に、もう戻せないあの日々を思い出し、苦しくもなる。


 賑やかな通りを外れ、細い道を進むと小さな教会がある。シンプルで過度な装飾はないが、静かで凜とした空気が流れるこの教会がリリーは好きだった。

 昔過ごした孤児院に少し似ているからかもしれない。

 シイナは教会を見上げ、ゆっくりと息を吐いた。


 ――もう来ることもないと思っていたが。


 『この扉を開いて、この空気の中に入ると、自分の心の内に入っていく感じがするの』


 ここに来るとリリーはよくそう言っていた。

 今も扉を開けば、そこにリリーがいるような気がした。


「シイナ様、キナ王女がお待ちです」


 扉を開けようとした瞬間に背後から声を掛けられ、ため息をついた。

 振り返ると、王国軍の兵士が一人敬礼をして立っている。


「迎えはいらないと言ったはずだが」

「はっ。申し訳ございません。キナ様がどうしてもと……」


 この場所に寄る、という行動パターンを読まれていたようで面白くない。


「俺はもう一般人だから様付けはいらない」

「いえ、そういうわけには……」


 仕方なく教会を離れ、歩き出したシイナの後を兵士が追う。


 王宮の扉の前に着くと、門番の兵士がシイナの姿を確認するなり大袈裟に敬礼をした。


「お帰りなさいませ、シイナ様!」


 だから様付けは……と言いかけて、無駄だと思い諦めた。

 ここまで一緒に来た兵士一人をお供に、中へと進む。


 慣れた道順を歩いていく。目指すは二階の西側一番奥の扉。

 廊下をすれ違う人が、シイナを見ると皆端に避けて敬礼、もしくは深くお辞儀をする。

 その姿を見るたびにシイナは深くため息をついた。


 ――だから来たくなかったんだ……。


 そう思いながら、さっさと用事を済ませて帰ろうと、足早に廊下を進む。

 その目的の扉の前で見知った顔と出会った。


「――やあ、シイナ君。ただの書物館館長が王宮になんの用だね」


 熊のようにでかい体躯で見下ろしながら、男が嫌みったらしく言った。


「……ご無沙汰しております、アボット隊長」


 片手で眼鏡を押し上げて、シイナは目の前の熊……もとい隊長と呼んだ人物を見上げた。

 近衛隊隊長の座を降りたシイナの後に、その椅子に座った人物だった。

 キナ王女が改革をしたとはいえ、中にはシイナの成り上がりを良く思わない人物は少なくなかった。

 目の前の男もその一人だった。


「王女がお待ちなので、失礼」


 深く関わりたくはない。横をすり抜け、扉に手を掛けると、太い腕が横から伸びてきて、開けないように扉を押さえつけられた。


「軍を降りた部外者が、あまりしゃしゃり出ないでもらいたい」


 低い声でアボットがそう言うと、シイナは今日何度目かの深いため息をついた。


「貴方には事の内容が伝わっていないようだ。いや、伝えるに値しないと判断されたか。

 大方、今だって席を外せと言われたんだろう?」

「なんだと――っ」


 静かに目の前の扉を見据えていたシイナが、鋭い視線をアボットに向けた。


「俺が解決しなくてはならない、俺の仕事なんだよ。部外者は口を出すな」


 有無を言わさぬ威圧感に、アボットは一瞬押し黙る。


「……恐れ多くもアボット隊長。キナ王女が、今回の件はシイナ様と直接話がしたいとの事で……」


 教会からずっとシイナの後ろを付いてきていた兵士が、恐る恐るシイナの援護をすると、アボットは乱暴に扉から手を離した。


「――王女のお気に入りだからといっていい気になるなよ」


 捨て台詞のように言うと、床が揺れそうな足音を立てながらアボットは去っていった。


「野生の熊だな」


 その後ろ姿を見送りながら、シイナがぼそりと呟くと、援護をしてくれた兵士が小さく吹き出した。

 シイナがまた小さくため息をついた。


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