第10話 シイナとリリー〈2〉

 訓練生としての三年間は差別の連続だった。


 代々軍人家系というエリート達にとって、出自の分からない孤児院出身のシイナは、忌み嫌われる対象となった。

 しかしそんな事は全く気にもとめないシイナは、体術、剣術、馬術に座学と全てにおいてトップクラスの成績を納めた。特に銃の扱いに関しては右に出るものはいない。

 それがまたエリート達の癇に障り、時に事件に巻きこまれながらも、淡々と日々を過ごし、シイナは首席で卒業した。その頃には、差別や嫌がらせにも動じずに結果を残すシイナを慕う、シイナ派という派閥まで出来上がっていた。


 しかし、いくら首席で卒業しても、家柄主義の風潮が残る王国軍の中では出世は望めない。

 別にそれでも構わなかった。


 警備隊に配属となったシイナは、王都の外れに小さな家を借り、約束通りリリーを迎えに行く。


 一八歳になったリリーは、少女の面影はあるものの、すっかり大人の女性へと成長していて、少し戸惑ったがすぐに慣れた。

 中身はあの頃のまま、おっとりとしていてどこかつかみ所のないリリーのままだったから。

 リリーと一緒に住み始め、警備隊として王都を巡回しながら、リリーの弟であるアスティ・ロイスの行方を探す毎日が一年ほど過ぎた頃、事件が起きる。


 王の一人娘であるキナ王女が、公務として他国へ訪問の帰りに、旧王国派によって拉致されたのだ。

 キナ王女の監禁場所を割り出すのに、警備隊から参考人としてシイナが出向き、拉致場所から移動しやすい監禁場所に適した場所を的確に割り出し、事件から三日後にキナ王女を見つけ出すことができた。

 だが、特殊部隊突入時に興奮した犯人が、キナ王女を人質に自爆をしようとした。

 その瞬間、案内役として帯同していたシイナが正確な狙撃で犯人達を撃ち抜き、事件は無事に収束したのだ。


 この事件をきっかけに、シイナは一人の人物と一つの組織に注目される事になる。


 その人物というのが、キナ王女だった。


 事件後、年若いが聡明で、他国との外交や取引、王である父に代わり軍の指揮を執る事も多いキナ王女は、長く家柄主義で構成されていた軍内部の改革を行った。

 そしてシイナを近衛隊隊長として任命、自身の側近として側に置いた。

 シイナは出世に興味はなく、最初は断っていたが、軍の諜報員を個人的に使う事を条件にそれを受けた。


 諜報員の情報網によって、リリーの弟であるアスティ・ロイスは程なくして見つかった。

 なかなか見つからなかったのは、隣国で保護されたアスティ・ロイスは、その国の上流階級の夫婦の養子となり、アスティ・モーリスとして名を変えて生活していたからだった。


 アスティ自身もずっと探し続けていた姉のリリーは、得体の知れない男と婚約していた。


「ずっと、ずっと姉さんを想って生きてきたのに、俺の生きる糧だったのに……」


 再会の日、アスティは掠れた声で言った。


「アスティ、私もよ? この日の為に生き延びてきたの」


 リリーがアスティの手をそっと包むと、激しく振り払われた。


「じゃあなんで俺より大事なやつなんか作るんだよ!」

「アスティ……ねえアスティ、どっちが大事なんてないの。悲しい事言わないで」


 リリーの栗色の瞳に悲しげに見つめられ、苦しそうにアスティは顔を歪める。

 内戦で引き裂かれ、ずっと会えることを願っていた姉。


「リリーは死にたくなるような環境の中で、お前に会う為に生きてきたんだ。それ以上何を望む」


 成り行きを見守っていたシイナが、見かねてそう口にすると、アスティの感情はコントロールを失ったように爆発した。


「気安く姉さんの名前を呼ぶな! お前に何が分かる」


 子供みたいな駄々をこねているのは分かっている。でも、やっと会えた姉が、また一緒に暮らせると思っていた姉が、もう自分だけの存在ではない事が認められないのだ。

 なにより、自分は姉だけを心の糧に生きてきたのに、姉はその糧を別に得ていた事が許せなかった。

 こんな、無表情で何を考えているか分からない男なんかに。

 アスティの中で、様々な感情が入り乱れ、収拾がつかなくなっていた。


「アスティが認めてくれるまで結婚しないわ。だから待ってる」


 リリーがそう言うと、アスティは鼻で笑った。


「じゃあ一生無理だな」


 踵を返し去って行くアスティを、悲しげな顔で見送るリリーの頭に手を乗せると、栗色の瞳がシイナを見上げた。


「ごめんなさいね、シイナ君」


「謝る必要ないだろ」


 悲しそうな顔のまま、リリーは静かに笑った。

 それ以来、リリーが一方的に手紙を送るのみで、アスティと会うことはなかった。


 二度目の再会は、リリーが運ばれた病院の中だった。

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