第二週目:彼女(だれか)の墓参りにいった日





「―――お墓、参り?」


 ワタシが造られてから、二週間たったある日の朝。

 外出しようとする彼から発せられた言葉に、ワタシはつい食いついてしまった。


「そう、今日は僕の……うん、大切な友人の命日だからね」


 そう話す造物主マスターの表情は複雑だった。

 その顔はまるでワタシが造られたあの日、始めて起動したときにみた彼の表情に、近しいように感じる。


「それじゃあ、行ってき―――」


 ―――だからつい、気になってしまったのかもしれない。


「―――ワタシも、行きたいです!」


「えっ……」


 その宣言に、造物主マスターは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。

 この二週間メイドの仕事を粛々とこなし、一度も屋敷の外に出ようとしなかったワタシが、急にこのようなお願いをしたことに驚いているのだろうか。


 ―――だがワタシにだって、外の世界に出たいという気持ちはあるのだ。


 完璧な人造人間であるワタシには、これまで造物主の言い付けを守り部屋を掃除するしかなかった。

 だが、気付いたてしまったのだ。

 完璧なワタシだからこそ造物主マスターを説得することも、もしかしたら出来てしまうのでは、と。


 ……しかして、造物主マスターからの返事がない。


 もしや、怒らせてしまったのだろうか?それとも、果てしなく困らせてしまったか。


 だとしたら直ぐに謝らなければ……

 別に彼に迷惑をかけたかったわけではなく、ちょっとしたお願いのつもりだったのだ。


 ちょっとした興味から口走ってしまった妄言、寝言。

 そんなものの為に造物主マスターの手を煩わせてしまうのは、本意ではない。


「……駄目でしょうか?なら、別に―――」


「あ、いや、そういうわけじゃあ……いやまぁそういうわけではあるんだけども……」


 しかし良いか悪いか、問いただし撤回しようとしても造物主マスターは曖昧な問いを返すばかりで、一向に返事が帰ってこない。


 それどころか眉間に手を当て、なにかを深く考えるような素振りも見せ始めた。

 そして考え込み、10分経過。


 ―――ええい、まどろっこしい!


「もう優柔不断な!駄目なら駄目とはっきり……」


 そう、ワタシがいつものように声を上げかけたその時―――


「―――いいよ。一緒に行こうか」


 思いの外、予想外の言葉が造物主マスターからかかってきた。


「え?あ、よいのですね!」


 あまりの難航っぷりに諦めかけていたが、許可が出たことは素直に嬉しい。


「あぁ……ただしその前に三つ、約束事をしてくれ。それが守れるならば一緒に行くことを認めよう」


 そうして造物主は、ワタシに三つの約束なるものを言い付けた。


 そのどれもが当たり前というか、それはそうだろうというもので、ワタシはすぐに快諾した。


 そうしてワタシが造られてから、初めての外出が始まったのだった。




 ◇◇◇




「ここが、屋敷の外の世界……」


 吹き抜ける風、歩き回る人々。

 何もかもが新鮮な光景で、ワタシの心は躍っていた。


「これが、人間の暮らし……!」


 それを実感して、ワタシは思わず感動の言葉を抑えられなかった。


 ―――当然頭の中に知識としてはあった。


 だが、知っていることと実際に体験し、肌身で感じることには雲泥うんでいの差がある。

 人造人間であるはずのワタシの心がこれほどまでに気分が高揚していることがその証拠だ。


「家でした約束、絶対に守ってね」


 造物主マスターはそんなワタシを見て心配そうにそう言う。


 ―――造物主マスターとした約束は、三つだ。


 1つ目、「目深にフードをかぶり、あまり顔を晒さないこと」。


 2つ目、「極力街の人々には話しかけないこと」。


 そして3つ目、「万が一向こうから話しかけられたら、相手が誰かと勘違いしていても別人であると伝えること」、だ。


 3つの約束の意味はよく分かる。

 何故なら私の素材となった死体は当然、この街の人物のものであるはずだからだ。


 ワタシの顔まで死体と同じものにしているのかはワタシ自身には分からない。


 自分の姿を鏡を見る限りでは栗毛のロングヘアーで華奢な一般的な女性に見えたが、それが生きていた人物の顔か、なんてことは自身では判断はつかない。


 ―――あるいは、生きてる人であれば見抜くこともできるのだろうが。


 ともかく造物主がそのように危惧する以上、そういった意図があっての約束なのだろうと理解した。


「はいはい、分かっております。心配性ですね、うちの造物主マスターは……」


「ははは……さ、そこの通りを曲がって真っ直ぐ行けば墓地だ」


 造物主の言うとおりに角を曲がると、その先には大きな丘と、そこに立ち並んだ複数の墓標がワタシの眼に写った。


 造物主はそのなかに入ると、迷うことなく一直線にある墓の前へと突き進んだ。


 そして、しばらく歩いた先。

 墓を抜けて見えてきた長い階段、それを上りきった先に、目的の場所はあった。


 ―――女性の名前が刻まれた墓。


 その前で、造物主マスターは立ち止まる。


「ここが、御友人のお墓ですか?」


「……あぁ、そうだ」


 そこで造物主は膝をつき、花束を置く。

 そうして彼は深々と頭を下げ、手を合わせる。


 ワタシもそれに倣って、墓標へと手を合わせ、目を閉じた。


 ―――貴女がだれかはわからない。

 だけども、きっと貴女との思い出を抱いて、造物主マスターは今日まで生きてこられたのだ。


 もしかしたら、この女性がいなければ何かの歯車が狂って、ワタシが造り出されなかった未来もあったかもしれない。

 そんな思いと共に目を伏せていると、造物主マスターは立ち上がり、また一礼をする。


 そして、彼はワタシを一瞥いちべつするとこう話した。


「僕はこれから教会の方にご挨拶してくるから、君は……そうだな、そこの木陰の椅子にでも腰掛けていてくれ」


 造物主の指差す方向を見ると、確かに大きな木の木陰に小綺麗な白い椅子が置かれている。

 なるほどあそこならば、直射日光を避けて待っていることもできるだろう。


 本当の所は無理にでも着いていきたいところだが、諸般の事情もあるし、ここは自粛だ。


「さっきも行ったけど、くれぐれも―――」


「分かっておりますよ、誰にも話しかけませんとも」


 完璧なワタシは造物主マスターの言い付けを破るようなことはしない。

 自分から道行く人に話しかけなどしないし、もしも誰かに話しかけられたとしても、適当にあしらって置けばいいだろう。


「うん、それじゃあいってくる」


 それを聞いて安心すると、造物主は墓場の入り口付近に立つ教会へと、挨拶に向かっていった。




 ―――それから、数十分。


 最初の頃こそ辺りの自然や、遠巻きに見える人々の姿に感動しきりだったが、流石に飽きがやってくる。

 話し相手もおらず、やることもなく一人取り残されるというのは存外寂しさを覚えるということを、ワタシは初めて知った。


 これであれば家で家事をしていた方が、いくらか孤独を誤魔化せるというものだ。


「まだかなぁ……」


 ワタシは伸びをしながら、辺りを見渡す。

 別に、造物主が恋しいわけではない。

 こうして辺りをキョロキョロしているのも造物主マスターに会いたいからとかではなく、ただ寂しいだけなのだ。


「あ」


 そこで、気付いた。


「―――貴女」


 ―――こちらを見て、身を見開いて呆然としている、一人の妙齢の女性に。


「わ、わたしですか……?」


 自分を指差し、ワタシは問いかける。

 流石にこの状況で無視するわけにもいかないし、これは不可抗力だ。


 ―――しかし、一向に返事はない。


 相手の女性はしばらくこちらを見つめ続けた後、少し頭を抱えて俯く。


「え、えっと……」


 ワタシは困惑する。

 こんな時、どう対応すればいいのかまるで分からない。

 そのようにワタシがまごまごしているうち、女性はついに口を開いた。


「……ごめんなさい、人違いね」


 ―――その声色は、なにか自分に言い聞かせているようだった。

 信じられないことを、無理に納得しようとする言葉。

 それを聞いて、何故かワタシの心は苦しくなった。


「驚かせちゃってごめんねお嬢さん……その、貴女が私の娘によく似ていたものだから……」


「はぁ、そうだったんですか……」


 ワタシは思わず気のない相槌を打つことしかできなかった。

 娘に似てる、などと言われてもワタシには彼女のことは分からない。


「……我ながら、どうかしていたわ。こんなところに、あの子がいるわけがないのに」


「…あの、差し支えなければお聞きしたいのですが、娘さんというのは……」


 ―――だが、何故か気になる。


 だからつい、聞いてしまった。

 不躾だと分かっていたが、気になってしまったのだ。


「……亡くなったわ。つい一年前に、病に倒れてね」


「お医者さんも匙を投げるほどの難病で、対処のしようもなくて……一人、友人だった学者さんが親身になって治療法を探してくれていたのだけれど、結局……」


 そう語る女性は沈痛な面持ちで、娘のことを語ってくれた。

 とても大人しく、清楚な少女であったこと。

 誰の悪口も我が儘も言わず、怒ったことなど一度もない、品行方正を形にしたような人物だったと。


「そう、だったんですね」


 それを聞いて思わず、「ワタシとは正反対だ」、という感想を抱いた。

 ワタシは完璧な人造人間ではあるが、正直この人格は品行方正には程遠いという自覚はある。


 そも、ちゃんとした人物になってほしいという思いからとはいえ、親同然の存在である造物主マスターをここまで扱き下ろしている時点で理想の人格には程遠い。


「……ところで、貴女も誰かのお墓参りに?」


 女性はそうワタシに語りかけてくる。

 正直これ以上話していると造物主マスターも戻ってきてしまいそうだったから、ワタシは話を打ち切ろうと立ち上がり手早く告げた。


「あ、ワタシは付き添いで……そちらのお墓に」


 ワタシが指差した墓。

 そこは先ほど造物主が花を手向けた墓だ。


「―――」


 それを見て、妙齢の女性はまた大きく目を見開き無言になる。


「……叔母様?」


「……いえ、なんでもないわ。急に用事を思い出しちゃったから、失礼するわね」


 女性はワタシから顔を背けると、入り口の方へと向かって歩みだす。


「あっ、分かりました。どうかお元気で」


 ワタシはボロが出る前に話を終えられたことに少し安堵しながらも、別れの言葉を告げる。

 しかし、話しかけられた相手が優しそうな女性でよかった。もっと追及されたら何かの拍子で人造人間であることがバレてしまったかもしれない。


 ワタシの言葉を聞くと女性は立ち止まり、一言呟く。


「―――貴女は、あの子のぶんまでどうか、健やかであってね」


「……?」


 ワタシはその言葉の真意がよく分からず、立ち尽くす。

 女性はそんなワタシの方を振り向くことなく、階段を降りていったのだった。



 それから1分もしないうち。


 今度は女性が降りていった階段を登って、造物主が顔を出した。

 その表情は何故か暗く、考え込んでいるようなものだ。


 そしてワタシの前に立つと、一言告げる。


「―――今すれ違った女性と、話をした?」


「?、えぇ少し……」


 そう口にしてから、ワタシはハッとして口を抑える。

 ―――もしかしたら造物主マスターは怒っているのかもしれない。

 言い付けを破って道行く人に話しかけてしまったのではないか、と。


 そう考えたワタシは、咄嗟に弁明を口にする。


「あ、言っておきますが自分から話しかけたりなどしていません!向こうから―――」


「―――あぁ、分かってる」


 だが、そんな弁明を聞いても造物主がワタシを叱ることはなかった。


「……さ、帰ろう」


「は、はい……?」


 ―――結局、そこからほとんどワタシと造物主マスターの間に会話はなく。


 家についてからは造物主マスターの態度もいつも通りのものに戻り、それからは今までと同じ日々がしばらく続いたのであった。


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