造られた完璧少女の日常

鰹 あるすとろ

第一日目:完璧なワタシが創造(うま)れた日





 ―――その日、ワタシは初めての起動を果たした。



 日の光の一切届かない、地下深く。

 そこに設けられた一人の男性の研究施設、その中の何もない殺風景な部屋で、ワタシは初めてその身体を動かした。


 ―――生体パーツで作られた目を開くと、視界には部屋と、一人の人間が映った。


 その人間―――目の前の眼鏡をかけた黒髪、そして白衣の男性は、涙を流しながらこちらを笑顔で見つめて、そして地面に向かってガッツポーズをした。

 おそらくは彼こそがワタシを造った製造者だろう。研究の成功を喜んでいるのか、今やうずくまって嗚咽おえつを漏らしながら何かをつぶやいている。


 ――そう、ワタシは人造人間だ。


 人の亡骸なきがらを再利用して再びこの世に蘇らせる、謂わば禁忌の技術。

 その産物こそが今ここに産まれたワタシ自身だ。


 その素材は死した人間の遺体の一部と、その足りない部分を補強する機械の躯体からだ


 何故自分自身でそれが分かるかというと、こういった知識は全て素材とされた脳に残っているかららしい。

 それ故に、ワタシは自身がヒトではないという事実を比較的スムーズに受け入れられていた。



「よかった……君が、生き返ってくれて……」


 男はワタシを見つめ、その起動の成功を祝うように泣きながら縋り付く。

 涙と鼻水でびしょびしょの顔。

 そのすべてから、彼が自分の起動を心から祝福してくれていることが分かった。


 ―――だが。


 無遠慮に触れる手、涙ながらに這いよってくる初対面の男性の姿。


 そんな姿を見て、ある言葉が浮かんだ。

 口にせずにはいられない、心の底からの言葉。


 ―――これが、人造人間として生まれ落ちて、最初の言葉だ。


 ワタシは我慢しようもなく、感情のままにその初めての発声を行ったのだった。





「キモいです、造物主マスター!」





 ◇◇◇




 それからの顛末はとてつもないものとなった。

 ワタシは初対面の女に泣き喚きながら抱き着くという行為の気持ち悪さを、これでもかというほどに製造者へ教え込んだのだ。

 我ながら言葉が汚くなってしまったが、それもご愛敬。


 ―――かくして製造者の涙は、喜びによる物ではなく自身の行為への反省の物へと変わった。


 その後は如何に製造者がダメ人間かを順番に指摘していく学級会へとシフト。

 最後の方は被造物であるはずのワタシが腕を組み仁王立ち、製造者は正座をしながら反省するというあべこべな様相であった。



 ―――とはいえ、ワタシはあくまで彼に造られた人造人間。


 自分にとって最上位の存在はあの男であり、彼の為に尽くす。

 その大前提は崩れないのだ。


 そんな訳であれから数日、ワタシは彼の屋敷の家事全般を担当するメイドの役割を果たしていた。


 ―――栗毛の長髪は結びまとめ、クローゼットにしまってあったメイド服を装備。


 まさしく、完璧なメイドの姿だ。


「あっ……おはよう……」


 主人であり、製作者でもある男はビクビクしながらワタシに朝の挨拶をした。

 あの一件以来、彼はワタシに対して怯えたような態度を取る。


 ―――全く不甲斐ない!


 男ならもっとしゃんとしていて貰いたいものだ、とワタシは内心イラつく。

 相手がそこらへんの町娘などならまだ分かる。見ず知らずの女性に手ひどく説教を食らったりなどした日には、それこそ彼は落ち込んで外にも出れなくなるだろう。


 だが、ワタシは彼に造られた物なのだ。

 自分が作った道具に怯えているなど、とてもじゃないが情けなさすぎる。


「おはようございます造物主マスター。今日も冴えない面ですこと」


「は、はは……」


 歯に衣着せて無難な挨拶をする気はない。

 ワタシの今の一番の目的はただ一つ。

 造物主に、それに相応しい振る舞いと風格というものを身に着けてもらうことだ。


「お食事は既に用意していますから、早く食べるとよいです」


 ワタシがそう告げると、造物主マスターはイソイソと食卓に向かい、ゆっくりと座る。


「ありがとう……いただくよ」


 今日の食事はトマトのスープとパン、そして目玉焼きだ。


 ワタシに味覚を感じる機能はない。だが、脳内にはメニューの情報が残っている。

 ならばそれを再現するだけで、寸分違わぬ味の料理が完成する。


 ―――完全かつ完璧な人造人間であるワタシにとって、この程度のことは造作もない。


 特にこのトマトのスープは今までの料理の中でも特に美味しかろうという自信があった。


 ……根拠は特にない。

 強いていうならばワタシのこの借り物の脳が、間違いなく美味しいと太鼓判を押している。


 案の定、造物主マスターは真っ先にトマトスープに手を付けた。


 ―――当然だ、なにせ見た目からして完璧な逸品なのだから。


 彼はスプーンでそのスープを掬い、口へと運び味わう。

 ワタシはそんな彼の食事風景を、今か今かと見守っていた。

 さぁ見よ、そして称えよ。完璧な人造人間たるこのワタシを。


 そしてそれを舌で味わったその瞬間。


 ―――その表情が、大きく変わった。



「―――この味」



 目を見開き、手が震えている。


「ま、まさか美味しくなかった……!?」


 ―――なんてことだ。

 ワタシの会心の料理が、口に合わなかったというのか。


 思わず、膝から崩れ落ちそうになる。

 ワタシは完璧な人造人間のはずなのに。

 だからこそ造物主マスターである彼にも、それにふさわしい偉大な人物でいてほしいと、そう思ってこの数日間厳しく彼の矯正を行っていたというのに。


 そのワタシ自身が完璧ではなかったとしたら、産み出してくれた彼に申し訳が―――


 ショックのあまり、愕然としたまま動けないワタシ。


 だがそれに気付いたのか、造物主マスターは不意に声をかけてきた。


「……ん、あ、いや!そういうことじゃないんだ!とても美味しい!」


 その表情はひどく慌てたようで、言葉も取ってつけたようなもの。


「いや……素直な感想を口にしてくれていいですよ……ワタシはどうやらダメメイド、いやダメ人造人間のようですし……」


 完璧に仕事をこなせなかった。

 その事実がワタシの心を苛み、躯体の駆動を鈍らせる。

 ―――有機部品などごく一部だというのに心、など可笑しな話だが。


「違う、違うんだ!」


 造物主はワタシの目の前に駆け寄り、真剣な表情で告げる。


「その、昔好きだった人が作ってくれた味によく似ていたから……つい言葉を失ってしまったんだ」


 ―――そのあまりにも予想外な言葉に、思わずきょとんとしてしまう。



「……本当に?」


「あぁ、本当だ」


 その言葉に、少し救われた気持ちになる。

 やはりワタシは依然として、完璧かつパーフェクトなスーパー人造人間にして超絶有能メイドなのだ。


 そのことが再認識でき、一先ずの安心。

 そして―――


「だから、君の料理は美味し―――」


「―――紛らわしいです!」


 さぁ、今日もお説教の時間だ。


「えぇ……」


「そういった相手に変に気を遣わせるような言動や行動は、いささか慎んだほうがいいかと!誤解して、相手が傷付いてしまうことだったありますし!」


 なにせワタシが傷付いた。

 完璧な人造人間の造物主マスターたる物、常にワタシの予想を上回るような完璧超人でいてくれなければ困るのだ。

 特に女心が分からないなど、言語同断。


「はい……なんかすみません……」


 ワタシのお説教にシュンとしながらも、造物主はスープを飲み進める。

 その食事の様子を見る限り、先ほどの「美味しい」という言葉には嘘偽りがなさそうだ。


 安心。


 そうしてしばらく。

 食事を終えた造物主マスターは「学会にいく」と言って外出し、ワタシは屋敷中の掃除を開始する。


 さぁ、今日も完璧な仕事を始めよう。


 ―――こうしてまた、ワタシが造られてからのいつも通りの日々が過ぎていくのだった。


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