▼5▲ ‐残り十九日‐

「これは!! いったい! どおおおおおおゆううことですのおおおおおおおおお?!」


 昨日とまったく同様に、お嬢様が校門前でリムジン横付けで登場する。

 またかとばかりに成一は嘆息して、

「お嬢様に文句をつけられる理由は無いと思うんだが?」

「と・に・か・く! 説明なさい新成一ッ!! 一体、何のつもりで御厨さんに!?」


『……昨日どうして聞かなかったのかというツッコミは無しだろうか?』

『動転していたんじゃないのかな、直後は親衛隊も沈黙していたくらいだし。それより細かい理由はボクもまだ聞いてないんだけど? すぐ下校して時間スキップしたのもどうしてさ?』

『頭を沸騰させた状態じゃまともに話はできないだろ。騙して金を奪うわけじゃあるまいし』


 だが時間を置くと発火するタイプもいるようで、

「破廉恥よ! 出会ったその日に、ここ、こっ、告白なんて!! 順序がめちゃくちゃですわ!」

「……。気持ちが抑えられなかったんだ」

 嘘だった。ただ余計なことを言うよりも、ストレスを発散させたほうがお嬢様を収めるのに都合がいいと思ってそれ以上は黙っていた。表向きは。


『俺は今、初めてお前の存在に感謝する。言われっぱなしはストレス溜まる』

『そいつは光栄だねえ。だけどボクも君に文句を言いたいよ』

『ほう、何か問題でもあったのか?』

『あのね、君はもう委員長ルートに入っちゃったんだよ。だからもう新しい出会いイベントはこのルートを離脱しないと発生しないんだ。色々と性急だったんじゃないのかい?』

『好都合だ。あと告白した理由はいくつかある。なにぶん話し相手がいないしな、説明する』


 成一は目の前で「サイテー!」「バカ!」「おたんこなす!」「ちゃんと聞いてますの!?」などと罵られつつ思考整理して、宙に浮くぬいぐるみに語り始めた。

 まず告白に至った経緯についてだが――


『先に言っておくが、委員長への告白は失敗しても構わなかった。成功する確信はあったが、それは後回しだ。重要なのは、委員長が同じクラスだったことにある』

『? それの何が重要なんだい?』

『大ありだ。クラスが違ったり学年が違ったり、部活動でしか遭遇できないヒロインだったら半日も拘束される授業を好感度上昇に有効活用できないだろう。時間スキップや空間移動は、サーペント、お前が付きっきりでサポートするこの一週間しか使えない。そうだよな?』

『うん、そうだね』

『だからまず、お前がいなくなった後のことを考えた。学校のヒロインに目星をつけるなら、少なくとも同じクラスであることが条件だ。そうでなければ学校に行く理由はない』

『え? じゃあ君はもし振られてたら、学校に行かず外でヒロインを探したのかい?』

『架空世界でまで律儀に学校に通う必要はないからな。ヒロインは何十人もいるんだろう? いくらでも試行はできる。それが失敗しても構わなかった理由の一つだ。二つ目は……』


 他に失敗しても問題が無かったのは――


『転校初日に学校の人気者に告白し玉砕したという、インパクト十分な自虐ネタが手に入る。もし振られていても、他ヒロインのイベントで活用できる話題性がある。それに親衛隊からは同情されるか男前扱いされるだろう、入隊して内部から利用することも考えた』

『タフなメンタルしてるなあ……』

『殺されるよりはマシってだけだ。で、本題の告白に至った理由だが、第一には』

 成一は、お嬢様にちらりと横目を向けて言う。

『……消去法だ。同じクラスの三人なら、元よりお嬢様は選考外。皮肉屋は――取り付く島も俺にその気も起きないから除外する。またこの二人だったら告白の成功率はマイナスだろう。その点で委員長は』

 と、そこまで言って成一は胃が痛むのを感じたが。

『ああいう人間は、周りに人がいたときのが断りにくい空気を察して、流されてくれる。逆に二人きりのときに告白すると、あっさり断ってくるタイプでもある。彼氏彼女の形から始める恋愛もあるってことだ。まあ俺にかかってるプレーヤー補正を前提とした上の賭けだったが』

『ふうん。それって実体験も入ってたりするのかな?』

『……ノーコメントだ。それにその手の情報なら、いくらでもネットに転がってる』


 つくづく携帯電話スマートフォンは便利である。昨日の授業中はこの手のゲームの情報収集に使ったのだ。その過程で閃いたことではあるが、


『あと速攻で告白した最大の理由は、ハッピーエンド条件の検証のためだった。少なくとも、これで告白だけでは駄目とはっきりした。何も分からなかった時に比べれば大きな進歩だよ。徐々に好感度を上げてそれからなんて悠長なことをして駄目だったら、タイミング次第で詰む可能性があったんだ。なら嘘だろうと好きって言うさ。――攻略に、有効だと判断したら』


 そうして動機を語り尽くすと、成一は拳を握りしめた。

 いくらデス・ゲームの最中でもこんな下衆な思考には嫌気もさす。

 お嬢様がびくりとして、


「な、なんですの? 突然に唇を噛んで……」

「いや、なんでも。急に告白なんてことをしたんだ、礼儀知らずの不作法だと責められても、仕方ないと分かってる。お嬢様は、委員長が、御厨さんのことが大切なんだな」

「!! ち、違いますわ! 私はあの人と友達なんかじゃありません!!」

「そっか。でもこれで俺も彼氏だから、一目惚れの恋が叶った感激とは別にして……」

「別にして?」

「――大切にしなくちゃって、そう思うよ」

「……っ!」


 全ては打算でしかない。一目惚れの恋なんていうのも体面を取り繕う嘘だった。

 けれど最後の言葉は真実だ。なぜならば、


「ああああああああああああああああああ!! き、きっさまあああああ!! よ、よくも我らの紳士協定を無視して、い、委員長にこここ告白おおおおおおあああああああああああああん!!」


 またやかましいのが突っ込んできた。

 今度は殴られるかもなあと激昂する森部を見て成一が少し覚悟をしたときに。


「――おやめなさい」


 こちらを責めていた彼女が、静かにけれど強い言葉で制止した。森部はそれに固まって、

「し、進藤さん。し、しかし!」

「紳士協定なんて結局は告白できない遠巻きの連帯意識。あるいは振られてもなお御厨さんを好きな誰かが他に取られたくなくて張った予防線。親衛隊も自称で非公認。そうでしょう?」

「ああいや確かに間違いなくそうですがっ!」

「だったら!! 憶病なだけで行動に移せない馬の骨が! 堂々と正面からぶつかって、思いを果たして遂げた者に! 無様にわめいて文句をつけようだなんて一千年早いと知りなさい!」

「あッ、はぃ!!」

「分かったら! 無礼を謝って祝福を!」

「イェス・マム! 新成一殿ッ、告白のご成功、誠におめでとうございます!!」

「……ああ、ありがとう?」

「では自分はこれにて! ……オタッシャデー!!」


 森部は泣きながら走り去っていった。この後また教室で再会するシュールさを思うと成一はコミカルなキャラも大変だなと思いつつシステム的に報われない日陰者に同情した。そして。

「……庇われるとは思わなかったよ。何か心境に変化でも?」

「勘違いしないことね、御厨さんを泣かせたら承知しませんから。――分かったら、後ろ」

 ジェスチャーされる。それに振り向くと、


「え、あ! お、おはようございます新くんっ。その、盗み聞きしてたんじゃなくって……」

「ああ、おはよう委員長。――御厨さん」

 そう笑みを返しつつ成一は次の手を考えながら、一粒の真実を噛み締めた。なぜならば。

 自分は彼女を、ハッピーエンドで終わらない世界に連れ出すことになるのだから。

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