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「うまい」

 成一は素直にそう言った。一人で食べていたらスプーンを止めずにこのカレーを完食したに違いない。値段も200円と破格である。向かい席の委員長がほほえんで、

「でしょ? うちってお弁当より学食派が多いの。それっていうのも」

「この! 私が出資していますから!! ですのよ!」

「……食事の時くらい静かにして。あとわざわざ学食に来ることないんじゃない、お金持ち」

「なっ! 私がどこで食べようと、文句を言われる筋合いはありませんわ!」


 ――隣の席に、なぜか今朝の二人も着いていた。


『確かに難易度低めな導入だな、転校の理由も前の学校も尋ねてこないとは』

『隣に座ったのも空いてる席を取ったら偶然にってことになってるよ、彼女たちの中ではね』

『……自分の言行を訝しむこともない、か』


 見た目の上では現実と変わらない。つまり見方を変えればそこに備わっている人格も知性もプレーヤーの存在により変質しているとも言える。しかしその思考は無為だろうと中断して、


「ところで委員長。さっきから携帯いじってるけど、なに?」

「これ? 各部活のスケジュール確認と、さっき頼まれた仕事をやっつけてるの」

「御厨は助っ人やり過ぎ。頼まれたら断らないし、良いように使われてる」

「そうかしら、手を抜くところでは抜いているのではなくて? 取り巻きの方々もそれなりに役立ているようですし」

「うん、みんな協力的だから助かってる。……よし、これで動画同好会のお勧め紹介と新聞部のコラム提出完了っ! あー、仕事のあとのプリンがおいし~」


 委員長はデザートを小さくすくって口に運ぶ。成一は学食に来る途中で案内を受けながら、彼女が多くの生徒に話しかけられ信頼されている姿を目にしていた。


「……学校の中心人物だな、委員長は」

「えっ?! ううん、単に趣味が多いの。色々なことに関わるのが楽しいからやってるだけ」

「これで先週の期末テスト成績も進藤の上かタイなんだから反則過ぎ。御厨はチート」

「そうですわ! いったい! どうして! 私はあなたに勝てませんの?!」

「あはは。まあ、委員長だから♪」


 そんな三人の会話を横にカレーを食べながらサーペントに尋ねていく。

『今日出会うヒロインは、この二年C組の三人で終了か?』

『いいや、放課後クラブタイムにも用意されてるよ。気に入ったヒロインが登場して、特定のルートに入りたいと思うまで存分に吟味してくれたまえ』

 まるで女衒そのものな口ぶりに成一は嫌悪を抱いたが。

『部活系のヒロインは厄介だろう、攻略のために何をやらされるか分かったもんじゃない』

『うん、いいね! その積極的な後ろ向き思考! じゃあこの子たちの評価は?』

『――そうだな』

 こちらもまた、自己中心的で無神経な腹づもりをしていると自嘲気味に笑いかけたとき、


「そういえば新くん、気になってたんだけど。

 ……って、何かの怪我?」


 ――冷や水をかけられたように、我に返る。

 それは単に、プレーヤーである己もまた彼女たちに見られているのだという、そんな当然の事実を突きつけられただけなのだが、成一は心臓を掴み取られたように呼吸を止め。

「……あぁ。これは」

 そして思わず、今まで見ないようにしていた『彼女』の視線に口ごもり。

「……どうかなさいましたの?」

「あ、えと、なんか聞き辛いこと尋ねちゃったかな?」

「実は単なる趣味だから言いにくいんでしょ。よくある中二病――」

「ッ、それをお前に言われたくはないぞ、琴歌!!」


 ついうっかり声を荒げてしまっていた。委員長とお嬢様は「琴歌?」と首を僅かにかしげ、呼ばれた当人は。


「……急に呼び捨てにされるのは、それなりに不愉快ね」

「あら、先に失礼なことを言ったのは貴方でしょう」

「まあまあ二人とも。……新くん?」

「ああ、その、あんまり堂々と話せるネタじゃなくてさ。急に怒鳴ってごめん、真浦さん」

 成一は深く頭を下げる。そして話を聞かれるより先に軽く笑って。

「去年、バカな火遊びに付き合わされて火傷したんだ。それで酷い痕が残ってて」


 嘘ではなかった。一切の脚色無くシンプルにまとめればその程度の話である。

 だから、


「そんなにひどいのでしたら、良い病院や医師を探させますけれど?」

「……あいにく母子家庭で暮らしに困らない程度の金持ちでね。それに残った痕は手の甲で、染みたり痛みがとれないようなものでもないんで治してない。だから」


 成一は皮肉屋の文学少女に一瞬だけ目を向ける。

 そしてすぐ訊いてきた委員長に向き直り。


「指摘されたように邪気眼みたいなものでさ。図星刺されて、カッとなったんだよ」


 それも嘘ではなかったが、オチの付いた話にしてはにかんで、誤魔化した。


「えと、なんか気にしてること聞いちゃってごめんなさい! もし何か怪我が原因の不都合があっても、知っておけばフォローができるって、そう思っただけだから」

「ああ、分かってるよ。親切だもんな、委員長だから」

「うん、まあ、委員長だからね!」

 そうして成一は決めセリフと化した言葉を先に言うことで、強引にその場をまとめきる。

 サーペントがにやけ顔を向けてきて、


『で、この子たちの評価はどうなのかな成一くん?』

『……お嬢様は元より論外、皮肉屋にはその気も取り付く島もない。委員長は……』

 言い淀んで、しかしこんなぬいぐるみの白蛇でも今後の方針整理のアウトプットくらいには役立ってもらおうと。

『委員長は、常識人で交友関係が広くて成績もトップ。みんなに好かれて頼られる、いわゆる完璧超人ってやつだろう。取り巻きもいるから真っ当に攻略する場合の障害はかなり大きい』

『へえ、いい分析だ。君って実はギャルゲーマスターだったりする?』

『ネットとライトノベルで聞きかじった程度だよ。で、サーペント、ここからが肝心だが』

『なんだい?』

『このゲームのクリア条件は、何だ』


 そう、これこそが核心だ。

 サーペントは訊かれてまたにやりとして。


『うーん、それぞれに違うとしか言えないなあ。全ては君次第ってことも含めてね』

『なら具体的に訊く。ハッピーエンド到達に必要な手順はあるか? 好感度を上げまくって、特定の場所か時間で告白して――全年齢対象ならその時点でキスでも交わせば終了か?』

『う~ん、それも秘密なんだよね。それを探すのもゲームの一つになっててさ』

『そうか。そいつはテンプレ通りじゃなくて残念だ』


 だが半ば予想していた通りの回答に、成一はまったく落胆していなかった。

 自分に今現在、恋愛ゲーム主人公特有のご都合主義な外付け補正が付いているというなら、現実ではまず使えない・ありえない手段も講じられるのだ。そしてそれを試すなら、短期間でクリア条件を探す必要もあるならば――〈鉄は熱いうちに打て〉ではなく。

『あれ、突然くすりとなって、どうしたんだい成一くん?』

 笑みを見せる。ここにきてやっと思考が回ってきた。まず確かめなくてはならないのは、


『鉄は熱くしてから打て、だ』


 成一は教室に戻るとサーペントに頼んで午後の授業をスキップさせ、下校時刻に移動した。


「……えー、ではホームルームを終わります。みなさん気をつけて下校して下さい」

 中年男の担任教師が挨拶すると、生徒がそれぞれに分化する。仲良しグループと話す女子、全力ダッシュで走り去る帰宅部だか運動部だか分からない男子。それは現実と何も変わらない光景だと思って成一は快くなった。教室内にはまだ半数以上が残っている。

 真後ろの席を振り返り、


「委員長、今日は色々とありがとう、緊張がほぐれて助かった」

「ううん、また何か困ったことがあったら聞いて。力になるから」

「優しいんだな、委員長は。じゃあ一つお願いがあるんだけど」

「なになに、クラブの紹介とか? そうだ、いま生徒会でクリスマスの準備をしているの!」

「それもまた、助っ人で?」

「二学期の委員長の仕事でね。期末テスト終わるまで何もしてなかったから人手が欲しくて」

「へえ。じゃあ本当に毎日忙しくて大変だな。でもまあ、俺の用事も似たようなものでさ」


 成一はそう言うと立ち上がり姿勢を正し、彼女は少しきょとんとする。

 おそらく真っ当に攻略するならば徐々に親睦を深めるのが正しいだろう。

 例えばこのクリスマスイベントを一緒に手伝って機をうかがう。だがしかしそれでは遅い。成一には時期を待ってから行動する余裕は僅かもない。騒がしい教室がほんの少しだけ静かになったのを見計らい――息を吸う。

 そして委員長の瞳を見てはっきりと、一切のどもりも淀みもなく、



「御厨雛子さん、あなたを好きになりました。

 俺と付き合って下さい」



「――……。え? 新くん、それってジョーク……だったりする?」

「冗談じゃない告白です。お返事を。はい、どうぞ」

「え、えっ? あ、あの! その……はい。こちらこそ……よろしく、お願いします」

 

「……」「え?」「は??」

「(白目)」「ちょっ」「なッ!!」

「なんだあッてえええええええええええええええええええええええええええええええええ?!」

「なんですってえええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」


 そんな騒然となる状況を理解しながら、成一は紅潮する委員長――御厨を見て微笑した。

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