ミュリナvsスノウ・アルト 後編
ミュリナの腰から展開した炎の翼が起爆した。
炎が弾ける。
スノウを攻撃するためではない。人間の重心となる丹田を根元に、爆発の威力を前に進む力と変えて味方につけたのだ。
継続的に爆発する推進力で空中を滑り、スノウに迫る。
速い。スノウは目を見張った。いままでのミュリナの速度を、一段飛ばしにして迫って来た。ただの爆発による推進力では説明がつかないほどの速さだ。
ミュリナが炎とともに全身にまとっている雷による速度付与によるものだ。『速い』という概念を味方に付けて、爆発に押される彼女の動きそのものの速度が上昇している。
だが自分を不意打ちできるほどではないと、スノウは魔術で水弾を放って炎の翼を広げるミュリナの接近を牽制しようとする。
まっすぐ突っ込めば直撃のコース。だがミュリナは、かわしようもない空中で軌道を変えてスノウの攻撃をかわした。
「――ッ!」
ほぼ直角に曲がった絡繰りは簡単だ。爆発の方向を変えれば、空中であろうともいくらでも動ける。
地面という制約から解放されていたミュリナが、空中を跳ね回る。
爆発音が響く。攻撃ではなく、高速機動のための推進力となる。変則的かつ三次元的な動きで、あっという間にスノウの背後をとった。
スノウはそれでも反応した。自分の視界からミュリナが消えた瞬間、自分の死角を上か背後の二択まで絞り、頭上からの影がかかっていないことから後ろを取られたと決め打ちして断罪の剣を振るう。
彼女の予想はぴたりと当たった。
膨大な戦闘経験と、何より第六感から示される直感が彼女を正解に導いた。躊躇なく振り切る勢いの『断罪の剣』は、ミュリナの首をはねる軌跡を描いた。
光の剣が触れる。魔術的な防御を無として切り裂く。今度こそ、避けることもできないタイミングだ。
スノウの勝利を決めるはずの刃先がミュリナの全身を包む炎に触れた瞬間、切り裂くよりも先に炎が自爆した。
「なっ!?」
スノウが驚きの声を上げる。
爆発した炎の勢いに、ミュリナの体が彼女の意思と無関係にのけぞった。確かに寸前まで少女の首があった場所を、スノウが振るう光剣が素通りする。
体に纏う炎が自ら爆発することで、攻撃が当たる前にミュリナ本体を衝撃で動かしてしのいだのである。
ミュリナの反射神経も意識もまったく関係ない自動回避。攻撃が当たる際に、接触部位が自らが爆発すれば被害を最小限に保って相手の攻撃を逸らせるのではという理屈から誕生した、爆発反応装甲。障壁で防ぐのではなく、障壁を自爆させて攻撃を逸らすという異色の結界だ。
イチキと魔術論議をした時の雑談で生まれた発想を、ミュリナは自分の戦闘法として確立した。
スノウにとってみれば必殺を期していた攻撃だったからこそ、からぶったことにより隙が生まれる。
ミュリナは止まらない。自動回避が発動したのならば、それはカウンターのチャンスに他ならない。続け様に腰元の炎翼が弾ける。爆発力を使った姿勢制御により、ミュリナは瞬きの間に攻撃体勢を整える。空中で回転して、相手にたたきつけるためのエネルギーを生み出した。
ミュリナの持つ右の短剣に、炎が集中する。
集める炎に、ごちゃごちゃとした理屈はない。集うのはミュリナの感情そのものだ。短剣に自分という力の一点集中する。
自分が、もっとも攻撃力を発揮したのは、いつだったか。
自分が一番強かったの瞬間は、いつだったのか。
魔術の炎に込めるために、鮮明に脳内に描き出す。
「そんなもん――」
考えるまでもなく、自分が最強だったときなんて、一つしかない。
「レンに告白した時に決まってんでしょうがぁあああああああああ!」
「なんの話をしてンなバカなぁ!?」
バカげた叫びの内容以上に、その結果にスノウが驚愕する。ミュリナの短剣を迎撃しようとした断罪の剣が砕けた。彼女の攻撃が、スノウの攻撃を上回ったのだ。
スノウはとっさに左腕を掲げる。
単純な戦闘能力では、ミュリナよりも彼女の方が格上だ。一手遅れようとも取り返せる地力の強さがある。そして『信仰の盾』は隔世の性質において、圧倒的なまでに優れている。
自らの信仰が砕けぬ限り、壊れないと謳われているほどに。
ここで攻撃を防げば、すぐに立て直せる。スノウはそう判断した。
だがミュリナは、最初の会話の時点でスノウの信仰の壊し方を悟っていた。
「行けないわよ、スノウ・アルト」
これみよがしに炎を切先に集中させた短剣を振り上げながら、ミュリナはスノウの目を見る。
「どこまでいっても、自分のためにしか生きられないあんたが」
スノウの目が、揺れた。
「常世の国に招かれるはず、ないじゃない」
炎の短剣を振り抜いた。
ミュリナの一撃は、スノウの『信仰の壁』を打ち砕く。ミュリナの片方の短剣と対消滅する形で、光の壁が砕け散る。
光の残光と鋼の破片がきらめく。
「……ぁ」
スノウが、小さく息を漏らす。なにかを掴もうと、光の残骸に手を伸ばす。
ミュリナは左手に持ったもう片方の短剣――ではなく、右手を思いっきり握りしめた。
「なぁッーーふづッ!?」
まさか武器ではなく素手でのパンチングに、スノウも虚を突かれた。
予想外を重ねたミュリナ渾身の拳打は、見事スノウの鼻っ柱を打ち抜いた。ひとたまりもなく地面に転がった相手を見て、ミュリナは拳を掲げる。
「……はっ」
勝利を掴んだミュリナは、笑みを漏らす。
「どうよ、見たか」
かつて皇国打倒に『勇者パーティー』などというものに希望を寄せて何もしなかった民衆どもに。彼らが特別だから、彼らは強いからと、彼らならなきっとやってくれるからなどと、どこまでも無責任に希望を託して祈っていることしかしてこなかった大衆に。
特別なはずの『聖騎士』に勝ったミュリナは、届かぬと知っていても言い放つ。
「あたしは、勝てたわよ!!」
たった、十年。
努力を費やすだけで、一勝をもぎ取ることができると、証明してみせた。
ミュリナはどっかりと座り込む。横目で確認すると、地面で仰向けになっているスノウは鼻血をダラダラ流していた。まだ脳が揺れているのか、目の焦点は合っていない。しばらく、自力で立ち上がるのは不可能だろう。
そんな状態でありながら、うわごとのように彼女は呟く。
「……何が、いけなかったのだろうな」
「……」
聞こえてしまった声に、ミュリナは仏頂面になる。
スノウの敗因は明確だ。
左腕に掲げていた『信仰の壁』を抜かれたことである。本来ならば絶対的に信頼できるあの光壁を砕かれるなどと、スノウは思ってもいなかったに違いない。
だがミュリナにしてみれば、当然だと言ってやりたい。
信仰を盾にして他人の攻撃を防いでいる。
その程度の思いなど、砕けないはずがない。
イーズ・アンを一度でも見ればわかることだ。本当に強固な信仰の持ち主は、自らの信仰を盾になどしないのだから。
だが、教えてなどやらない。
彼女の人生の間違いなど、ミュリナのこれからにはなんの関係もないのだ。
「知らないわよ」
だからぶっきらぼうに返答する。
よい、悪いではない。そんなことくらい、ミュリナにだってわかっている。自分のためだけに生きる生き方を、否定したりはできない。
ミュリナも、もう恨んではいないのだ。今回のことは『勇者パーティー』に対するわだかまりを解消するいい機会になったが、それだけだ。
だって、あんなことがあってすら、ミュリナは幸せになれた。
レンに、出会うことができた。
その事実がある限り、ミュリナはいままでのどんな不幸も否定できない。
「あんたの人生がどうだか知らないからさ。取り合えず、ここで吐き出せば?」
「ああ……そうだな」
倒れ伏した聖騎士は、ぽつりぽつりと語り出す。自分を打ち負かした少女にここまでの道程を伝え聞かせる。
恋人の帰りを待つミュリナはただ相槌を打って、スノウの話に頷いた。
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