刊行全肯定・後編




 ここ最近、話題になりつつ読み物があるという情報が教会に上がったのは数日前のことである。

 なんでも皇国革命期の話を、いままでにない視点から描いた創作ということだ。

 あの時代を舞台とする創作物は革命の立役者である勇者ウィトン・バロウを描くのが人気なのだが、あくまで創作の呈をとっているそれはとある一人の少女が主役だった。

 王宮に、いたかもしれなかった少女。

 つまびらかに描かれた内容に、革命の真実を知る神殿の一部の人間は警戒した。

 よくも悪くも、皇国の革命に教会は大きく関わっている。自分たちに不利な内容を市民に知らしめる恐れがある媒体に目を光らせていた。当初のうちは三流ゴシップ誌に掲載されているということで教会も相手にしていなかったのだが、少し話題が広がりすぎている。

 数度、情報の出元を探るために人員を派遣したが、空振りに終わった。

 企画した記者は特定できているというのに、情報源となる人物がつかめない。どの諜報員からも記者自身の身元、行動ともに問題なしという報告が上がってくるのだ。

 いっそ、不自然なほどに。

 客観の秘蹟を身に宿した教皇ならば真相を知っているのだろうが、西方教会において、この程度の画策をたくらむ聖職者に彼と意図を疎通できる人間はいない。

 秘密裏に行われた話し合いの末、その話が掲載されている雑誌の検閲を、とある人物に任せることとなった。

 教会の中でも極端にして頑迷固陋な原理主義者、イーズ・アンだ。

 皇国打倒の一翼を担った当本人だ。内容への査問という建前としても適役であり、皇国へ肯定的な内容を知れば決して発行を許さないことは目に見えている。それどころか『事故』によって、記者が一人、浄化の光で消えることすら期待していた。






 キマ・ウスタは神殿の呼び出しに応えて、まんじりともせず待機していた。

 彼女が企画した連載の査問を受けたのだ。しかもどんな意図があるのか、呼び出された先にいる査問担当は、一人の修道女だけである。

 イーズ・アン。

 革命に功労者と名高く、同時に絶対的に強固な原典原理主義者としても有名だ。

 キマは事前に彼女への対策は練っている。しかしトラウマチックな相手が正面にいるという無言の圧に、ひやりと汗を流した時だ。


「失礼します、イーズ・アン様。入室してよろしいでしょうか」

「よい」


 いざ検閲を始めようという時に、扉をノックした人物がいた。

 端的な許可のもとおずおずと入室してきたのは、まだ幼い修道女、タータだ。ここまで走ってきたのか、彼女は息を弾ませて室内に入って来た。


「いかにした」

「お、お勤めのところ申し訳ありません! その、治療部門で素行の悪い男性が暴れて、他の人では止められなくて……!」

「よくあることだ。さしたる問題にはならぬだろう」


 素っ気ない対応だが、正論である。

 治療部門といえば、ケガをした冒険者の対応だ。事実として冒険者がクレームをつけて暴れるのは珍しくない。多かれ少なかれ、腕っぷしに自信があるから戦闘稼業の冒険者をやっているのだ。

 ベテランほどこの町の教会にはイーズ・アンがいるのを知っているため行儀よくしているのだが、身の程を知らない新人がシスター相手に女とみて増長し、強面で脅しをかけ、腕力で無理を通そうと脅しかけることは珍しくない。

 そのすべてにイーズ・アンが出張っているわけではない。警備の人間がいるし、周囲の冒険者が善意で止めることもある。ほとんどの場合は、何事もなくすむ。


「は、はい。おっしゃるとおり、その場に居合わせたファーンさんが説得しようとしているんですが、収まりがつきそうもなくて……! あのままじゃ、暴れる冒険者に怪我をさせられるかもしれません!」

「わかった。向かおう」


 欠片も興味を示さなかった先ほどとは打って変わって即応したイーズ・アンが立ち上がる。

 だが任せられた仕事に対して責任があるのか、それとも信仰による行動原理ゆえか、ちらりとキマに視線を向ける。


「所要ができた。しばし待て」

「い、イーズ・アン様。よろしければ、こちらの方の受け付けは私が代わりにこなします」

「そうか」


 普通の人間ならば、まだ十代前半の彼女に仕事を任せることなどしない。だがイーズ・アンは年齢や経験、身分で人を判断しない。彼女の判断基準は、信仰心の一点に絞られる。

 タータは信仰に厚く、幼いながらもいくつかの秘蹟を扱える少女だ。イーズ・アンの基準では、特に疑う要素はない人物である。


「汝の信仰をまっとうせよ」

「はい!」


 あっさりとこの場をタータに任せ、イーズ・アンは立ち去った。彼女は信仰で人を見ているので、個人の職務適性など考えていない。子供だろうと真摯な信仰があれば万事問題なしと考えているのだ。

 絶対的な権威者が立ち去った面談室で二人きりになった記者さんとタータは、無言で頷き合う。

 思いのほかうまくいった。この状況をつくり出すための発案者が『先輩って、あれで意外と同僚思いだからうまくいくよ』と太鼓判を押されたものの、『聖女』にそんな人の心は残っていないと思って失敗の可能性を高めに考慮していたキマにとってはいささか肩透かしの展開だ。

 キマはタータに視線を向ける。まだ十三歳の彼女は、こくりと頷いた。

 タータが検閲することもなく、机の上にあった判を押す。彼女は最初から共犯である。ぐっじょぶと親指を上げた。


「第二段階、クリアね。びっくりするくらい簡単に言ったわ。さすがファーンさんの発案。あとはタータちゃんに任せた!」

「うぅ……! 我らが主よ、こ、こんな汚い不正に手を染めるわたしを、お許しください……!」

「気にしない気にしない。このくらい汚いうちには入らないもの。奴隷少女ちゃんのためなんだから、ね?」

「そ、それは……聞いていますけど……! あの方には、ファーンさんによくしていただくきっかけを作っていただきましたけどもぉ……! だから、これくらいは、します、けどぉ!」


 社会の荒波にもまれてグレーな橋を渡ることに慣れきっている気楽なキマと違って、修道院という清廉潔白な場所で育った純真培養のタータは、不正行為に踏み込んでいる行為に涙目だ。

 だがいまさら引き返せない。タータが了承印の押された書籍をぎゅっと胸に抱き、司教の元へと届ける。


「司教さま。こちらなのですが」

「例の雑誌の件か……ん? 教会の認可印など、誰が許可を出し――」

「イーズ・アン様の担当部屋の許可印の入った書籍です。検閲済みなのでお届けに上がりました。ご確認くださいますと助かります」

「わかった速やかに発行せよ私はそれ以上は感知しないぞ絶対に絶対にだ」


 あり得ないほどスムーズにゴーサインが出た。『聖女』という立場への信用以上に、イーズ・アンに関わりたくないと、司祭の顔にまざまざと顔に書いてある。

 なにせ彼は、かつてこの都市にイーズ・アンが赴任した直後、出会い頭に彼女から浄化の光を放たれたというトラウマ持ちだ。しかも半端に効いたせいで、彼の頭髪だけがきれいに滅せられたという話は神殿内部では非常に有名である。

 イーズ・アンの浄化の光が作用したとはいえ、滅せられたのが命にも痛覚にも影響しない場所だったので『へえ……意外と信仰には真摯な人だったんだ』と微妙に評価は上がったのだが、本人の恐怖と恨みは推して知るべしである。

 教会上層部の認可も得た。これで第三段階クリアだ。

 後は発行するだけで、そこからの販路はまた別人任せだ。タータは経緯を報告するために、ファーンと合流する。


「ふぁ、ファーンさぁん!」

「タータちゃん! やってくれたんだね!」

「や、やってしまいました……偉大な我らが主よ、タータは、タータは悪い子ですぅ……!」

「大丈夫大丈夫、神さまは人の罪もまるっと受け入れてくれるから! それに嘘は吐いてないしね? この行いは虚飾じゃないから平気だよ!」

「ファーンさんのそういう適当なところは見習えません……! 我らが主は、我らが主はですねぇ!」

「うんうん、わかったわかった。今日は私がぱーっとおごるから、ストレスはそこで発散しようっか?」

「俗です……タータは俗世に染まっていましました……」

「そう悪いもんじゃないよ、俗世だって。ほら、神殿以外で友達だってできたんでしょう?」

「そうですけどぉ! リンリーとは仲良くなりましたけどぉ!!」


 罪悪感で懺悔をしたタータの背をファーンが押す。

 俗世は堕落の道かもしれない。けれども少女が世間を知るのは必要なことだ。

 神殿にいる奴隷少女ちゃんの味方の助力を得て、また一つ、レンの計画が前へと進んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る