弓使い先輩の全肯定・後編
「自分を知ったと思っていても、新たな段階に立てば視点も変わるもの!!!!! いつもの憩い場所だからこそ、見栄を捨てきれない時もあるの!!!! そういう時にこそ、奴隷少女ちゃんに弱音を吐くといいのよ!!!!!」
広々と響くハスキーボイス。
意外なほどの元気の良さに驚いたのは一瞬だ。
レンから聞きかじっていたこともあり、ディックはすぐに『全肯定奴隷少女』というコンセプトを理解した。
「へえ。面白い商売してんな、嬢ちゃん」
「おほめにあずかり光栄なの!!!!! でも奴隷少女ちゃんのことはいいの!よ!!!!! 意外と短い十分間!!!!! あなたのことをいっぱい話したほうが楽しいの!!!!!」
「俺のこと、ね」
元気のいい受け答えで、愚痴や悩みを受け付けようという商売。こんな世の中だ。需要があるのもよくわかる。
しかし、酒場で商売女を相手に管を撒くのとはわけが違う。
酒も入っていない素面の状態で、しかも野外の公園である。年下の少女に情けなさを明かすシチュエーションではない。
「遠慮なんて無用なの!!!! 最初にためらったということは、あなたに自制心がある証拠!!!! なにかをする前に『もしも』を考えられる人は、自分で思っている以上にちゃんとした人なのよ!!!!!
「そうか……へへ。そうかもな」
いい大人が、と躊躇していた気持ちも、彼女の声に押し流される。
「俺は、そうだな。田舎坊主だった時から冒険者になりにこの都市に来て、もう十年も経つのか。あっという間だな」
「十年も一つの職をやり続けるなんて、あなたはすごい人なの!!!! 過去の時間があっという間だって感じられるのは、それほどあなたが頑張っていた証拠なのよ!!!!!」
「おう、ありがとよっ」
美少女に笑顔を向けられ肯定されるのは、なるほど気持ちがいいものだ。レンのやつがどハマりするのもわかる、と納得する。
「いろいろあった十年だったぜ。失敗も成功もして……まあ失敗の方が多かったような気がするが、なんとか人生の道筋は立ったよな。不思議なもんだ」
「不思議なことはないのよ!!!!! いま見える将来に続く道は、あなたが踏みしめ続けた土台があるからこそなの!!!!!! 成功に驕らず、失敗も糧にした人だけが見れる光景を見ているあなたは、きっと沢山の冒険者の模範になっているはずなの!!!!!!」
「ははっ、模範は言い過ぎだろ。素行がよくはねえからな、俺は」
「そんなことないのよ!!!!!! 素行が悪い奴だったら、奴隷少女ちゃんはすぐさまボッコボコにしてやってるの!!!!!」
「おおう、こえーこえー」
ぶん、と看板を振るったスイングに、肩をすくめて戯ける。意外にも、看板の振りが鋭かったあたり、あながち冗談でもないかもしれない、と頭の片隅で可能性を置いておく。
「いままで十年、先だけを、見てれば進めたんだ」
十年だ。
田舎から上都してきて、十年も冒険者を続けられる人間は多くない。ディックは成功者の部類だ。
「なのに俺は……後輩に、嫉妬してるんだよ」
「なるほど、そういうこともあるのね!!!!! でもそれは、あなたが昔より上のステージに立った証拠でもあるの!!!!!! いままでどんな失敗だって糧にしてきたあなたなら、後輩の成長すら自分にとって有意義なものにできるのよ!!!!! 目を閉ざさないことが肝要なの!!!!!!」
「……はっ。わかんねぇんだよ、この胸くそ悪ぃ感情の対処の仕方が」
ああ、と心中で唸る。
一度認めてしまえば止められなかった。
「失敗ならいいけどよ、俺は、失敗なんてしてねえんだ」
ディックは失敗などしていない。独立したパーティーだって、理想通りとは言わないが、きっちり運営できている。いまの時点だって、十分成功しているのだ。
ただ単純に、それ以上がいるだけで。
「そいつは、すげぇ才能があるってわけじゃねえんだ。ただ、人と知り合える力が、俺となんかとは比べものにならねえ。信じられねえかもしんねえから与太話で聞き流してくれればいいんだが……『勇者』や『聖女』とも縁があるんだ。冒険者になって、せいぜい一年ちょっとのやつがだぜ?」
よっぽど荒唐無稽だったからか、今までテンポよく肯定していた少女の声が止まり、綺麗な笑顔がピクリと引き攣った。
「妬みだよ、嫉みだよ。あいつのことをかわいい後輩だなんだって取り繕ったって、下に見てたんだろうな。俺にないものを持ってる奴が駆け上がるのを直視できねえとか、くっだらねえな、俺は。どんだけ小せえんだよ」
他人の成長を喜べない狭量さ。自分の現状を棚に上げるみっともなさ。なんてくだらない感情だろうか。自覚するだに、自己嫌悪に陥る。
ディックも若い頃は――いや、いまだって、酒場で「若い奴らがよぉ」と管を撒く中年冒険者を見るにつけ、あんな格好悪い年の取り方をしてたまると侮蔑していた。ただ漫然と日々を過ごして、変化を嫌う怠け者を嫌悪していた。自分たちは絶対に、そんな奴らの若い頃よりも優れているに決まっていると確信していた。
だが、どうだ。
いつの日か彼らを侮蔑していた自分の視線が、いまの自分に突き刺さる。
「俺ぁ、いつの間にこんな情けなくなっちまったんだろうな」
「大丈夫なの!!!!!」
自分でも吐き出し方がわからない汚泥のような感情を、奴隷少女が無責任とも思える程の明るさで肯定する。
「後輩の成長がなんだって言うの!!!!! そいつの成果がどんなに優れていたって、あなたの功績が減るわけじゃないの!!!!!!」
「……わかってんだよ。でも、それでもっ、比べちまうんだよ! 俺は、俺自身がみすぼらしく見えてたまんねぇんだ!!」
「そういう時は、成果じゃなくて人を見るの!!!!!! あなたの言う『後輩』のことを、目をかっぽじってよく見てみるといいの!!!!!」
上っ面のよくある言葉では、胸にこびりついた感情は剥がれない。
勢いだけでは消えない負の心を狙って、奴隷少女ちゃんはピンポイントでハスキーボイスを響かせる。
「いくら表向きが良さげに見えたって、どーせそいつだって人間なの!!!!! 完璧な人間なんて、世界に一人だっていやしないの!!!!!! 優秀なパーティーメンバーの集めかただって、真っ当かどうか怪しいものなのよ!!!!!!!たまたま偶然で女の子をたらしていって、ぎりぎりまだ背中から刺されていないだけなの!!!!!!!!!!」
「お、おう……いや、まあ、それは俺もちょっと思ってるけど……」
「なのよね!!!!! まったくもってその通りなのよ!!!!!!」
具体的には、あれだけアピールされてパーティーも一緒に組んでおきながらいまなおくっついていないらしいレンとミュリナの関係性の危うさである。側から見てると、「いつかこいつ、ミュリナに刺されるのでは……? パーティーに別の女子入れてる場合か?」と思わずにいられないのだ。
今日一の全肯定を鳴らした奴隷少女ちゃんが、さらにテンションをぶち上げる。
「なにより、あなたが彼の先輩だってことは、いつまで経ってもかわらないの!!!!! 先輩として後輩のおしめをとった相手は、相手がどれだけ成長したって優位をとれるのよ!!!!!」
「おしめって……」
「いまのそいつがいくら立派に見えたって、あなたはそいつの情けない時代を知っているの!!!!!! 弱々しく卑屈になるくらいだったら、図々しく先輩風を吹かせてやればいいのよ!!!!!」
「い、いや、でもよ……俺は、そんなことはしたくねえんだ」
「いいのよ!!!!!! 難しく考える必要なんてないの!!!!!! なんだかんだ生意気に言い返せば『こいつ冒険者に成り立ての時、魔物にびびって荷物まき散らしてたんだぜ』ってからかってやればいちころなの!!!!!!」
「ぶふっ。お、おいおい……」
偶然の一致だろうが、まるでレンのことを知っているかのような口ぶりに噴き出してしまう。
最初の冒険の時に、レンは魔物の出現に驚いて荷物をまき散らす子供だった。
そこから、本当に立派になったものだ。
「ま、まあよ? 確かに奴の失敗談なら山ほど知ってるぜ? でもなぁ。それを逆手にとって偉ぶるような情けない奴になりたくないって俺は言ってるんだよ」
「へえ!!!?!?!?! 情けない奴になりたくないっていうけど、いまのあなたが情けなくないの!!!?!?!?!?」
はっと瞠目する。
「その後輩だって、どう感じるのよ!!!!!! あなたという先輩が縮こまって、居心地悪そうにしているのを見て喜ぶようなやつなの!!!?!?!!? 違うはずなの!!!!!! だから、いまみたいな逃げ腰でいるよりか、偉ぶって先輩面してやるほうが、ずっと、ずぅっといいの!!!!!!!!!!」
自分が自分がというばかりで、レンがディックにどんな先輩でいて欲しいのかという点に思考が向いていなかった。
「……はっ。そうだな」
卑屈になられるよりかは、まだ尊大でいてもらった方がいい。
まさしく、その通りかもしれない。ギラギラと野心にあふれた人間ならば別だろうが、レンは目上の人間を押しのけて成り上がっていくタイプでもない。
卑屈でも尊大でも、どっちにしろ情けないことには変わりない。それでも、寂しさを感じさせるぐらいならば、反骨心を煽るくらいに偉ぶっていたほうがいい時もある。
少なくとも、ジークのような優しい人格者な人間などではないのだ、自分は。
「ありがとよ。嬢ちゃんの、言う通りだ」
「そうなのよ!!!! 先輩なんだから、堂々としているのが一番なの!!!!!!!」
まだ、時間は少しある。
けれども気分は晴れた。十分に満たないが、ディックはさらに一万リンを差し出した。
「チップだ。とっといてくれ」
無言のまま、くるりと看板が振り返る。『全否定奴隷少女:回数・時間・無制限無料』の文言を見れば、余計なチップは受け取らないという意思表明は明確だ。
「おいおい、カッコ付けさせてくれよ。いらなかったら、あんたからどっかの募金箱にでも突っ込んでおいてくれ」
ディックは、ニヤッと笑う。
自分がレンの先輩である以上、後輩に言った言葉を曲げるわけにはいかないのだ。
「金を惜しんじゃ、男が廃るんだ」
言葉通り、なにひとつ惜しむ態度を見せない清々しい足取りで、ディックは公園広場を立ち去った。
次の日、ディックは神殿でレンを見かけた。
パーティーメンバーの少女たちとは別行動しているようだ。ミュリナの姿もない。
一瞬、ためらいが浮かんだ。馴染みとなってしまった黒い感情が、足を鈍らせる。
だが、昨日の奴隷少女の言葉が胸に蘇る。
ディックは自分の感情を振り切って、足を踏み出す。
「おうっ、レン!」
後ろから、ぶつかる勢いで肩を組んだ。
「うわっ、とぉ! ディックさん!?」
「おお、そうだぜ」
いざ踏み出してしまえば、不思議なほどに安心感があった。
奴隷少女ちゃんの言葉は正しかった。
こうしてやればいいのだ。たとえレンが自分を追い抜かしても。あっという間に先に行ってしまっても。
ディックがレンの先輩であることに、変わりはない。
「お前と話すのが、なんか久しぶりな気がすんだよなぁ」
「なんでですか。昨日、会ったばっかじゃないですか」
「おおい、先輩に反論してんじゃねーよ」
「うわっ、なんですかその理不尽」
奴隷少女ちゃんの言葉は、ディックに彼らしさを取り戻させていた。
後輩が偉くなれば、図々しくたかってやればいいのだ。レンはからかいに言い返せるやつだ。必要以上にディックの言葉を真に受けることもない図太さがある。
だから恩に着せて、ヘタレだった時のことをからかってやればいい。昔に飯をおごってやった。失敗をフォローしてやった。そんな思い出話がたんまりあるのだ。
後輩が先に進もうとも、自分が後ろに下がったわけではない。自分だって、捨てたものじゃない。
嫉妬して距離を取り、自分の情けなさ必死に隠そうとするよりは、ずっといい。
しっかりと、そう思えた。
「お前さぁ。最近、なーんかやってんだろ」
「げっ。なんで知ってんですか、ディックさんが」
「『げっ』じゃねーんだよ。俺にも手伝わせろよ。人数は多いほうがいいだろ?」
「そりゃ、そうですけど……」
「おーし、じゃあ決定だな! きれーなねーちゃんがいるとこで、話を聞かせてもらうぜ。ほれ、これから一緒に夜の店に繰り出そうぜ、レン!」
「それは! 絶対に! お断りです!」
「でーじょぶだっての。ほら、ミュリナはいねーだろ? せっかくだからおねーさんがたに、背中を刺されないための方法を聞いておけって」
「刺されませんよ!? なんの話ですか!? ミュリナやイチキちゃんがそんなことするわけないじゃないですか!」
「そーいうとこなんだよなぁ……てか誰だよ、イチキちゃんって。いざという時に俺でも庇えなくなるぞ、てめー」
神殿の共用場所で絡んでいる二人は、誰が見ても先輩後輩の関係だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます