新妹の全肯定・前編



「紹介してもらったからには、きちんと全力で肯定して見せるの!!!!!!! お客さんの幸せが第一!!!! それが奴隷少女ちゃんのお仕事なのよ!!!!!!!!」


 滑舌よく耳に気持ちのいい声が吹き抜ける。これこそが奴隷少女ちゃん。声量ですべてを解決するストロングスタイル。印象とは、まず表情と発声で決まる。ボイスパワーこそが説得力。説得力こそボイスパワーなのだ。

 どうだ、とタータは得意げな顔をリンリーに得意げな視線を向ける。

 奴隷少女ちゃんほどインパクトのある存在などそうそうお目に掛かれなければ耳にもしない。退屈だなんて絶対に言わせない自信があった。

 リンリーはうるうるとした目で「なんでこんなひどいとこ連れてきたの?」と無言かつ切実に訴えていた。

 人間の『格』が霊視で見えるリンリーにとってみれば、奴隷少女ちゃんは目を合わせることすら憚られる絶対強者だ。なにせ存在が大きすぎる。格でいえば、あのイーズ・アンすら及びつかないのだ。

 心理的にも物理的にも、軽々しく前に立てる相手ではない。なにより実姉で師匠であるイチキの許可なく対面していいかすら不明だという事実が、きりきりとリンリーのリトルハートを締め付ける。

 だが複雑怪奇な家庭の事情なんてもちろん知らないタータには、リンリーの涙目の意味などさっぱり理解できない。緊張してるのかな、頑張れリンリー! と、ぎゅっと拳を握って心の中でエールを送る。

 タータの心にあるのは、美しい善なる心だけだ。友情から発せられる輝かしい善意に照らされて、どっちかといえば悪属性に心が寄っているリンリーの目からハイライトが消えた。


「れ、れんおにーちゃぁん……」


 メンタルが追い詰められたリンリーは、心の安寧を求めるばかりに、とうとうこの場にいない安全地帯レンを求め始める。迷子の幼児が泣きながら「ままー」と恋し求めるあれだ。

 蚊の鳴くような声は、残念ながらレンにテレパシーされることもなく、順当に一番近くにいた奴隷少女ちゃんの耳に拾われた。


「ここに来たからにはなにか悩みがあるのね!!!!!! なんでも打ち明けるといいの!!!!!!! 少なくともどっかのたらし野郎よりはずっと力になれるのよ!!!!!!!!!」

「ひぃぁッ」


 意識をよそに逸らしてところを大声に当てられ、リンリーの喉から小さな悲鳴が上がった。

 自分の不作法を自覚し、あからさまにしまったという顔をして、両手で口を押さえる。ここまであからさまにビクビクされて嬉しい人間など、そうはいないという態度である。

 そんなリンリーにだって、奴隷少女ちゃんの営業スマイルは崩れない。


「怖がることはないのよ!!!! 奴隷少女ちゃんは、あなたにひどいことなんてしないの!!!!!!! 理不尽な全否定は奴隷少女ちゃんの趣旨に反するから安心していいのよ!!!!! あれはお客さん未満の生命体にのみ行使する必殺技の一種なの!!!!!」


 悲しいかな、自分がそのお客さん未満に当てはまらないという自信が、リンリーにはなかった。

 諦め悪く視線を泳がせまくっていたリンリーも、やがて観念した。全肯定が始まったからには逃れる術はない。恐る恐る手を下げて、上目遣いで薄っぺらい笑みを浮かべる。


「え、えへへ……いえ、その……なやみ、なんて、め、滅相もありません……」


 初っぱなから卑屈方面に媚び媚びだった。

 ぎゅっと腕を寄せ身を小さくして、わざとらしいほどの上目遣いでちらちらと相手の機嫌をうかがい、媚びた薄笑いを口元に張り付け続ける。

 はたで見ていたタータはリンリーの態度に怪訝な表情を浮かべる。

 まず、彼女が敬語だという時点でおかしい。相手が年上だから敬語で当然というのは大間違い。リンリーは基本的に相手が誰でもなめてかかる。年上だろうが構わず、それこそ大人相手だってタメ口だ。

 そんな生意気の権化ともいうべきリンリーが、ぼそぼそとした口調で殊勝な態度を取り繕う。


「あたしは、いま、とってもシアワセです。普段の生活で、文句なんて、思い浮かんだことすら、いっぺんもない、です」


 聞いていた話と違う。

 さっきまでタータと遊んでいた時はことあるごとに、リンリーはぶつくさと不満を言っていた。修行がつらい日々が窮屈パーティーメンバーは雑魚ばかりレンおにーちゃんはもっと自分のために動くべきと言いたい放題の王女様だったのだ。

 だからタータは日々の鬱屈を吐き出せる奴隷少女ちゃんのもとにリンリーを連れてきた。なにもインパクト一点で選んだわけではなく、きちんとリンリーには奴隷少女ちゃんが効くと判断していたのだ。

 だというのに、いまの彼女は完全に借りてきた猫である。


「あたしの周りは、ステキな人しかいない、ステキなところです。特にいま住んでるおウチなんて、昔は考えもしなかったような……ほんとに、想像もしてなかった……あ! 違うんですっ。え、えと、とにかくすごいおウチにいさせていただいて、リンリーはとってもシアワセな女の子、です! えへ、えへへへ……」


 つらつらといかに自分が幸せなのかを中身空っぽのセリフで述べた上、最後には相手の機嫌をうかがう媚びた笑顔まで貼り付けてへりくだっている。言葉の真偽を怪しむなというほうが無理な有様である。

 もちろん奴隷少女ちゃんに、そんな薄っぺらい媚びが通じるはずもない。


「嘘はいけないのよ!!!! 不満はため込んでも解決することはないの!!!!! ここでは身近な人への文句や不満をぶちまけていくといいの!!!!」

「そ、そんな……!」


 リンリーが真っ青になる。閻魔の審判に引きずり出されてもここまで血の気が引かないだろという顔でのうろたえぶりだ。


「う、嘘なんかじゃ、ないです! 文句なんて……あ、スノウ! そう、です! スノウがあたしの名前、ぜんぜん覚える気がないのが! すごく、嫌な感じです!」

「なるほど!!!! 気持ちはとってもよくわかるの!!!! すごくどうしようもないのよね!!!!!」

「で、ですよね! え、えヘヘ……!」


 同意をもらえたのがチャンスとばかりに、やたらと卑屈に取り入る笑いで追従する。同じあざとい笑顔でも、いまのリンリーに奴隷少女ちゃんの営業スマイルのようなさわやかさは皆無だ。いつものリンリーにある自分のかわいさを自覚したぶりっ子全開の媚びですらない。横から見ているタータからして、自尊心を全力で投げ出しているのが伝わるすごく情けない感じの媚びである。


「一緒に住んでいる人に気遣いないのはよくないことなの!!!!!! 生まれながら体質があるとはいえ、周囲に理解を求めないのはよくないの!!!!!! 人に尽くしているフリして全力で自分勝手な奴には、こちらからもびしっと言ってやるのよ!!!!!!!!!」

「あ、ありがとうございます! 光栄で、とっても助かりますっ」


 乗り切った。

 勢いよく頭を下げてお辞儀をした彼女の幼い顔には、でかでかといまの気持ちが書かれていた。

 けれども時間は、まだ二分ちょっとしか経過していない。


「それだけじゃないのよね!!!!!」

「え」

「まだまだ時間はあるのよ!!!!!! せっかくお友達に払ってもらった千リン!!!! 時間いっぱい、有効に使うといいの!!!!!!!!!」

「いえ、そんな。あたし、もう胸が、いっぱいで……」

「奴隷少女ちゃんは、十分間の全肯定をするの!!!!!! 続けて相談して胸のつかえを取るといいのよ!!!!!!!」

「う、あ……うわぁあ……」


 リンリーの口元がわななく。左右に首を振る。しかし、ここはイチキの結界によって守られた奴隷少女ちゃんの領分だ。

 改めて助けも逃げ場がないこと自覚して、視線を俯ける。うるっと涙腺から目尻へと涙がこぼれそうになる。なんでこんなことにタータのバカバカと思考が駆け巡る。

 だが、それでもやっぱり、奴隷少女ちゃんの言う通り、どうしても言いたいことは、あるのだ。

 ぎゅっと裾を握って顔を上げたリンリーは、意を決して口を開く。


「そ、尊師の、ことです」


 まだ幼いリンリーが言葉にしたのは、実姉にして尊敬すべき師匠。

 イチキのことだった。

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