加入の全肯定・後編


 迷宮の一画で、周囲の魔物が落下死した。

 そこは完全な平地だ。地面に穴などない。彼らは平地で成すすべなく落下して死んだのだ。はたから見たら、なにやらジタバタしてひっくり返った十数秒後に勝手に潰れたとしか思えない死に方である。

 それを成したのは、黒髪の異国装束の少女だった。


「……」

「……」


 平地での墜落死という不思議すぎる現象を前にして、レンとミュリナは言葉を失っていた。

 いまの戦闘ともいえない戦闘の間、二人は揃って何もすることがなかった。なにせ落下している魔物はろくに身動きすら取れずに数十秒後に潰れて死ぬのだ。援護の必要がない。

 そして死んだ魔物の素材すら、ぱぱっと解体されイチキが収納してくれる。魔法で距離を作れる彼女にとって、荷物がいくらあろうが負担にならない。


「あの、イチキちゃん」

「は、なんでございましょうか」


 レンの声に振り返ったイチキは上機嫌だ。

 今日一番の重大事項。レンとのファーストコンタクトをミュリナに悟られないようにするという難題を突破したことにより、彼女の笑顔はいつも以上に華やかだった。

 そんなイチキに、レンは恐る恐る尋ねる。


「いま、なにしたの?」

「足元に距離を構築して、落としただけでございます」


 それってもはや無敵なのではないだろうか。

 レンからすると、距離を作るという時点で概念的すぎてよくわからない。


「す、すごいね。それって、もう敵なしというか、防ぐ手段とかあるの……?」

「はい。普通に空を飛べるものもおりますし、呪を纏う魔物など単純物理の衝撃が通用しない相手もおります。そもそも距離を作るといってもしょせんは魔術の一種ですので、人間相手ならば対抗手段を練られれば無用の長物になります」

「いや、それでも即応できる魔術なんて、限られてるわよ……。それにイチキ、距離の構築量が半端じゃないでしょ」


 もはやイチキ一人でいいのでは? 当然といえば当然の疑念が思い浮かび、自らの存在価値が脅かされている状態だ。

 それでいて、イチキは二人を立てるスタンスを崩さない。


「ありがとうございます。お二人がいらっしゃるからこそ、わたくしもいつも以上に安心して術に集中することができます」

「そ、そうかな……?」

「もちろんでございます!」


 イチキは笑顔で断言するが、たぶん自分たちが居なくても結果は変わらなかっただろう。それくらいはレンにもわかる。

 イチキの謙遜に、ミュリナは深々と息を吐いてレンの肩に手を置く。


「レン」

「なに、ミュリナ」

「あたしがあの子を誘っておいてこんなことを言うのはなんだけど……イチキに頼り過ぎたら、冒険者としてダメになるわよ」

「ですよねー」


 なにせ後ろに歩いて付いて歩くだけですべておしまいである。任せ切りにすれば、遠からず堕落するのは目に見えていた。


「あたし、自分ができる人間だと思ってけど、イチキに比べればねぇ……」

「いやいや。ミュリナでそれだったら、俺とかただの役立たずじゃん」


 自分の力不足は知っていたが、いざ巨大な隔たりを目にすると、あまりの差に会話が自虐的になっていく。

 それでいてイチキは都度都度褒めちぎってくれるものだから、何かをした気になってしまう。現状で一番楽で一番効率がよいのがイチキに丸投げしてしまうことであって、いまだけを考えるとそれで何の問題もないというのが恐ろしい。


「ここまで差があると……イチキには、いざという時の援護に徹してもらうのがいいかもしれないわね」

「だな」


 幸いなことに新しくパーティーメンバーを集める時間はある。

 それこそ、この都市に来たばかりのレンのような人間であれば、冒険者歴一年を超えたばかりのレンがリーダーをやっているパーティーでも喜んで加入するだろう。そもそも、今のところレン以外のメンバーは年齢からは信じられないほど強いのだ。


「イチキちゃんも、それでいいかな」

「もちろんでございます。ふふ。楽な方に流れないという意思、ご立派でございます」


 短い会話の中でも、褒め言葉を入れてくる。明らかに格上ながら嫌みをまったく感じさせないイチキの態度には奴隷少女ちゃんの全肯定とは違う、くすぐったい嬉しさが湧いてくる。


「あのさ、レン」

「なに?」


 振り返ると、じとーっとした目を向けていた。


「なんか、やけにイチキへの態度がさ。なれなれしくない?」

「いや、そんなことないと思うけど」

「そぉーかなぁ?」


 たじろぎながらも否定するレンに、ミュリナは目を細める。


「最初っからちゃん付けだし、敬語じゃないし。あたしの時とさ、距離感が違くない? なんかイチキもすごく機嫌がいいし……」

「いや、ミュリナの時ってミュリナが俺に敬語で接しろって言ったんだからな?」


 いまでも覚えている。パーティーの同い年くらいの子がいるとフランクに接しようとしたレンに、人付き合いが険しいモードだったミュリナは冷たく「先輩には敬語で話しなさいよ、新人」と告げた。けっこう怖かったのだ、あれ。


「ま、そうなんだけどさ」


 さすがに自分の言動が原因だった指摘されればその通りなので、やや後ろめたそうにしつつも、乙女心は納得しない。

 驚きのめんどくささを発揮したミュリナは、口元をひん曲げて一言。


「でも、なんか悔しい」


 べー、と舌を出し、レンの横からイチキの傍に移動した。


「えぇ……」


 ミュリナの言動に振り回されてはいまいち納得しきれない、まだまだ未熟なレンだった。



 ***



 顔合わせも兼ねた迷宮の探索を終えた帰り。


「わたくしがサポートに回るといたしましても、少しバランスが悪い上に人数が足りませんね」

「そうねぇ。レンがお話にならない……とはいわないけど、雑魚だしね」

「事実だけど傷つくからやめて。いや、マジで」

「いえいえ。レン様も戦い始めて一年にも満たないとは思えぬほどのお手前でございました!」


 迷宮の中では三人がそれぞれ魔物と戦って、互いの戦力を把握した。

 やはりイチキが飛び抜けて強く、ミュリナも一流の域にある。レンがぶっちぎりの最下位であり、バランスが悪いパーティーになりそうなのは否めない。

 本格始動予定の春に向けての展望を話しながら、教会から外に出る。


「どうしよっか。まだ時間もあるし、どっかでご飯でも食べる?」


 通りに出て、日が暮れ切っていないのを確認したミュリナが提案した時だった。


「あー! 見ーつけた!」


 少女の声が響いた。

 大きな声に顔を向けると、明らかにレンを指さしていた。

 よく言えば無邪気な、悪く言えばこまっしゃくれた感じのする笑顔を浮かべた少女だ。十代前半の面持ちは幼いが、将来美女になるに違いないと確信できる。

 そんな少女が、パタパタと駆け寄ってきた。


「おにーさんだよ。うん。間違いなく、よわよわ! やっぱりあたしの占いは百発百中! あたしの勝ち!」


 見知らぬ少女は、遠慮なくレンの腕を掴んで得意満面ではしゃいでいる。

 子供とはいえ女の子に懐かれているレンを見て、ミュリナが半眼になった。


「レン……どこで知り合った子か知らないけど、その年の子をたぶらかしたら犯罪よ?」

「なにが!? 人聞きが悪すぎるんだけど!」


 身に覚えがなさすぎる容疑に、慌てて腕を振りほどく。子供は嫌いではないし、レンは世話好きなほうだが、見覚えのない子に懐かれるいわれはない。


「君、誰――ていうか、あれ?」


 少女の服装が、イチキとよく似ていることに気が付いた。色合いこそ違うが、間違いなく同じ系統の民族衣装だ。度重なるレンへの疑惑のあまり気が付くのが遅れたミュリナもイチキに視線を向ける。


「もしかしてこの子、イチキの知り合い? 親戚とか?」

「いえ、わたくしの知り合いではございませんが、もしやここ最近のは――」


 なにか言葉を続けようとしたイチキの顔が強張った。

 リンリーと名乗った少女に続いて、一人の女性があらわれたのだ。

 その女性の名前を、イチキは知っていた。


「オユン、さま……?」

「久しいな、愚妹よ」

「そーいうこと。はじめまして、イチキ小姉」


 愕然とするイチキを見て、少女もレンから離れる。

 オユンの傍に立った少女は、くるりとわざとらしいくらいの仕草でターンをしてレンたちに向き直る。


「あなたの妹のリンリーだよ」


 リンリーが笑みを向けた先には、青ざめて口元を震わせるイチキがいた。

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