新パーティーの全肯定

 まだ始動は先のことだが仮のメンバーは決まった。

 ミュリナの勧誘が成功した翌日。探索が終わった後に、パーティーに誘ってくれたディックへ断りと謝罪をすませたレンは、次にリーダーへと報告していた。


「そうか。お前もパーティーを作るのか」


 この都市に来てから世話になっている人である。話は早い方がいいとレンがミュリナと一緒に新パーティー結成することを報告すると、秘蹟使いのリーダーはしみじみと頷いた。


「ディックの奴はともかく、まさかお前までとはなぁ」

「はい。あ、結構、衝動的に決めたところもあるんですけど……」

「ははっ、それでいいんだよ。計画性も大事だが、やるって決めてやり出すのはもっと大事だからな」


 年長者にして自分の先達だ。この一年世話になった彼を前にいまさらになって不安そうにするレンを笑って後押しをする。


「けど、そうだな。ここまでお前らの予定が早く決まったなら、少し俺のほうは冒険の頻度を減らすか」

「え? どういうことですか?」

「いや、お前とディックがそれぞれ新しいパーティーを組むだろう? それならいままで通りのパーティーを続けながら、お前らが新しいパーティーのならしをできる時間も作ろうと思ってな」


 パーティー解散までに生活費の稼ぎとなる従来通りの探索をしつつ、レンたちはレンたちでパーティーを組んで慣らしていく期間を作ってくれるということだ。


「ま、なんにせよ俺も安心したよ」


 ここまで気を遣ってくれるのかと感動するレンの肩に、ジークはぽんと手を置く。


「レン。ミュリナのこと、任せたからな」


 あ、なんか勘違いされている。

 リーダーが過去にミュリナの後見人をやっていたということを知っているレンは、肩に乗せられた手の力強さに、たらりと冷や汗を流した。

 だがリーダーは、心配ごとが解決したと晴れやかな表情だ。


「いまだから言うけど、実は完全にド新人だったお前をパーティーにいれたのは、ミュリナの同世代が欲しかったっていうところもあったんだよ」

「へ、へえ。そうなんですか」

「ああ。ミュリナは、性格がきついところがあるだろう? 飛び級もしちまったから、同世代と接して少し他人に対する態度がやわらかくなってくれれば、って思ってたんだけど……まさかここまでの関係になるとはな」


 どこまでの関係?

 喉元まで質問が出かかったが、問いかけてはいけない気がひしひしとした。


「あはは、そうですよねー」


 ぐっとこらえたレンは、結局無難に受け流す。先延ばしでしかないが、時間は大事だ。

 なごやかな雰囲気のまま冷や汗を流し続けて報告を終えたレンは、そういえば、とふと思い出す。

 昨夜、イチキから新しい手紙が届いたのだ。

 なんと偶然にも、ミュリナが誘ったのは彼女だったらしい。その旨が手紙につづられていた。

 そして顔をあわせる際には、ミュリナには手紙のやりとりのことは絶対に黙っていてくれと上品ながらも気迫あふれる文面で書かれていたのだ。

 あれはなんでだろうか。事前に顔見知りなのはよいことなのでは、と首を傾げながら神殿を出ようとしたときだ。


「れーんっ」


 弾む声がレンの名前を呼んだ。

 ミュリナだ。神殿の出口で待っていた彼女は、後ろで手を組んで上目遣いでレンを出迎える。ちょっと近めの距離にいるミュリナにドキリとしながらも、レンはなんでもない態度を取り繕う。


「ジークさんへの報告、終わった?」

「うん。おめでとうって言ってくれたよ」

「よかった。じゃ、途中まで一緒に帰りましょ?」


 はたから聞いていると、交際している彼女の実家への挨拶に行った帰りの会話である。

 そこはかとなく外堀が埋められていることには気がつかず、ミュリナと一緒に歩くレンは、今日は奴隷少女ちゃんのところに行くのは止めておくかと考える。

 ミュリナを連れているのはもちろん、前回、うっかり告白してしまったのも理由の一つだ。奴隷少女ちゃんは甘くない。次に会えば絶対に断られるだろう現状、公園広場に行くのがためらわれているのだ。


「ジークさん、本当にいい人だよな」

「いい人なだけじゃないわよ。しっかりと人を見て動かしてくれるのよね。あんたもジークさんみたいなリーダーを目指しなさいよ」

「うぐっ。遠いんだよなぁ」


 並んで歩きながら雑談を交わす。

 そして、別れる時にふと思いついた。


「そうだ、ミュリナ。明後日の休日、できれば挨拶の顔合わせをしたいってこと、イチキちゃんに伝えておいてくれる?」

「うん、わかったわ」


 レンと別れてから、ミュリナはあれ、と足を止めた。

 離れていくレンの背中を見ながら、ぽつりと一言。


「イチキの名前、レンに教えてたっけ」


 記憶を探るが、言ったか言わないか、定かではない。しばらく思い出そうと努力していたが、結局はまあいいかと家へと歩を進めた。







 返事が来ない。

 イチキは窓辺で憂鬱な息を吐いた。

 イチキがレンへと手紙を送ったのは昨夜である。そんなに早く返信がなくても当然なのだが、喉がじりじりと真綿で締め付けられているような感覚がする。まかり間違って、吐血でもしそうなほどである。

 とはいえ、とイチキは自分の心を落ち着ける。

 ミュリナから聞いている限り、新しいパーティーの活動は春からになるはずだ。時間はまだある。誤解を受けない布石はいくらでも打てる。


「そうでございます。まだ焦るような時間では……」

「ただいまー。イチキー。いるー?」

「はーい、おかえりなさいませ。なんでございましょうか」


 帰宅したミュリナの階下からの呼びかけに応答する。

 一緒の家で過ごして数日。イチキとミュリナはすっかり仲よしだ。


「家事はおおよそすませてございます。お夕飯は下ごしらえが済んでおりますので、調理はすぐすみます」

「ありがとう。相変わらず完璧ね。ただ話はちょっと違ってね」


 いつの間にかすっかりと家事炊事をこなしているイチキに感謝をしつつも、用件を告げる。


「この間、新パーティーを作るって話をしたじゃない」

「はい。参加するのが楽しみでございます!」

「よかった! 明後日、顔合わせをしよっかっていうことになったんだけど、イチキの予定は大丈夫?」

「ごふっ」


 何気ない態度で応答していたイチキが急にせき込んだ。

 イチキには珍しい不作法に、ミュリナはきょとんとする。


「ごふ?」

「い、いえ、なんでもございません!」


 自分の口元を袖で抑えたイチキは吐血はしていないことを確認しつつも、とっさに頭を回転させる。

 まずい。レンへの口封じをしっかりとすませていない。だが期日は明後日。手紙では釘を刺すこともままならない。

 急な話ではあるし、用事があると断って引き延ばすのは一つの手だ。

 しかし、これ以上レンの返事を待つのは悪手である。


「ミュリナ。一つ、伝えなくはいけないことがございます」

「なに?」


 ここが肝要だと口火を切ったイチキに対するきょとんとした顔は、まぶしいほどに純粋だ。


「実は解こうと思って、先延ばしにしていた誤解がございまして」

「誤解? なんかあったっけ」

「はい」


 なにも知らないミュリナに力強く頷く。


「前に話した兄に似ている方なのですが」

「ああ、イチキの好きな人ね」

「それが誤解でございます」


 イチキはきっぱりと言い切る。

 口止めは後手に回った。だからこそ、文通の事実が漏れた場合に備えての布石を打つのだ。


「ミュリナが誤解されていたので言い出しづらかったのでございますが、わたくしがその方に感じていたのは親近感と好奇心、そして憧憬に近いものなのでございます。決して、恋愛感情ではございません」


 親近感と好奇心、そして憧憬。

 イチキの主張を聞いて、ミュリナが小首を傾げる。


「それって……もはや半分くらい恋じゃない?」

「まったくもってそのようなことはございません!!」


 姉である奴隷少女ちゃんにも劣らないような勢いで断言する。


「そ、そう。イチキがそういうんならいいんだけど……」


 勢いに呑まれたミュリナは引き下がる。

 だが恋愛において自分の気持ちがよくわからない時期というものはあることをミュリナは体感している。だからこそ友達のため言うべきことは言う。


「でも、相談したくなったら遠慮しないでね?」

「…………しょ、承知いたしました」


 親しい人の善意は拒否できない、根本的なところで育ちのよいイチキであった。

 笑顔で見送りつつも、ミュリナの気配が遠ざかったことを確認したイチキは、大きく息を吐く。

 半分くらい恋じゃないか、というのは、実のところ正しい。

 けれども、しょせんはなりかけの恋だ。


「そもそも、わたくしごときが人の心を望むなど……」


 そっと目を閉じたイチキは、そっと自分の胸に手を当て、息を吐く。

 なんてことはない。

 好きだという気持ちを、実らせなければいいだけの話である。

 あまりにも、簡単なことだ。

 さし当たっての問題を考える。


「こうなっては、姉さまとミュリナ、どちらの味方をするかでございますね」


 どうするべきか。イチキは基本的に姉の味方だが、姉の立場を考えると恋愛ごとは難しい。友達の応援もしたいという気持ちはあるが、かといってミュリナに安易に味方をするのもはばかられる。


「結局はレンさまのお心次第でございますが……およ」


 考えを巡らせていたイチキだったが、不意に、袖から何かを取り出した。

 紙で出来たヒトガタだ。ふわりと浮いた紙人形は、くしゃりと丸まり塵になった。

 その現象に、眉をひそめる。


「これで十三回目になりますね」


 ここ最近、誰かの探知を受けているのだ。

 イチキが家出をしてミュリナのところにいるのも、自分の身辺が探られているからという理由がある。最初は衝動的に拠点を出たが、それ以降自分の居所を探知しようとする術を受けていることに気がついたのだ。

 心当たりは、正直、ありすぎる。そもそもイチキの立場は敵が多いのだ。姉も含めて自分の存在自体を知られないように心がけてはいるが、正体を探ろうという人間は数多い。


「逆探知は……やはり、やめておくのが無難でございましょう」


 相手を突き止めようか呟いてから、静かにかぶりを振った。

 それができるのならばとうにやっている。

 できないからこそ問題なのだ。

 数度の探知を受けて、相手の目的が自分だということを確信したイチキはまかり間違って姉を巻き込まないためにも、拠点を離れることを決めた。あるいは姉の捜索の過程で自分に狙いを定めているのでは、と思ったが、今の段階では憶測の域を出ない。

 なにより、探知方法の意図が掴めない。


「この国で……しかもよりによってこの都市で一神教由来以外の神秘領域を取り扱おうなど、恐ろしゅう行いでございます」


 難しい顔で、呟いた。

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