忠心の全肯定
「じゃあ、俺はそろそろ帰るから」
「あ、ちょっと待って」
ミュリナの勧誘も成功して、話は一段落した。
今日はもういいだろうと立ち上がろうとしたレンをミュリナが引き留める。
「それで、新パーティー組むのはいいけど、メンバーのあてはあるの?」
「……」
レンが無言で視線を逸らした。
言葉はなくとも答えなど知れたも同然だ。ミュリナがにっこり微笑む。
「そっかぁ。レンってば、あたしと二人っきりでダンジョンに入りたかったんだぁ。それならそうと言ってくれればいいのに! もちろんあたしは文句ないわよ! 他の奴らに見せつけてやりましょう!」
「いやっ、違っ。違うんだ! 違うんです! ちょっと待ってくださいお願いします!」
「はいはい。わかってるわよ」
慌てて両手を振るレンに、悪戯っぽく目を細める。
「考えなしで独立しようとか言うからよ。一緒に話し合って問題の解決――は、まあ難しいだろうけど、洗い出しくらいはしましょう」
「ご、ごめん」
「わかればよろしい。ま、実際問題は山積みよね」
特に他のメンバーをどうするべきなのかは慎重に考えなければならない問題だ。
まったくの新人を入れるというのも選択肢としては存在するが、レンとミュリナの二人が新人を育てられるかといえば疑問が残る。かといってベテランを入れたら、レンがリーダーというのが問題になるのだ。
レンは確かに成長したが、ベテラン冒険者が彼をリーダーと仰ぐほどの貫禄はない。経験豊富な人員をまとめ上げるようなことは、おそらくできないのだ。
「知り合いも、進路決まっちゃってるしなぁ」
「そうねぇ……あ、そうだ」
知り合いといえば、とミュリナが手を打った。
「あたし、心あたりになる子を知ってるわ」
「お、ほんとに?」
「ええ。年齢も近いし、性格、実力ともに折り紙付きよ。仲間になってくれれば、これ以上なく心強い子ね。すべての問題はその子が解決してくれる、っていうくらいになんでもできる子よ」
絶対的な自信で、その人物のことを保証する。
「紹介できるけど、どうする」
「助かる!」
「んじゃ、貸し一つね」
「ぐっ」
言葉に詰まりつつも、断るという選択肢はレンには用意されていなかった。
「というわけで、イチキ」
貸し与えられた部屋で、来客前と打って変わって機嫌の良さそうなミュリナを前にしたイチキは背中に冷や汗を流していた。
「一緒にダンジョンに行かない?」
「ダンジョン、でございますか」
「そうなのよ! すぐってわけじゃないんだけど、あたしといま来てた奴でパーティーを組むっていう話になってね。それでイチキもどうかなって思ったの」
「さ、さようでございますか」
笑顔でなされた提案に、イチキは顔を引きつらないように全力でこらえなければならなかった。
実のところ話はミュリナがこの部屋に来る前から一部始終聞いており、事情を説明されるまでもなかったりする。
「あの、残念なのですが……」
意を決して断ろうと口を開けたイチキに、ミュリナが気まずそうな顔をした。
「そ、そうよね。考えてみればイチキってすごく強いし、あたしたちの協力とか、かえって邪魔よね。厚かましかったわ」
「いえ、その、違いますっ。そういうことを言いたかったわけではなく……!」
どういえばいいのか。どうすれば、穏当に断ることができるのか。
慌てながらも断る理由を探す。
「その、ミュリナの懸想されている殿方なのでございましょう? わたくしが入ってしまってもお邪魔かと思いまして」
「それは大丈夫よ。それとこれとは別だもの」
きっぱりと言い切る。恋愛は恋愛、冒険は冒険と言い切るその顔には迷いがなかった。
「イチキと組めたらいろいろ勉強になるし、自分たちの安全っていう点でもぐんと良くなる。なにより友達と一緒だと、あたしが嬉しい。だから、お願い」
「うぐっ」
卑怯だ、と思う。
そんな正面から頼まれたら、断れないではないか。
「……承知いたしました」
こうなってはいたしかたあるまい。イチキは友人のために腹をくくった。
レンへの感情は、もともと恋とも呼べるかどうかも怪しい憧れだ。ミュリナの熱量に及ばない。それどころか、ミュリナに煽られていたから恋だと思っていたという節もある、という点までイチキは自覚していた。つまるところ、舞い上がっていたわけだ。
だから、イチキは笑顔をつくる。
「いくらか条件はございますが、わたくしでよろしければ助力いたします!」
イチキの明るい表情とは裏腹に、胃がきりきりと痛みを発して抗議を上げた。絶対にロクなことにならないから止めろ。本能が肉体を使ってそんなことを訴えていたが、イチキはあえて無視した。
初めての友人なのだ。できる限り、要望には応えたい。
「ありがとうね!」
「いえいえ、微力を尽くしますので、よろしくお願いいたします」
笑顔で手を振り返したイチキは、退出したミュリナの気配が遠ざかっていたのを確認して裾から硯を取り出した。
素早い動作で机に筆道具一式を展開、超高速で墨を硯に磨って筆を浸し、手紙を書き始める。
取り急ぎ、やるべきことは一つだ。
「レン様に、手紙の件は口止めをお願いいたしませんと……!」
彼女には珍しいくらいの焦りでもって、手紙を書き綴った。
まだ人の賑わいが盛況な時間帯。街の通りを、三人の女性が歩いていた。
二人は、浮き世離れをしているかのような服装だ。明らかにこの国とは風俗が違う装いに、外国人かと視線が集まる。
黒髪の、おそらくは姉妹だろう。異国の装束を纏っているのは、三十手前の女性と十歳前後の少女だ。残りのひとりは護衛なのか、目立たない軽装に腰に剣をはいて無表情に歩いている。こちらは明らかにこの国の人物だ。
そんな三人のうち年長の女性が、一番小さな少女に声をかける。
「この街で間違いないのだな、リンリー」
「あたしの卜占で出たものだよ。大姉、疑うの?」
「いいや」
年長の女性がリンリーと呼ばれた少女の頭を撫でる。
「お前は一族の宝だ」
「とーぜん!」
少女がこまっしゃくれた、大イバリで胸を張る。
「でもなんでだろう。この町に来てから、細かいところがみれないんだよね」
「さて、ならばもう少し方位を絞るか。……おい、貴様は先に宿に戻っておれ。妾たちはもう少し探索を続ける」
「そうか」
言葉少なに返答した護衛の女性が立ち去る。愛想もなにもない対応だ。素っ気ない護衛の背中に、リンリーがつんと唇を尖らせる。
「くらーい。じみー。つまんなーい。大姉、なんであの人を連れて来たの?」
「あれで腕は立つのだよ。死にそうになっていたところを拾ってやったからか、それなりに従順で無理も効く。そういう意味では拾いものだったから、連れまわすのに便利なのだよ」
「ふうん。もっと明るくて楽しい人がよかったなぁ」
姉の答えに不満そうにしつつも、リンリーは抱えた荷物から筮竹と呼ばれる細い竹の束を取り出す。
「ねえねえ、大姉。これから会うおねーちゃんって、どんな人なの? 一族のために、この国で地盤を作ってるんでしょう」
「ああ……」
過去を思い出すように、遠くに視線を送る。
その唇に、うっすら冷笑が浮いた。
「そこそこ優秀な奴であったが……お前には劣るよ、リンリーや」
「へへーん。それはそうだよ、大姉。あたしと比べるなんてかわいそうすぎるもん」
「そういうことだ。さ、早く占っておくれや」
「はーい」
占い道具を取り出した少女、リンリーは夢想する。
「どんな人かなぁ、イチキ小姉って。主流から外されているって時点で程度は知れているけど……あたしを楽しませてくれれば、いいなぁ」
じゃらり、と筮竹の束を鳴らすリンリーの口元は、無邪気ながらも残酷な笑みを作っていた。
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