パーティーの全肯定・後編
イチキは混乱していた。
なにせ、彼女にとって家出をした二日目である。レンが自分のもとを訪ねて来るのは青天の霹靂としか言えなかった。
「どうして、レン様がこちらに……?」
まさか、自分に会いに来てくれたのか。しかし、なぜ。そもそもどうして自分のいる場所が分かったのか。手紙のやりとりも、まだろくに重ねられていないのに。
そんな疑問が次々と浮かんだが、イチキの様々な想いは次のレンの言葉ですべて否定された。
「ミュリナに会いに来たんだけど……あれ? ここってミュリナの家で間違いないよね」
「はい?」
思いもしなかった言葉に、一瞬だけ思考が止まる。
「ミュリナと……お知り合いなのでございますか?」
「うん。ミュリナとは、冒険者で同じパーティーをしてるんだ」
ここで察しのよいイチキは、おおよその事情を把握した。
イチキは対人関係において、基本的には相手の事情をくみ取ることに腐心する。自分中心で考えてしまうミュリナとは違い、いつまでも勘違いが続くような子ではないのである。
つまるところ、この時点でイチキは、ミュリナの好きな相手がレンであろうと正解に等しい推測をした。
だからこそ、イチキはここで笑顔を作ることができた。
「なるほど、そうだったのでございますか!」
「イチキちゃんこそ、ミュリナと知り合いなの? 友達とか?」
「はい。実はミュリナとは親しくしております」
「へー。アカデミーの知り合いとか?」
「いえ、そういうわけではございませんけれども、縁がありまして」
むやみやたらとにこやかな笑みを浮かべたイチキは、レンを応接室に案内する。
心は大荒れだが、外面に出したりしない。ここでレンに、あるいはミュリナにいらぬことを気取られたら、いろいろとまずい。特にミュリナに伝わるのは致命的だということを、重々承知していた。
「それではすぐに呼びに参りますので、少々お待ちくださいませ」
表面上はにこやかに笑って、応接室にレンを置いたイチキはいったんひっこんだ。
イチキにお客が待っていると呼ばれたミュリナは、レンと向き合っていた。
イチキとアルテナは気を使って席を外しているから、応接室にいるのは二人だけだ。
二人きりで話すのは久しぶりである。それこそ、レンがミュリナに迫られた時以来だ。
どことなく気まずい空気の中、まず口火を切ったのは、レンだった。
「パーティー、解散しちゃうんだな」
「うん」
「ミュリナは事前に聞いてた?」
「ううん。聞いてなかったわ」
「そっか。ミュリナもなんだ」
「うん。驚いたわ」
「だよな。……解散した後は、どうする?」
「わかんない。まだ決めてないわ」
短い言葉で、ぎこちなく会話が続く。
「俺、ディックさんに誘われた。ジークさんが引退したら新しいパーティーを組むから、来ないかって」
「そっか」
本題になったことを悟ったミュリナは、静かに、長く息を吐く。
そして顔を上げて、笑顔をつくった。
「レン、すっごく頑張ってたもんね。わかるわよ。あたしがディックさんでも、レンを誘うと思う」
ミュリナはレンが勧誘されたことを明るく祝福する。
レンにとっていいことだ。パーティーが解散したあとの身の振り方が決まったと同時に、いままでのレンの冒険者活動が認められていたということなのだ。
自分は誘われていない。でも大丈夫だ、と思う。これからだって自分とレンの関係が完全に切れてしまうわけではない、はずだ。
きっと、たぶん、おそらく。らしくもなく、そんな希望的観測ばかり思い浮かべるミュリナに、レンは話を続ける。
「俺はディックさんに誘われて、嬉しかった」
「うん。そうよね」
レンはきっと誘いを受けると、ミュリナは推測していた。
気心が知れている先輩から誘われたのだ。断る理由がない。
「あの人と一緒なら、いままで通りの生活に近い感じで、うまくやれていけるんだと思う。いまとそんなに変わらない生活が、過ごせるんだと思う」
「うん、そうだと思うわ」
「だから俺は、ディックさんの誘いを断る」
「え?」
レンはきっぱりと、ミュリナが予想もしていなかったことを言った。
意外なセリフに目を瞬かせる。
「えっと……なんで?」
「俺、好きな人がいるんだ」
「……」
答えになっていない返答に、黙り込む。
それが自分でないことを、ミュリナは知っていた。
「俺が好きな人は、きっと、すごい複雑な事情を抱えてるんだと思う。いまの俺なんかじゃどうしようもないほど深いことで、その人の問題に踏み込めるような人間になるためには、誰かに付いて歩くばっかりじゃ、たぶん、ダメなんだ」
レンの好きな人というのは、公園でよくわからない仕事をしているという、イチキの姉だ。ミュリナは一度も出会ったことはない。けれども、イチキがあんなに慕っていて、レンがこんなにも好いているのなら、きっと自分にはない何かを持っているのだろうと察することができた。
すごく、悔しい。
きっとそいつが目の前に現れたら、自分は平静ではいられないだろうと確信しているくらい、嫉妬している。
「俺は、前に進みたい。いままで通りじゃなくて、ディックさんみたいに、いままで以上になりたい。それでいつか、その子と正面から向き合いたいんだ」
見知らぬ恋敵への嫉妬に囚われてしまうミュリナに、レンは精悍な顔で決意を告げるのだ。
「だから俺は、新しいパーティーを組む」
なんでこいつ、こんなひどいことを自分に言うんだろうか。
レンと話しながら、そう思わずにはいられない。好きな人のために頑張るんだ、なんて決意を、告白して振った女の子相手に聞かせる男とか、なかなかどうして鬼畜野郎ではないか。
「失敗、するかもよ」
だからミュリナは、あえて不安なことを言う。
腕の立つ人のパーティーにいるほうが、ずっとためになるし、安全だ。
「いままでも失敗してたよ、俺は」
「うまくいく保証なんて、ないでしょ? 後ろに歩いてるのかもよ」
「いいじゃん、別に。歩いているのには変わりないよ。だからきっと、無駄じゃない」
わざと否定的なことばかりいうミュリナに、レンは前向きな言葉を返す。好きな子のために新しいことをやるんだと、強い決意を示してくる。
こんなひどいことをされるなんて、実はいま自分は世界一不幸な女の子なのでは? とまでミュリナが思った時だった。
「だからさ、ミュリナ。俺のパーティーに入ってくれないか?」
息を飲んだ。
「なんで……」
おそるおそる息を吐いて、言葉を絞り出す。
「なんで、あたしを誘うのよ」
「なんでミュリナを誘っちゃいけないんだよ」
思わぬ反論だった。
はっと顔を上げると、レンは穏やかな顔をミュリナに向けていた。
「あのさ。俺のことを、好きだって言ってくれる人がいるんだ」
レンの言っているのが自分のことだなんて、聞かなくてもわかりきっていた。
「俺はその人に好きだって答えは返せないけど、その人との関係は、すごく大事なんだ。俺の最初の目標で、強い人で、超えたいって思った。だから俺はその子と、恋愛感情のもつれで関係を壊したくないし、うやむやになりたくない」
レンは、きっぱりと言い切る。
「俺が信頼できる冒険者のなかで、俺が誘って『うん』って言ってくれるのは、ミュリナだけだ。だから誘った。一緒に冒険者をやりたいって、仲間になりたいって思ったから、ここに来たんだ」
ああ、なんてことを言ってくれるのか。
いまの言葉に、ミュリナは片手で顔を覆ってうつむいた。
「さいってい……」
「うぇ!?」
レンが素っ頓狂な声を上げたが、こいつに驚く資格などない。
いまレンが言った台詞は最悪だ。告白をして振られた女の子に、振った張本人が言っていい言葉じゃない。一つ屋根の下で迫った異性を無下にした舌で告げる口説き文句じゃない。
「お、俺なんかやばいこと言った……?」
「言ったわよ。いっぺん死んだほうがいいんじゃない? この、たらしっ」
パーティー勧誘の誘い文句に対するミュリナの率直な感想に、レンはいまさら慌てている。何かまずいことを口走ったのかと青ざめている。そういうとこだよ、と緩みそうになる口元を隠しながら心の底からミュリナは思う。
でも、嬉しいんだよなぁ、って。
レンが好きな自分じゃなくて、冒険者として、嬉しいと思ってしまった。
ああ、そっか。
自分のこれまでも、無駄じゃないんだって。勇者を倒したいって思いあがって遮二無二周りに迷惑をかけながら積み上げてきたけど、それは間違っていただけじゃないんだって。
レンがあの公園で自分のことを、全肯定してくれたように。
自分の冒険はレンには伝わっていたんだなって、嬉しく思ってしまったのだ。
「あの、ミュリナ、さん……? だ、だめですか……?」
「ばぁーか」
いざというこの時に、弱気になって敬語でへりくだったバカに、ミュリナは甘く笑う。頬杖をついて、レンの顔を眺める。
情けなくて、自分勝手で、人たらしだけど。
「やっぱり、好き」
自分の気持ちを告げるミュリナに、レンはうろたえるばかりではない。
「それって加入オッケーってこと? でもさ、ミュリナ。リーダーとして言わせてもらうけど、不純な動機だけで、っていうなら、やめてくれよ。何度でもいうけど、俺、好きな子がいるから」
「へー」
思わずミュリナが間延びした声をあげてしまうくらい、リーダーさんがすごく生意気なことを言い始めた。
「じゃあ、あたしの加入動機述べます。あたし、ディックさんに誘われなかったし、アルテナさんも引退するっていうから、どうしようかなって悩んでいたところなの。そこで知り合いのあなたに誘われたんで、一緒に冒険したいと思います。レンなんてしょせん都合がいい野郎なだけです」
「あ、はい、それはそれで……って、え!? アルテナさんも引退すんの!?」
「そうなのよ。だからね、レン」
不純だどうだなんて生意気を言うレンに、挑発的な笑みを浮かべたミュリナは指を突きつける。
「あんたこそ、いいの? あたしを一緒のパーティーにして、あたしに惚れても知らないわよ?」
自分がこれからも冒険者を続ける理由を見つけたミュリナは、彼女らしく笑ってそう言った。
そして、少し離れた自室にて。
「あ、あわわわわ……」
こっそりと誰にも気が付かれないほどの隠密性で距離を構築し会話に聞き耳を立てていたイチキは、動転の極みにいた。
「ね、姉様がレン様のことを好きで、ミュリナもレン様のことを好きで、レン様は他に好きな方が……?」
イチキの頭の中で、人間関係が混沌としていた。
まずいまずい、どうしよう、と収めどころがさっぱり見当たらない人間関係に戦慄していた。
そして、と。
自分の心は、どうなのだ、と。
「わ、わたくしは、どうすれば……!」
借りた部屋で、イチキは頭を抱えていた。
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