パーティーの全肯定・前編


 自宅のリビングで、ミュリナとアルテナはテーブルを挟んで向かい合っていた。


「ジークさん、引退するんだ……」

「ええ」


 話しているのは、パーティーの解散についてだ。身内の話ということもあって、イチキには席を外してもらっている。


「彼、もともと神殿の関係者だったもの。自然な流れよ」

「それは知ってるけど……」


 当時から付き合いのあった女性との結婚の関係で聖職者を一時的にやめるつもりが、ウィトンに誘われ、革命があり、そしてミュリナの件があり、ずるずると冒険者を続けてしまっていたのだ。


「ジークさんにとってもいい時期なのよ。彼が一番優先しなきゃならないものは、彼の家族だもの」

「わかってる。わかってるけど、あたしにも前もって言って欲しかった……」


 理性ではわかっているのだろうが、明らかに気持ちでは納得できていないミュリナに、アルテナは話題を変える。


「ディック君は新しくパーティーを作るそうよ」

「そっか。そういう選択もありよね」

「ええ。彼らしいわね」


 確かに、ディックらしい選択だと思う。同時に、自分は誘われないだろうなということをミュリナは理解していた。

 好き嫌いの問題ではなく、いまいち彼とうまくやれる気はしない。パーティーメンバーとしてならともかく、彼がリーダーだと自分は納得できないことが多すぎる。それは、向こうも同じだろう。

 いや、とミュリナは思う。

 ディックに限らず、自分はジークがリーダーではないパーティーでうまくやっていけるのだろうか。

 ミュリナはジークの人格と力量を尊敬している。なにより子供の頃に世話になった恩もある。だからこそ、命がけの場面でも彼の指示に従うことに不満はなかった。

 自分は、そうでない人をリーダーと仰いで、うまくやれるのだろうか。

 ミュリナは自覚している。自分は我が強すぎる。力量にも自負があるからなおさらだ。どこぞの知らない他人と合わせるには、致命的なほどに。

 もし、組むとしたら誰か。真っ先に思いついたのは、目の前の人物だった。


「アルテナさんも……」


 不安とほんの少しの弱気を込めて、ちらりと目を合わせる。


「……ディックさんのところに加入するの?」

「私は、冒険者を引退するわ」

「え?」


 アルテナとなら、たぶんうまくやっていける。そう思っていたミュリナにとって意外すぎる言葉だった。

 考えもしていなかった引退宣言に、目を見開いて立ち上がる。


「な、なんで!?」

「プロポーズされたの」

「はい?」


 続けざまに出てくる予測不能なアルテナの返事に、ぽかん、と口がバカみたいに開いた。

 プロポーズ。言われてよくよく見て見れば、答えるアルテナの指には指輪がはまっていた。シンプルながらも上品なリングにはまっている透明な輝きは、ダイヤモンドのものだ。

 ブライダルフェア。通りの宝石店にあった広告が頭をよぎったミュリナは、目を瞬かせる。


「えっと……お兄ちゃんに?」

「他にいないでしょう? あの人以外からされても、断るわよ」

「はあ……う、うん。そうよね。おめでとう?」

「ありがとう」


 間の抜けた相槌をしながら、席に座りなおす。

 混乱しているミュリナを見て、アルテナは苦笑した。


「あの人、いまやってる仕事の関係で首都に行ってるでしょう? その前に、ね。たぶん、式は春先になると思うわ」

「え、あ、っとぉ……そうなの?」

「そうなのよ」


 驚きすぎて頭が回っていないミュリナに、困ったようにほほ笑むアルテナは説明を続ける。


「もっと前に言おう言おうとは思ってたんだけど、あなたのほうもいろいろと大変だったみたいだし。ウィトンが戻ってから一緒に説明しようかなって考えてる時、パーティーの解散の話になったのよ」

「……うぐっ」


 周りを見てなかったのは自分かと、言葉に詰まる。


「まあ、私はそういうことなんだけど……それで、あなたはどうするの?」

「あたし、は……」


 いまのを聞くまでは、アルテナと二人で冒険者を続ければいいと思っていた。

 だがそれは、甘えだ。

 アルテナとジーク。どちらもミュリナの保護者だった。小さい頃からミュリナを見て、世話をしてくれて、ミュリナの性格を受け入れて我がままを飲み込んでくれる人たちだ。

 だからこそ、そんな人たちとうまくやっていけるのは、当たり前過ぎることなのだ。


「ねえ、ミュリナ。あなたが冒険者になりたいって、強くなりたいって思ったの、ウィトンのせいでしょう?」

「……うん」


 母親が殺されて、勇者なんていらないことを証明したくって、勇者を越えたいって思った気持ち。

 けれども。


「もう、その必要もないのよ?」


 確かに、その通りだった。

 革命は終わった。なによりミュリナとウィトンの兄妹関係は修復された。ミュリナが冒険者になりたいと思った目的は、すでにない。


「このまま冒険者を続けてもいいし、転職して違うことに挑戦してもいいし、アカデミーに戻って勉強をし直すのもいいわ。あなたは、まだまだ未来を決めるには、早すぎる歳だから」


 大人びた口調で、アルテナはまだ少女のミュリナに語りかける。


「あなたのためになる、あなたのやりたいことをやりなさい。私たちは、それを全力で応援するから」






 アルテナとの話し合いを終えたミュリナは、自室に戻らずにイチキのいる部屋にお邪魔した。

 明らかに消沈しているミュリナを、イチキは優しく迎えた。


「お話し合いはどうかでしたか、ミュリナ」

「ねえ、イチキ」

「はい。なんでございましょうか」

「あたしと、パーティー組んでみる?」

「はい?」


 唐突な問いに、イチキがかわいらしく小首を傾げる。


「パーティーと申しますと、ダンジョンで、でございますか? よろしいですけど、またどうして?」

「……ううん。ごめん、なんでもない」

「はあ、そうでございますか」


 まとまりのないミュリナの言動にイチキは不思議そうにする。

 なにを悩んでいるのか。友人として聞こうとしたとき、玄関のノッカーが鳴った。


「およ? どなたかいらっしゃったようなので、わたくしが出ますね」

「ん、ありがと」


 イチキは、ぱたぱたと足音を響かせて玄関に向かう。屋根を借りているからということで、イチキは雑事を積極的にこなしているのだ。たぶん、生来からして世話好きなところもある。

 来て初日の仕事ぶりからして、お金を払って雇うメイドでもここまではしてくれないという完璧っぷりであり、楽しそうに家事をこなすイチキに任せきりにしてはダメ人間になりそうだとアルテナと真顔で話したものである。

 だからあまりイチキに任せきりにしないようにとは決めたのだが、いまは彼女の献身ぶりが有り難かった。


「……はぁ」


 ため息が出る。

 さっき言ってみた提案だが、イチキと組むには自分が力不足過ぎる。

 イチキは強い。ダンジョンの中でも一人で目的を達することができる。イチキがミュリナと組む意味は、彼女の善意に寄り掛かる以外にない。

 それは、あまりにも歪だ。


「なら、あたしもソロで……いや、違うわ」


 ミュリナの実力でソロだと、やや危険過ぎる。そもそも、問題はそういうことではないのだ。

 何かができる、できないではない。ミュリナは自分のできることがわかっているし、できないことも承知している。

 だから、問うべきは一つだ。


「なにがやりたいんだろう、あたし」


 自分が積み上げてきたものを、どう使って、どう生きたいのか。

 環境が変わることで提示された命題の答えがわからずに、ミュリナの口からぽつりと疑問の声が漏れた。






 己の進路に悩むミュリナの部屋より、階下の玄関で。


「あれ? イチキちゃん?」

「ふぇ!? れ、レン、さま……?」


 ミュリナと話をしようと早速訪問したレンが、文通相手のイチキと顔を合わせていた。

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