解散の全??・中編
パーティーの解散。
その言葉を聞いたレンは、思わずとっさに声を上げていた。
「解散って、どういうことですか!」
真っ先に大声を出したレンにリーダーは視線を向けた。その顔は、予想していた反応に対する落ち着きの払った表情だ。
「俺が冒険者を引退する。だから、このパーティーは一度解散する。それだけだ」
「どうして、ジークさんが冒険者を……?」
「俺もいい加減、いい歳だ。それに神殿に内定が決まってな。妻子のいる身なんだ。察しろ」
「そんな、急に――」
「勘違いするな。急に、じゃないぞ。急にならないように、いま言ったんだろう?」
なだめるように言い聞かせるリーダーの言葉に、レンは顔をうつむける。
まだ春まで時間はある。リーダーは残されるメンバーのため、身の振り方を模索する期間は十分に作っているのだ。
「パーティー解散に合わせて、プールしていた資金も再分配する。ま、それだけでも当座は困らないはずだ」
それ以上、新参のレンが口を挟めることはない。パーティーの解散に向けた予定が語られていく。反対意見は、一度も出てこなかった。
自分で手いっぱいのレンは、気がつけなかった。
解散の報を聞いて、ミュリナが唇をわななかせていたことに。
「よ、レン」
ダンジョンの探索後、弓使いの先輩が声をかけて来た。
「やっぱ落ち込んでやがるな」
「そりゃ落ち込みますよ」
なにせ初めて入ったパーティーが解散するのである。順調だった分、ショックは大きい。
「そうかそうか。なら夕食でもおごりがてら、愚痴でも聞いてやるよ」
肩を組んで誘われるまま、レンは弓使いの先輩と連れ立って適当な店に入る。
落ち込んだ気分のまま注文をすませ、レンは暗い息を吐く。
「パーティーの解散の件って、先輩は知ってたんですか?」
「ああ。俺は前々から話を通してもらってた」
「やっぱですか……」
解散を聞かされたときに、弓使いの先輩と女剣士は驚いた様子はなかった。おそらくパーティーの中でも古参の面々には先に話をしてあったのだろう。
「俺は驚きましたよ、ほんと」
「そうだな。で、相談なんだがな、レン」
食事をとりながら話していた弓使いの先輩が顔を真剣なものにする。
「この解散を機に、俺は新しいパーティーをつくろうと思ってる。まあ、新しいつっても、ほとんどいまのメンツになるけどな」
「先輩が?」
「おお、俺がリーダーでだ。悪いか?」
「いえ、全然」
悪いことなどない。
弓使いの先輩は多少おおざっぱなところはあるが、人当たりがよく実力も確かだ。女剣士が人をたてる性格なのもあって、メンバーの中では最も次期リーダーに向いているだろう。
「ほとんどがいまのメンバーですか。先輩がリーダーになることに、ミュリナはどう言ってるんですか?」
「あいつは、入れねえよ」
とっさにレンが顔を上げると、弓使いの先輩は真剣な顔をしていた。
虚を突かれた顔のレンに、弓使いの先輩は後ろ頭をかく。
「なんでわざわざジークさんがリーダー交代じゃなくてパーティーの解散って言ったと思ってんだ。そこらへんの軋轢を避けるためだろ」
「え、っと。すいません。よくわかんないです……」
「いいか、レン。いまのパーティーの要は、間違いなくジークさんだ。あの人が居なきゃ成り立たねえやり方でやっている。それは、パーティーのまとめ方もそうなんだよ」
それは同意だ。パーティーリーダーであるジークは、冒険者としての力量のみならず、パーティーのまとめ役としてすこぶる優秀だった。経験に人柄。彼がリーダーをやるにあたって、不満が漏れたことは一度もない。
だからといって、ミュリナを入れない理由がやはり分からない。
「なんで、ミュリナはダメで俺はいいんですか」
「……あのな、レン」
はっきり言って、レンを入れるくらいならミュリナをパーティー入れたほうがずっと戦力になるに決まっている。
ある意味では正しい意見に、弓使いの先輩は苦い顔になる。
「ミュリナの奴は俺より実力があるし、俺より我が強くて、俺より若くて、しかも女だ。そんなやつをパーティーに入れて、うまくメンバーを回していける自信が俺にはねえんだ」
それは、レンよりずっと長く冒険者を続けたベテランとしての意見だった。
「ミュリナのやつに関してはな、ジークさんがリーダーだから、パーティーの指示に素直に従ってるんだ。俺じゃあの人みたいにはできねぇよ。……まだ、な」
冒険者は命をかける。だからこそ、自分の上に立つならば何かしら、自分より優れたものを求める。
実力で。実績で。人柄で。なんなら立場でもいい。
歳も、性別も、実力も、弓使いの先輩とミュリナとでは、すべてかみ合わない。同格として同じパーティーいるのならばいい。だが、どちらかが上になって言い聞かせるとなると、まず反目してしまう。
「それに何より、ミュリナの奴はお前の言う通り冒険者としての実績もきっちり積んである。他でも引く手あまただろうから、わざわざ新設する俺らのとこに来なくてもいいんだよ。ミュリナだけじゃねぇ。アルテナさんも誘わねえよ。人を選んで勧誘してるんだ」
どちらが悪いというわけではない。ましてや、好き嫌いの問題では断じてない。
ただ、相性が悪いのだ。
「俺はこの機会に俺がリーダーとして独立したいが、ミュリナのやつはそうでもないだろう。あいつにとっちゃ、冒険者としてより上位のパーティーにいけるいいステップアップの機会でもある」
確かに、今のリーダーのパーティーでも冒険者全体からすれば中堅程度だった。
ミュリナの実力、実績、さらに将来性を見ればもっと上位のパーティーからの勧誘もあるだろう。
「で、俺がリーダーになった場合、だ。俺とお前は気心も知れてる。そんでもって、レン。お前は実力が付き始めてるけど、ぶっちゃけ世間知らずなとこが抜けてないから変なパーティーに引っかからないか、ちょっと心配でもある。だから勧誘してんだ」
パーティーを組む組まないは、実力だけで選んで決めるものではないのだ。
言い聞かされてみれば、弓使いの先輩とミュリナでは、はっきりとした上位者がいなければパーティー内でうまくやっていけない可能性が高いとわかる。
「で、どうだ、レン」
「……」
再度の勧誘に、レンは黙り込む。
どうすれば、いいのだろうか。勧誘されたのは、かなり嬉しい。このまま弓使いの先輩の勧誘を受ければ、と仮定して、考えてしまった。
別のパーティーになってしまえば。
いま気まずくなっているミュリナと顔を合せなくて済むかもしれない。
そう思ってしまって、すさまじい罪悪感がレンを襲った。
「すいません。少し、考えさせてください……」
「おう。お前はいろいろ考えたほうがいいな」
いつの間にか食事を終えた弓使いの先輩が立ち上がり、レンの分も併せて会計をすませる。
「待ってるぞ、レン」
帰り際、そう言われた言葉が心に残った。
奴隷少女ちゃんは、公園広場に立っていた。
イチキは結局、帰ってこなかった。まさかの無断外泊など、お姉ちゃんとして大ショックである。そんな重大なことがあったにも関わらず公園広場での仕事を休まなかったのは、もちろん奴隷少女ちゃんのプロ意識もあるが、もう一つ。
レンが来たら問い詰めてやる。
という黒い炎のように燃え上がる考えもあった。
奴隷少女ちゃんにとって、イチキの安全は最重要事項の一つだ。ボルケーノはしばらく放っておけと言っていたが、もちろんそんなことは簡単には受け入れられない。
そうして待ちわびていると、公園広場の入り口にお目当ての人物がノコノコと顔を出した。
奴隷少女ちゃんの瞳がジトっと湿る。
「お願いして、いいかな」
なにおう、と、まずは姉として怒鳴り声から入ってイチキのことを聞こうとした奴隷少女ちゃんは、レンの表情を見て言葉を飲み込んだ。
道に迷った迷子が、瞳を不安に揺らしている。
よくよく見知った顔である。ここに来る人々で、もっとも多い表情でもある。
千リンを差し出すレンを前に、少しばかり懊悩する。いつも通りの全肯定をするべきか、よくも妹をたぶらかしてくれたなと全否定をするべきか、いっそプラカードなしでレンを問い詰めるべきか。
懊悩する奴隷少女ちゃんが千リンを受け取らないのに、レンが不審に思った時だった。
ひゅんっ、と高くプラカードを放り投げられた。
突然の動作に、レンは驚きつつもプラカードを追って顔を上げた。ひねりを付けて天高く投げられたプラカードは、くるくると表裏を入れ替えて回転しながら落下する。
奴隷少女ちゃんは勢いよく回転して落下するプラカードの柄を、手元でキャッチ。
『全肯定奴隷少女:1回10分1000リン』
表示されたのは、表だった。
これも天の定めである。自分の悩みは後回しだと放り出した奴隷少女ちゃんはレンから千リンを受け取る。
艶やかな朱唇があらわになり、大きく口を開いた。
「流転するのがこの世の常!!!!!! 人の流れがぶつかりできる潮流に、愚痴があれば吐き出して、悩みがあれば打ち明けるといいの!!!! えへっ!」
悩みなど感じさせない明るいハスキーボイスとともに、奴隷少女ちゃんのあざとい笑顔が花開いた。
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