浮気の全否定・中編
常連シスターさんとの会話を終えたレンは、奴隷少女ちゃんのところに向かっていた。
常連シスターさんは、レンとの会話で存分に笑ったということが今日のストレス発散になったらしい。今日は奴隷少女ちゃんのところには行かないということで、機嫌よそさそうに帰っていった。
というわけで、レンは一人で奴隷少女ちゃんのいる公園広場に向かっていた。
レンが来たのは手紙のことについて、ちょっとした愚痴をつぶやいて全肯定してもらおうと思ったのだ。ミュリナのことが話せない分、そっちに関してはいいだろうと思ったのだ。
いつも奴隷少女ちゃんがいる公園広場に着くと、先客がいた。
「お」
小さく呟いて、レンは足を止める。
貫頭衣に革の首輪、白塗りのプラカードを掲げる奴隷少女ちゃんの前に立っていたのは見覚えのある男性である。いつだか、奴隷少女ちゃんに告白して玉砕した錬金術師の青年だ。
レンにとっては、自分と同じようなことをしようとして手ひどくフラれたという仲間意識のあるため、印象深い人物の一人だ。
ただ、前に見た時に比べて随分とあか抜けた雰囲気がある。前はいかにも研究一筋、という感じだったのが、いまは服装から髪形まで、細部がシュッとしている。
例の教授とやらがいなくなって、心労がなくなったのが彼にいい影響を与えたのかもしれない。
その彼が、奴隷少女ちゃんにさわやかな笑顔を向ける。
「お久しぶりです、奴隷少女ちゃん」
心なしか、奴隷少女ちゃんに語り掛ける話し方まできびきびしているように聞こえた。
錬金術師の青年の変化に訝しむレンとは違い、まだ千リンを受け取っていない奴隷少女ちゃんは口元をプラカードで隠し、楚々と微笑むだけだ。
「いつだかは無様をさらしましたけど、今日は相談に乗ってもらえますか?」
財布から千リンを取り出した錬金術師の青年が、物静かに微笑む奴隷少女ちゃんに千リンを差し出す。心なしか、その距離が前回の時より半歩ほど近い気がする。
千リンを受け取った奴隷少女ちゃんは、さりげない仕草で半歩下がりつつもプラカードを口元からどける。
艶やかな唇とあらわになった美貌を笑顔で輝かせて、奴隷少女ちゃんは大きく口を開いた。
「もちろんなの!!!!! 一度くらい全否定をされたって、それは絶縁を意味しないの!!!!! 心を入れかえればいつでも来ていいのよ!!!! えへっ!」
素晴らしく通りのよいハスキーボイスが空気を震わせ、奴隷少女ちゃんのあざとい笑顔がきらめいた。
「人は誰だって失敗する生き物!!!! 失恋だって恥ではなくって、人生を豊かにする一因なの!!! それを乗り越えたあなたに訪れたものを、ここで吐き出すといいの!!!!!」
「はいっ。あなたにフラれてしまった後のことなんですが、実は打ち込んだ研究が、認められたんです」
「それはよかったの!!!!!! 変な上司さえいなければ、あなたはのびのび活躍できたのよ!!!!! 認められた成果が、その証拠なの!!!!!」
「そうなんですよ! しかも成功した研究の付き合いもあって、実は、少し前からとある女性とお付き合いすることができたんです」
照れくさそうに切り出された内容に、レンはいらっとした。
仕事で成功というのはめでたいことだ。だが奴隷少女ちゃんと付き合えなければ生きる意味がないとまで言ってたくせに、錬金術師の青年はなにやらスマートにお付き合いを始めたらしい。
ミュリナとの関係に悩み、女の子からもらった手紙のことで悩んでいるレンからすると、あっさり女性と付き合っているというだけで妬ましい案件である。なにあっさり幸せになってるのこの人、という理不尽な嫉みである。
「それは素晴らしい朗報なの!!!!!」
もちろん奴隷少女ちゃんはレンのひがみなど知ったことではない。あくまでいまの奴隷少女ちゃんの顧客は錬金術師の青年である。明るい全肯定で錬金術師の青年を祝福する。
「やっぱりあなたにはあなたにふさわしい人が見つかったのね!!!!! 頑張っているあなただからこそ見つかった、素敵な人だと思うの!!!!!! あなたを大切にしてくれる人なら、あなたもその人のことを大切にするといいと思うの!!!!!」
「はい。女性ながら働いている人なんです。ただ、ですね」
言葉を切った錬金術師の青年の顔が曇る。
「その人が、ちょっと嫉妬深い性格なんですよ」
「そうなのね!!!! それは困ったものなの!!!!」
「そうですよね!」
奴隷少女ちゃんの勢いに、我が意を得たりと大きく頷く。
レンは錬金術師の青年に、ちっ、とこっそり舌打ちを送る。嫉妬深いなど、愛されている裏返しである。お悩み相談と言いつつ、のろけになる気配を感じたのだ。ひっそりと呪いの念を送る。
「異性の生徒と接するだけで目くじらを立てるので、仕事にも支障が出ているんです!」
「なるほど大変なのね!!!!! まずは相手をとがめる前に、よくよくコミュニケーションをとるのが重要なの!!!!! それだっていうのに、相手の意見も聞かず相手の事情も確かめず、いきなり『自分の正しさ』で攻撃的な意見を言われたら、言われた相手の反発心を生むに決まっているのよ!!!!!!」
「そうなんですよ!」
うむうむ、と腕組みをした錬金術師の青年は、全肯定に気を良くする。
「特にやましいことのない関係なのに一方的に疑って決めつけてくるんです。何かあるたびに根掘り葉掘り探られて、ストレスになるんですよ!」
「わかるの!!!!! 親しき仲にだって、プライバシーは必要なのよね!!!!! なんだって聞いていいわけでもなければ、なにをしたっていいわけでもないの!!!!! 友情だって愛情だって、相手を傷つける言い訳に使われた迷惑千万!!!!! 他者を尊重することを忘れてはいけないの!!!!!」
「わかります!」
打てば響く奴隷少女ちゃんの全肯定に、錬金術師の青年も乗せられていく。
レンのテンションはだだ下がりだ。野郎の幸せ話など聞きたくないし、帰ろうかな、とすら思い始めていた。
「人の気持ちを考慮せずに、自分の基準で相手を咎めるのはよろしくないの!!!!!!! それは自分が気持ちよくなるための行為であって、相手のためとはとてもいえたものではないのよ!!!! 尊重すべき恋人同士のコミュニケーションとは言えない一方的な手法なの!!!!!」
「そうなんですよ! まったく、あの人ときたら、僕が前にちょっと教え子と一夜を共にしたくらいで疑い深くなって――」
「それはアウトなの!!!!!!!!」
全肯定から全否定の切り替わりに、一瞬の間すらなかった。
奴隷少女ちゃんが満面の笑顔のまま、くるりと裏返したプラカードをフルスイング。横なぎの一閃は、ひゅんっと風を切る速さだった。
「へ?」
錬金術師の青年が、呆けた声を出す。 顔面すれすれ目の前を通り過ぎたプラカードに硬直している錬金術師の青年をよそに、奴隷少女ちゃんはさっき渡された千リンを笑顔のまま宙に放り投げる。ひらりと宙を舞った千リン紙幣は、錬金術師の頭の上にぱさりと落ちた。
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プラカードを掲げる奴隷少女ちゃんは、ゴミを見る侮蔑の顔になった。
「この世の汚物がよくもおめおめと他人に全肯定してもらおうだなんてことを思いついたのね!!!! むしろどうして自分の行いがセーフだと思って他人に認めてもらおうとしたのか聞かせてほしいの!!!! ぺっ!!!!!」
唾吐きのジェスチャーとともに、どすの利いた奴隷少女ちゃんのハスキーボイスが公園広場に轟いた。
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