謝罪の全肯定・後編

「奴隷少女ちゃんはあなたの心を全肯定するの!!! あなたが言うべきことを、ここで力いっぱい叫ぶといいの!!!!!」


 見ているだけで心の澱が浄化されそうな笑顔の清廉さ。聞いているだけで自分の悩みが吹き飛びそうになる声のエネルギー。

 奴隷少女ちゃんのハスキーボイスと営業スマイルを受けたレンは、腰を直角にして頭を下げた。


「この間は変なことを相談してごめんなさい!」

「そうなの!!!! 変なことを言ったという自覚はあるのね!!! ザリガニさん以下のヒモ型生命体でも良識は残っていたようでなによりなの!!!!!」

「よくよく考えなおしてみたら、あの時ってすごく自分勝手なことを言ってたよね、俺……!」

「わかるの!!! 相手の女の子から与えられたものを一切無視して自分の事情だけを訴えるのはダメなの!!!!! 確かにいきなり押し入られたのは迷惑だったかも知れないけど、どう考えてもあなたが与えられたものの方が多かったの!!!! それで文句を言うなんて、おこがましいにもほどがあったのよ!!!!!」

「はい! あの時の俺は、確かにザリガニ以下のヒモ野郎でした!」

「まったくもってその通りなの!!!!!!!」


 寸断も置かない全肯定。レンの悪いところを、きらめく笑顔で全肯定する。自分の過去の汚点であっても、ここまで明るく認められるともはや清々しさしかない。


「自分の悪いところを認めるのはとっても勇気がいることなの!!!!! 自省っていうのは、誰でも簡単にできることじゃないのよ!!! いまのあなたはそれができているの!!! 昔のダメなあなたから、一歩前へと踏み出そうといるのよ!!!!」

「うんっ。あれから俺は反省した!」


 奴隷少女ちゃんのハスキーボイスに背中を押されるように、自分のダメなところを吐き出す。


「泊まってきたみゅり……先輩とも家賃も等分にして、生活費もきっちり分けた! 泊まる分だけはもらったけど、それだけです! 全否定を食らった日に、後ろにいるシスターさんに助言をもらって、ちゃんとしようって決めたんだ!」

「それはよかったの!!!! 奴隷少女ちゃんはあなたの改善に勤しむ姿勢を全肯定するの!!!!!!」


 奴隷少女ちゃんに全否定されてから行ったレンの自己反省を、ハスキーボイスが全肯定する。


「メンツとかプライドに囚われず、他人に指摘された自分の悪いところをすぐに直すのはとってもよいことなの!!! それで!!??!? 言うことはおしまいなの!!!??!?」

「泊まりに来た先輩も、ちゃんと問題を解決したんだ! 家族とちょっと問題があって家出をしてたんだけど、仲直りしたって! 泊めてくれてありがとうって、問題なく同居生活は終わったんだ! もちろん、相手の女の子の名誉に関わるような間違いも起こさなかった!」

「それはよかったの!!!!」


 奴隷少女ちゃんの営業スマイルがきらりんと輝く。


「あなたがその人の助けになれたのなら、それはとっても素敵なことなの!!! 人を助けられる人は例外なく全肯定されるべき人なのよ!!!! あなたはびっくり仰天レンの助から、しっかり者のレン太郎に格上げなの!!!!!」

「そ、そう、かな」

「そうなの!!!!! あなたはもうヒモ野郎じゃないの!!! 立派な男の子なのよ!!!! これからは自信を持って自分は人類だって胸を張るの!!!!!!」

「へ、へへ。ありがとう! 奴隷少女ちゃんにそう言ってもらえると、すごく自信がつくよ!」

「どういたしましてなの!!!!!!」


 謝罪がレンへの全肯定へと移行していく。

 よかった。レンは、ほっと安堵の息をつく。奴隷少女ちゃんに謝罪を全肯定してもらえたのだ。じわじわと安心感に満たされる。これでまた、気兼ねなく奴隷少女ちゃんのいる公園広場に訪れることができるようになった。

 しかし、時間が余った。思いのほかあっさりと許してもらえたことで、まだ五分ほど時間がある。


「ヒモ野郎を卒業できたことはめでたいの!!!!! もっと言いたいことがあるなら、他にも吐き出すの!!! よかったこと、悪かったこと!!!! そのどちらでも、奴隷少女ちゃんに話すといいの!!!!!」

「え? うーん、そうだな」


 しかし、何を言えばいいのか。

 さすがにミュリナに告白された悩みを奴隷少女ちゃんに言うほど馬鹿ではない。ついこの間、ミュリナの同居のことを話して奴隷少女ちゃんに全否定されたばかりなのだ。告白されて悩んでますなんて言ったら、「ぺっ」の一言で終わる可能性がある。

 最近の実力の向上を全肯定してもらう手もあるが、せっかくの機会である。ただ悩みを相談するだけではなく、奴隷少女ちゃんの好感度を上げたい。

 奴隷少女ちゃんが喜んでくれるような言葉。

 例えば自分は、他人から何を言われて嬉しいだろうか。あるいは自分が他人に言って、何が喜ばれただろうか。人に好かれる言葉、と考えれば、ぱっとミュリナの顔が思い浮かんだ。

 四日間の同居生活で自分を好きになってくれた、魅力的な女の子。ミュリナにかけたような会話をすれば、もしかしたら奴隷少女ちゃんの好感度は上がるではないだろうか。

 第一、だ。

 ミュリナの告白を『好きな子がいるから』と言って断ったのに、自分がその好きな子に対して何もしないままでは、あまりにも意気地なしというか、告白してくれたミュリナにも失礼じゃないだろうか。奴隷少女ちゃんへの好意を理由にミュリナの告白を断ったのだ。ならば、自分も奴隷少女ちゃんと距離を詰めるべく、ミュリナの果敢さを見習うべきなのだ。

 よし、と意気込む。

 レンはためらいとか恥じらいを捨て、奴隷少女ちゃんを見て素直に思ったことを声に出す。


「奴隷少女ちゃんってさ、すごくかわいいよね」

「まったくもってその通りな――え?」


 奴隷少女ちゃんの全肯定が、きょとんとした顔で止まった。

 まぶたを彩る長いまつ毛がパチパチと上下に動き、瞬き。


「あ、え、と?」

「どうしたの? 俺、なんか変なこと言った?」

「へ、変というかっ、そ、そうなのよ!!! いきなり変なこといわないでほしいの!!!!」

「変かなぁ……?」


 思っていたのと、ちょっと反応が違う。

 さすがにミュリナのようにだらしなく笑ってくれるとまでは思ってはいなかった。ただ、褒め言葉に対して普通に喜んでくるか、あるいはさらっと流されるかと思ったのだが、そんな様子はない。戸惑っているというよりは、動転している感じに近い。最も近いのは十リンの女の子と料金のやりとりをしていた奴隷少女ちゃんだが、その時ともまた様子が違う。


「だって奴隷少女ちゃん、かわいいし」

「なぅッ!?」


 いつもは見られない奴隷少女ちゃんの表情だ。レンの心にむくりと悪戯心が湧きたつ。


「ほら、いつもみたいに元気よく肯定して! 奴隷少女ちゃんはかわいいよね!!」

「わ、わかるのよ……?」

「どうして疑問形なの? 違うでしょ! もっと大きな声で! 全肯定!! 疑問形じゃ、全肯定にはならないと思うんだ! ね!?」

「そ、それは、そうなの……! でで、でも……」

「『でも』なんて奴隷少女ちゃんらしくないよっ」


 調子に乗ってきたレンは強く促す。言葉を重ねるごとに、徐々に奴隷少女ちゃんの白い肌に赤みがさしていく。


「いつものように叫ぼう! 奴隷少女ちゃんは世界一かわいいっ、まったくもってその通りなのよ! さんはい!」

「ま、まままままったくもって――あ、ぅううううう!」


 顔を真っ赤にした奴隷少女ちゃんが、とうとうこらえきれずに顔をプラカードで隠す。

 ミュリナとはまた違った反応である。ミュリナの仕草はレンの心臓を直接攻めてくるのだが、奴隷少女ちゃんの反応は、なんというか、ぐっとくる。こちらからもっと構いたくなるのだ。


「奴隷少女ちゃんはかわいいだけじゃなくて、すごいよ! 声もきれいで快活で、聞いてるだけで元気が出る!! なによりいつもここで皆の心を救ってる奴隷少女ちゃんは素晴らしいと思うんだ!! 奴隷少女ちゃんもそう思うよね! 奴隷少女ちゃんは、すごく素敵な人だよ!!」

「そ、そう、なの、ぅうぅ……!」


 レンのテンションが上がってきた。

 自分を褒められて、自分のことだからか照れて肯定できない奴隷少女ちゃんは、控えめに言って世界一かわいかった。調子に乗ってどんどん言い募ろうとした時に、奴隷少女ちゃんがレンに千リンを突っ返してきた。

 そしてプラカードを、くるりと裏返す。


「ど、奴隷少女ちゃんは他人を自己肯定する存在なの!!!!! そ、そういうからかいは困るの!!!! おふざけも度が過ぎてるのよ!!!! ぺっ!」

「からかいじゃないんだ!」


 顔を赤くしての唾吐きジェスチャーにめげる要素はない。ひたすらにかわいいだけだ。ノーダメージのレンは即座に言い返した。


「からかってなんかないし、ましてやふざけてもいない! 俺は奴隷少女ちゃんをかわいいと思っているし、すごいって思ってるんだ! 俺が君をかわいいって思ってるんだから、俺の思っている君がかわいいって気持ちを肯定して欲しいんだ!」

「……!」


 とうとう肯定も否定もできずに、奴隷少女ちゃんはあわあわと口を動かす。視線がさまよって、挙げ句に奴隷少女ちゃんはプラカードを振り上げてレンの脳天に一振り。


「いだ!?」

「……変なこと、言うなっ。たらしッ」


 怒った口ぶりで、ただ耳たぶまで真っ赤にしたほとんど素の彼女は、逃げるようにして広場から出ていってしまった。


「あたた……」


 痛みに頭を抑えつつも立ち上がったレンは、ふうっと汗をぬぐう。

 なんだかとっても達成感に満たされていた。やるべきことをやった充足感が体中に広がる。素晴らしい気分だった。

 今日はいい日だった。家に帰ろう。そんなことを考えていたレンの頭を、がしりと掴む手があった。


「レン君」

「はい」


 後ろからの声に、レンは神妙な顔で返答をした。

 誰なのか、振り向かなくてもわかる。恐ろしいまでの威圧感が握力となってレンの後頭部を圧迫している。


「そういえば、奢ってくれるって話、あったよね。レン君が倒れた時と、相談に乗ってあげた時の恩、覚えてるかな? あ、ついでに今日付き添った分もね?」

「はい、ありました。とても感謝してます」

「ちょうどお金も入ったばっかだよね。きっとレン君のお財布はあったかいんだろうね。いまのレン君の頭みたいにさ」

「はい。その通りです」

「私もさ、今日は奴隷少女ちゃんに言いたいこと、いーっぱいあったんだよねぇ。レン君、代わりに聞いてくれるかな? ……いまさっきのことも含めて」

「はい。俺ごときに代わりが務まるかは不安ですけど、異存はありません」

「よし。じゃあ、いまから行こうか」


 レンを掴んでいた手が離れた。縛めから解放されたレンは、おそるおそる振り向く。

 常連シスターさんは、とても怖い笑顔でレンと目を合わせた。


「ゆーっくり、お姉さんに言い訳を聞かせてもらおっかな。ん?」


 穏やかな口調なのに覇気に満ちている奴隷少女ちゃんの常連シスターさんの声に、レンは戦慄した。

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