女魔術師の全肯定・前編


 次の日のダンジョンの探索は、順調に進んだ。

 やたらとリーダーがレンに対して「昨日の後遺症はないか」と心配そうに聞いてきたが、問題はなしである。女魔術師がベッドを半分使わせてくれたこともあって疲れは取れていた。

 そうして冒険が終わり、解散。

 女魔術師とは少し時間をずらして先に神殿を出ようとしたレンは、出入り口のところで勇者に出会った。


「おや、レン君。昨日の後遺症はないのかい?」

「あはは。リーダーにも心配されましたけど、ばっちり元気ですよ」

「そっか。若いっていいね。体の回復力が僕らの時とは違うなぁ」


 待ち合わせでもしているか。勇者はレンと会話をしながらも、ちらちらと祭壇に続く礼拝堂に視線を向けていた。


「勇者様は待ち合わせですか?」

「ああ、うん。今日も隣の訓練所で治安維持隊の訓練をしていてね。それで、合間を縫ってちょっと様子を見に来たんだ。昨日のこともあるからね」

「そうですか。そういえば勇者様ってリーダーとか先輩とかと知り合いなんですよね」

「ジークとは、昔の冒険者仲間でね。先輩っていうのは、アルテナのことかい? 彼女とも……うん、まあ、昔の仲間なんだ」

「ああ、いえ、違いますよ。先輩っていうのは昨日、遭難していた魔術師の――」


 知り合い同士、いつだかのわだかまりもなくなった二人が話していると、レンとは時間をずらすようにしていた女魔術師が礼拝堂から出てきた。

 レンがまだ出入り口にいるのを見た女魔術師は、ぱぁっと顔を輝かせる。駆け寄りかけて、いやいやそれじゃ時間をずらした意味がないとぐっとこらえて、次いでレンの話相手を見て表情を凍り付かせた。

 レンと勇者が、笑顔で話している。

 それを見た女魔術師の顔が、一瞬で憤怒に染まった。


「あ、話をすればですね」

「あんたはすっこんでなさいこの裏切り者!!」

「ぐふ!?」


 女魔術師が躊躇なくレンの背中を蹴り飛ばした。

 身構える間すらなかった。近接魔術による強化こそなかったが、ブーツで靴底で背中を蹴りつけられれば相当痛い。

 エビぞりになって悶絶するレンに一瞥もくれず、女魔術師は勇者へと鋭い眼光を向ける。

 

「なにしに来たの?」

「もう、四日目だね。そろそろ戻ってきてもいいんじゃないかな。アルテナも心配している」

「……黙れ」


 怒りの炎が、強気な瞳に燃え上がる。

 女魔術師が短剣を抜いた。痛みでうずくまっていたレンは、ぎょっとする。ここは教会の中だ。武器を抜いていい場所ではない。

 だが、暴走といってもいい女魔術師の行動は止まらなかった。


「抜きなさい」

「できないよ」

「なんでよ……」

「家族だから。妹に、武器なんて向けられない。当たり前だろう」

「家族?」


 鼻で笑う。


「お母さんの葬儀の時だって帰ってこなかったくせに、家族?」


 言い訳は、なかった。


「ごめん」


 勇者は何一つ飾ることなく頭を下げた。


「いくら詫びても、足りないことくらいわかってる。でも僕にとって、最後に残った大事な大事な家族なんだ。だから、帰ってきた」

「――っ!」


 激情が、弾けた。

 瞳の中で雷がはじけたような激しい感情の発露。いまにも爆発しそうに全身が震えている。

 だが女魔術師が暴発することはなかった。

 何も言わずに短剣を鞘に納め、踵を返す。

 勇者は、追わなかった。

 彼の胸には諦めと、後悔と、寂寥があった。自分に追う資格はないと、足を止めた。

 レンは、追った。


「先輩!」


 痛みを忘れて立ち上がって、何も考えないで一目散に。

 その真っ直ぐな背中に、勇者は眩しげに目を細めた。







「先輩。待ってくださいって、先輩!」

「うるさい。ついてくんな」


 神殿からの帰り道。追いすがるレンを、ずんずん進む女魔術師は邪険にする。

 ついてくるなもなにも、帰る家は一緒である。道は一緒だ。

 だが女魔術師の口舌に容赦はない。


「裏切り者。スパイ。コウモリ野郎。最低ね。なに? あたしの情報を『勇者様』に流してたってわけ? 死ね」

「そんなことしてませんよ。先輩が勇者様の妹さんだなんて知らなかったんです。勇者様とは、本当に先輩と関係ないところで知り合って――」

「うるさい。うるさいうるさいうるさい」


 女魔術師が勇者の妹であることは隠されている。母親のことがあったから、彼女自身の身を守るための処置だった。だからレンが知らなかったというのは事実だろう。そんなこと、女魔術師だって承知している。

 もはや理屈ではなかった。

 感情が暴れていた。理性では止まらない気持ちのまま歩いていく。悪い癖だ。女魔術師自身、分かっている。いったん感情的になってしまったら収まりがつかなくなるのがよくないなどということは、自分が一番よく知っている。

 レンがしびれを切らしたように、肩に手を伸ばす。引き止めるために、そっと肩に手を置く。


「だから話を聞いてください――ッ!?」


 出しかけたレンの言葉が、詰まって途絶えた。

 女魔術師は、泣いていた。

 引き止められた振り向きざま、女魔術師の肩に置いたレンの手の甲に涙がこぼれる。


「……見るなぁ」


 レンは、とっさに顔を逸らす。

 その隙に掌で裾の布を掴んで、自分の涙を乱暴にぬぐう。それでも収まらずに、ぽろぽろと流れる。ひくと喉がしゃくり上げる。やだ、と思っても抑えは利かず、女魔術師は裾の布に涙を吸わせ続ける。

 女魔術師の、泣き声をこらえる嗚咽だけが静かに響いた。

 レンは何も言えずに、固まってしまう。

 どうしよう。どうすればいいのか。泣いた女の子の対応なんてわかるはずもなくおろおろして、ふと気がつく。

 女魔術師を追っているうちに、レンたちは公園広場に入っていた。

 昨日も見た『今日はおやすみ!!!!!!」という勢いよい達筆の看板が刺さっている。

 ふっとレンの中でやることが定まった。泣いている女の子の前で何をすればいいのかわからなかった心が、ぴたりと目的を定めた。

 抱えているのだ。

 ならここで、聞かなきゃいけない。ここは、そういう場所だ。

 直感した心のまま、レンは語りかける。


「……先輩。話してください」


 いま、奴隷少女ちゃんはここにいない。

 なら、自分が聞かなくてはいけない。聞いて――彼女を、全肯定しなくちゃいけない。

 奴隷少女ちゃんとは違うやり方でもいいから、畏れない彼女を見習って、一歩踏み込むのだ。


「なにが、あったんですか」

「ないわよ、なにも」


 ないわけがない。

 こんなに感情的になって、何もないわけがないのだ。

 聞かなきゃいけない。聞き出さなきゃいけない。だからレンは、顔を隠している女魔術師の手を取って、そっとどかす。強気な瞳からぽろぽろと涙をこぼす女魔術師の目を、しっかり見つめる。


「勇者様が、勇者になった時に、何かあったんですか」

「ないって言ってる、でしょ」

「そうですか。あるんですね」

「話きけ、ばか……」

「聞きます。いくらでも聞きます。だから話してください」

「うっさい。いいから、ほっといてよぉ……」

「嫌です。いいから、話してください」

「……ばか」


 うるり、とまた涙がにじんだ。力を抜いた女魔術師が前のめりになって、ぽすんと顔をレンの肩にうずくめる。


「肩、貸しなさい」

「はい。お返しに話してください」

「……ん」


 諦めたように女魔術師は、話し出す。

 彼女の昔話。自分の兄が勇者になった時。母親が、殺されたこと。その時にすら帰ってこなかったこと。

 ぽつぽつとこぼすように語られたのは、彼女の視点からの勇者の話だ。レンが知っている勇者の英雄譚とは筋は同じなのに、まったく印象が違った。


「そう、なんですか」

「そうよ。だから許せなかった、許せなかったのよっ」


 女魔術師はレンの胸倉の布を握る。

 歯を食いしばった気配が、肩から伝わってきた。


「わかります。でも勇者様もきっといろんな事情があって――」

「わかってるわよ。そんなこと」


 何かを言おうとしたレンを、女魔術師を遮る。

 たぶん勇者は、自分の母親が殺されたことすら、知らされていなかった。彼が家族を殺されたと知ったのは、きっと革命が終わった、さらにその後だったはずだ。女魔術師は、薄々それを悟っていた。


「あたしが憎かったのは、聖剣よ。勇者よ。あの子人を、お母さんの葬儀にすら来させなかった勇者っていう立場が、憎いのよ……!」


 誰にも言わなかった。女剣士にも、秘蹟使いのリーダーにも告げなかった。

 大好きだった兄を恨むには、彼女は優しすぎたのだ。一度好きになった人を恨むには、彼女は情が深すぎたのだ。

 だから彼女が恨んだのは、兄を勇者にした、人々の願いだった。


「自分じゃできないからっていう他力本願で生まれた聖剣が憎かった! 何が『人々の願いが生んだ一本の聖剣』よッ。ねえ!?」


 感情が昂った女魔術師が、どんとレンの胸に拳を叩きつける。

 この国の、多くの人々が願ってできた、一本の剣。それを、一人の少女が望まなかった。


「誰かが勇者の話をするたびに、あたしのお母さんを殺したのはお前らだって言ってやりたかった! お前らが生んで称えてる聖剣は、あたしからお兄ちゃんを引き離した呪いだって! あんなもののせいでお母さんが殺されて! お兄ちゃんが、帰ってこれなくて!! どんな思いをしたかわかってんの!? ねえ! なんで美談にしようとしてんのよ!! あたしの家族が、壊れちゃったのにッ!! それが、そんなに楽しいの!?」


 激しい言葉で、女魔術師は勇者を願ったすべての人々を罵る。


「見ないふりしてっ。善人の面をしてッ。被害者みたいな顔をして! 何で楽しんでるのよ!! あたしはっ! あたしも、お兄ちゃんも、お母さんも!! あんたたちの慰めになるために生まれて来たんじゃないわ!! 自分たちのために生まれてきたのよッ! お母さんは死にたくなんてなかった! お兄ちゃんは引き裂かれたくなんてなかったっ! あたしは残されたくなんてッ、なかった!!」


 誰も彼もが他力本願で憎たらしかった。だから彼女は自らで戦うための手段を学んだ。奇跡を、秘蹟を嫌って魔術を追い求めた。

 強くなるために。

 聖剣なんてものいらなかったんだって、勇者なんて立場はなくても人は戦えるんだって、自分の身一つで現実に抗えるんだって、この国のすべての人々に思い知らせるためにダンジョンに潜って。


「だから強くなってやるって、この国には勇者なんかいらないくらい強くなってやるって! あたしは!!」


 大声で、勇者の妹になってからずっと嫌だったことを全部吐き出す。

 気の強い目元に涙をためて、託すことしかしなかったすべての人々を罵って、自分が強くなろうとした理由を叫ぶ。


「聖剣を抜いただけのお兄ちゃんを勇者にした奴ら全員の願いを、無駄にしたかった!!」


 あまりの激しさに、レンは何も言えなかった。

 肯定してしまえばレンが憧れた話を否定することになるから。

 安易に肯定すれば、ただの薄っぺらいだけの慰めの言葉になってしまうとわかったから。

 奴隷少女ちゃんみたいにできない自分が情けないくて、肩を貸すことしかできなかった。

 勇者の前に立ちあがった人はいた。行動を起こした民衆はいた。

 そのすべては、皇帝の玉音によって砕かれた。

 聞くものすべてを平伏させる声。国土すべてに行きわたる秘蹟。純粋な奇跡に最も近い皇帝はどうしようもないほど強力で、対抗できるのは一本の聖剣しかなかった。

 そんな決まり事を、ひっくり返してやりたかったのだ。

 ざまみろって、お前たちが黙って願ってる間に、自分がやってやったんだって言いたかった。


「なのに、あたしは……」


 強く張っていた女魔術師の声が、震える。

 彼女は間に合わなかった。女魔術師が何かを成すよりも早く革命は終わり、皇帝は倒された。

 人々の、願った通りに。

 そして数年の時を経て、勇者は自分の意思で聖剣を返上しこの都市に帰ってきた。

 目的だけが宙ぶらりんになった彼女は、言えなかったのだ。

 おかえり、と。

 素直に言うには、兄妹の間にはあまりにも時間が経ち過ぎていた。


「……わかってるのよ」

「なにが、ですか」

「あたしが、間違っていることくらい」


 イチキに、彼女の力が才能だって言われた時に気が付いていた。

 自分は、決して勇者に及ぶことはない。皇帝の秘蹟になんて、夢のまた夢だ。結局、子供わがままのまま無駄なことをしたのだ。そんな子供のわがままですら、秘蹟使いのリーダーや女剣士がいて、彼らに守られていたからこそ成り立っていた。

 だから、自嘲する。


「バカみたいよね」


 自分も、ただ願うべきだったのだ。勇者に、お母さんの敵をとってくれって願いを捧げて、祈ればよかったのだ。そうすれば、きっと勇者が帰って来た時に、妹らしく笑顔で言えたはずなのだ。

 おかえりなさい、って。

 でも、できなかった。

 そんな性格じゃ、なかったから。


「あたしって、ほんとにさ。無駄に意地張ってばっかの、大馬鹿よね」


 女魔術師は諦めたように、自分のかわいげのなさをバカにする。


「……っ」


 それは違うと思った。彼女の過去についてなにも言えなかったけど、終わってしまった話については何も言えなかったけど、

 だからレンは、女魔術師の肩を掴んで声を張り上げた。


「間違ってないっ!」

「え?」

「先輩は、間違ってなんかない!!」


 目を丸くした女魔術師は、ついっと視線を逸らした。そしてまた、諦めたように薄ら笑いを張り付ける。


「なんで。やめてよ、あたし知ってるのよ。あんた、勇者の話に憧れてたんでしょ。だから慰めなんて――」

「慰めなんかじゃない。だって俺は、先輩を見てたから!」

「――へ?」

「この都市に来て、先輩にバカにされたのが悔しくって、でもそれが奮起するきっかけだった。こなくそって思って、それで勢いをつけてから! 一年だけ先に冒険者になった先輩がすごいって、俺はそう思ってた!」

「……あ」


 女魔術師の顔から、諦めたような薄ら笑いが消えた。

 ぶるりと、爪先から頭のてっぺんに震えた。

 目が、潤んだ。吐いた息が熱かった。認められた嬉しい気持ちが体になって、胸の快感が跳ねる心臓に乗って全身を巡った。


「間違って、なかったのかな」

「間違ってない」

「無駄じゃ、なかったのかな」

「無駄じゃない」

「そっか」

「そうだよ」


 一歩、もとからなかったような距離を、女魔術師がさらに詰めてきた。


「名前」

「え?」

「名前で、呼んで」


 女魔術師の、名前。

 もちろん、知っている。

 請われたレンは、彼女を呼ぶ。


「……ミュリナ」

「うん」

「ミュリナは、間違ってない」

「もっと」

「ミュリナのやってきたことは、無駄なんかじゃない!」

「まだ。もっと」


 レンの胸板に体重を預けて、女の子の手でレンの胸板にそっと添わせて、ミュリナはねだる。


「足りない。もっと、認めて。間違ってないって、言って。あたしは無駄じゃなかったって叫んで。ミュリナはすごいって、褒めて」

「ミュリナは間違ってなんかない!! ミュリナはすごい!」

「そうよね……。あたし、すごいわよね。だって、同世代の冒険者じゃ、頭一つ抜けてるし」

「そうだよっ! そんなミュリナが間違ってるわけ、ない!!」


 レンは知っている。

 ミュリナがどれだけ強いのか。努力しているのか。

 嫉妬するくらいに、ミュリナはすごいのだ。

 そんなミュリナを、彼女自身に否定して欲しくない。


「だって、目指していたんだ!!! 俺はミュリナみたいになりたいって!!!! 一つ年下なのにすごい人がいるって!!! 比べて情けない気持ちになることもあったけど、ミュリナがいるから俺はずっと前を目指せた!!!!」

「……ふへへ」


 ミュリナが、笑ってくれた。

 緩んで、緩み切った幸せそうな笑顔を見えてくれた。それが、レンにとってもうれしかった。

 ミュリナは、ずっと強くあろうと拳を握りしめていたのだ。レンが、ただただ祈っていた時も、涙をこらえて自分を磨き続けたのだ。

 一歳年下の、女の子が。

 自分よりずっと強い、そんなミュリナの弱さを受け止めたいと思ってもっと肯定しようと思って、でも、次に口をついて出たのは違う言葉だった。


「ごめん」

「なんで謝るの」

「俺も、勇者に願った一人だったから」


 ひどい時代だった。

 今はなくなった皇国。この国の前皇帝の時代を、誰もが口をそろえてそう言う。

 都市に住んでいる人も、町に住んでいる人も、村に住んでいる人も、どんな職業の人も。

 レンがミュリナの料理が好物だと言ったのは大げさでも何でもなく、地方の村で育ってレンではロクなものを食べられなかったからだ。それでも餓死者が出ない程度に食べるものがあるだけ恵まれていた。

 すべての土地と富を国有化し、均等に配分しようとした時代。

 無理な話だ。何を考えていたのか、いまとなっては真相は闇の中だ。理想に燃えていたのかもしれない。貴族の土地を接収するまでは民衆に支持されていて、それから後はすべてがひどかった。

 日照りの飢饉があった。国はなんの対応もできなかった。ただ土地を接収した口実になった。配給は滞った。地方の村から先細るように国が飢えて、訴えは棄却され、行政への暴動は玉音で鎮められた。それなのに犯罪は抑えが効かず、国は荒れに荒れた。

 皇帝が何を考えていたのか、誰一人わからなかった。

 そんな時代だった。

 そんな中で、自分たちの願いが生んだ聖剣を振るう勇者の活躍は、あまりにも心躍った。彼の悲嘆は慰めだった。彼ならなにを犠牲にしてもやってくれると願っていた。

 彼にだって家族がいるのに。

 そんなことに思い至らなくて勇者の英雄譚に夢を見て、そのままこの都市に来たのがレンだった。


「だから、ごめん」

「……ばか」

「ごめん」

「許さない」

「……ごめん」

「言葉だけじゃ許さない。……だから」


 レンに寄り添うミュリナが、瞳を上げる。


「ぎゅってして」


 胸元から、上目遣いで。


「昨日、助けてくれた時みたいに。そしたら、許してあげるから」


 甘く、ねだる。

 抗えるわけが、なかった。

 レンはおそるおそる、肩に手を回す。ミュリナの柔らかに戸惑いながら、傷つけたりしないようにそっと抱く。


「もっと」

「は、はい」

「もっと強く」

「これくらい、ですか」

「うん。そのまま」

「……はい」

「このまま、もっと、ぎゅーって。ミュリナって、呼んで」

「……わかった、ミュリナ」

「……ふへへ」


 公園広場で請われるままに、一人の少年が少女を抱きしめた。

 ぎゅーっと。

 力を込めて、でも、大切に。彼女の名前を呼んで、ミュリナが満足するまで。

 ずっと、ぎゅーっと。

 請われた通りに、抱きしめ続けた。

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