チンピラは全否定・後編




「奴隷少女はお悩みな人を全肯定するために存在するの!!!!! なのに何を勘違いしてるのよ!!!!!!! なんだこれはこっちのセリフなの!!!!!!!!!」


 はっきりとした発声だが、いつもの快活さはない。怒りと嫌悪の感情が直接心に響いてくるような声だ。さらには、先ほど見せた唾を吐くジェスチャー。いつもの奴隷少女からはまるで想像できない所作だ。


「全肯定の意義は積極的に相手を認めて励ますところにあるの!!!!!! そこをはき違えないで欲しいのよ!!!!!! 相手から全肯定されることと相手を好き勝手することは、まったくもって別次元のことなの!!!!!!! それがわかったらとっとと消え失せるの!!!!!」


 声だけではない。全肯定の時はすべてを受け入れるような明るい表情なのに、いまの彼女はこの世のすべてを憎むような顔になっている。

 名実ともに全否定。いまの奴隷少女は目の前をチンピラを道端で干からびたゴキブリより低俗な存在だと見下している。


「な、なに言ってんだ……? 俺は客だぞ!? そんな口利いていいと思ってんのかァ!」

「客!!??!!???!! 言語が通じないのに言葉がしゃべれる猿はこれだから困るの!!!!!!!!!」


 チンピラの脅しにも奴隷少女はひるまない。むしろチンピラの胴間声が薄っぺらく聞こえるほどの勢いで押して押して押し流す。


「女性の尊厳のかかった十分間をたかが千リンで自由にできるわけがないの!!!!!! 普通に考えれば判断できることが分からない低能が人間を気取って、ましてや客を自称するなんてびっくりなのよ!!!!!!!! 下半身の熱暴走で脳みそが腐ったとしか考えられない思考回路なの!!!!!! 知性のないサルが言語を振り回すのはやめて欲しいのよ!!!!!!! あなたみたいなのの喩えに使われる野生のお猿さんがかわいそうなの!!!!!!!」

「は、はぁ!? 女がそんな看板持ってりゃ、売りやってんだろって考えるのが普通だろうが!!」

「そんなわけないの!!!!!!!!!!!!!!! 自分の勘違いを他人のせいにしようとするだなんて責任転嫁も甚だしいの!!!!!! 逃げに逃げて押し付けて、自分に何も負わずに生きてきた薄っぺらい人格なのね!!!!!!!」


 奴隷少女は一際大きく叫んで、深呼吸。

 そして、目を白黒させているチンピラに向かって再び声を解き放つ。


「全肯定奴隷少女に声をかけてくる普通の男女は、まず奴隷少女が何をしている人なのかを聞いてくるの!!!!!! その証拠に、いきなり勘違いして一方的にお金渡そうとするのは残らずあなたみたいに品性下劣な顔面をした男だけなの!!!!!! いきなり下劣な自己判断を押し付けてきた自分の顔面がどれだけ性欲に支配されているのか鏡を見て自覚してほしいのよ!!!!!!!!! ぺっ!!!!!!」

「こ、っんのクソアマぁ! 調子に乗ってんじゃねえぞ!!」


 二度目のつば吐きジェスチャー。奴隷少女の闊達な罵詈雑言に、とうとう耐えきれなくなったのだろう。頭に血を上らせたチンピラがつかみかかっていく。

 まずい。助けなくては。

 事ここに至っては、逡巡する余地などない。レンは奴隷少女を助けるべく、最近覚えた肉体強化の魔術を発動させようとする。

 しかし慌てたせいか肉体強化の魔術に失敗してしまった。

 くそっ、なにをやってるんだ自分はと歯噛みをする。

 だがそもそも、奴隷少女にレンの助けなど必要はなかった。


「調子に乗ってるのはあなたのほうなの!!!!!!!!!」

「ぉぐわっ!?」


 奴隷少女がプラカードを斧のようにして振り回す。

 白塗りのプラカードは、細腕で振るわれたとは信じられないほどの威力でチンピラに直撃して相手をよろめかせた。

 信じられない、とレンは目を開く。

 あれは近接魔術だ。最近ようやく近接魔術を身につけつつあるレンにはそれが分かった。

 手に持っているプラカードの強化に、肉体性能の上昇。あの一瞬での発動は、レンとは比べてものにならないほどの熟練度の近接魔術だ。

 奴隷少女の発動させた魔術にチンピラも気が付いたようだ。


「て、てめえ! 近接魔術が使えるのか!?」

「奴隷少女だって自衛くらいするの!!!!!! 暴力を振るおうとした分際で反撃がないとでも思ったの!!!!??!!? 自分にとって都合のよい未来しか想像しないから、あなたは脳みそ万年発情期なの!!!!!!!」


 さらにプラカードをもう一振り。滑らかな攻撃は、明らかに手慣れている。

 チンピラの足をすくうように振るわれたプラカードにより、スキンヘッドの大男は成すすべなく地面に転がる。

 勢いよく地面に倒れ、人が転がる鈍い音を立てる。

 いまの奴隷少女に慈悲はない。つるりとそり上げたハゲ頭を、奴隷少女は躊躇なく踏みつけにした。


「どう!?!!??!! 地面と仲よしこよしになってちょっとは頭が冷えたの!!!!??!!? 自分の存在の卑小さがわかったのなら、これからは大地の雄大さを見習って生きるのよ!!!!! わかったら大きな声でお返事するの!!!!!!!」

「て、てめぇ……!」


 スキンヘッドの大男は、見るからに力自慢で生きてきたような風体だ。それが華奢な少女に踏みつけにされるなど、屈辱の極みだろう。

 血管がブチ切れていないのが不思議なほど青筋を立てて全身を怒りで震わせる。


「不意をついたからっていい気になってんなよっ。近接魔術ぐらい、俺だって使えるんだよぉ……!」


 チンピラが肉体強化の魔術を発動させる。

 だが、起き上がれない。頭を踏みつけにする奴隷少女の姿勢は揺るがない。

 揺るがない奴隷少女の力に、チンピラは愕然と目を見開く。馬鹿な。こんなことはあり得ない。そんな混乱が彼の頭をかき乱す。

 そんな彼の様子をつまらなそうに見下ろした奴隷少女は、ほんの少しだけ相手を踏みつけにしていたかかとを浮かす。

 相手の起きあがろうとする力を利用して、先ほど大男が投げた千リン紙幣が相手の眼前に見える位置にまで誘導する。


「ほらっ!!!!!!! さっさとあなたがさっき落とした千リンを拾うのよ!!!!!!! あなたよりずぅっと価値がある千リンさんなのよ!!!!!!! 千リンさんに落としちゃってごめんなさいができたのなら帰ってもいいの!!!!!!!!!!」

「メスガキが……! 俺はあのカーベルファミリーの一員だぞっ。こんなことしたらファミリーが黙っちゃいな――」

「ファミリー!!??!!??! これはびっくりなの!!!!!! 女だから勝てると思って暴力に訴えようとしたくせに、負けそうになって出てきた言葉が『ファミリー』!!!???!!? これは救いようがないの!!!!!!!」


 反省の色など見せる気配のない男に、奴隷少女が再度プラカードを振り上げた。


「弱者には粋がって強者におもねる自分勝手なクズの見本!!!! 裏社会にすら存在価値がないゴミクズとはあなたのことなの!!!!!!! ここで滅するのが社会のためというものなのよ!!!!!」


 踏みつけられたまま動けない相手を一切の手加減なしで蹂躙する。チンピラもなんとかしようとあがくが、圧倒的な戦力差だ。何もできずに叩きのめされる。

 プラカードで存分に殴りつけてから、最後に華麗に一蹴り。ぼこぼこにされたスキンヘッドの男は「覚えてろよぉ!」と見事な捨て台詞を残して立ち去って行った。

 害虫の卵を見つけた時の目つきでチンピラを見送った奴隷少女は、プラカードをくるりと回して、口元に寄せる。


『全肯定奴隷少女:1回10分1000リン』


 口元を隠した彼女の様子は、嫌悪の感情などなかったかのように霧散させる。傍目で見る分には、貫頭衣と革の首輪という服装が奇妙なだけの物静かな美少女に早戻りだ。


「……」


 目が合うと、いつも通り楚々とした顔でほほ笑まれた。

 レンは引きつった笑顔を返して、そっと帰路についた。今の騒ぎを目撃した直後で彼女に千リンさんを払う勇気は、さすがになかった。

 っていうか、自分は何をしにここに来たんだったか。そんな細かなことを忘れてしまうほどの衝撃だった。

 そしてもう一つ。

 自分が、情けなかった。


「はあ……」


 重いため息がこぼれる。

 結局、終始なにもできなかった。

 いざとなったら助ける? なに様のつもりだったのか。そのいざという時で失敗しやがったくせに。

 できると思っていたことを失敗した無様な自分が腹立たしかった。

 第一、広場に立つ奴隷少女や、そこらにいそうなチンピラですら使えるような魔術をかじっただけで何を戦える気になっていたのか。しかも、いざ助けに割り込もうと思ったら魔術の発動に失敗する始末。情けないにもほどがある。

 これでは、あの女魔術師に馬鹿にされても仕方がない。


「ええい! もっと、頑張んなきゃな……!」


 訓練で出来ていたことすら、実地では失敗したのだ。訓練で出来ないことが、実践でできるはずがない。

 ならばまだまだ、やることは山のようにある。どこでもどんな時でも使えるようにこの身に染み込ませるのだ。訓練を惜しまず、妥協を探らず、本当に自分のものになるまで鍛え続けるのだ。

 そうだろう?

 まったくもってその通りだ!

 自己肯定をして気合いをいれたレンは、ふと先ほどのやり取りが気になった。


「大丈夫かな。ファミリーがどうの言ってたけど……」


 もちろん、あの大男の嘘の可能性もある。自分の後ろ盾がどうこう虚勢を張るのは、チンピラの常とう句だ。

 だが本当だった場合、厄介なことになるのではないか。

 それだけが、少し心配だった。


「……」


 レンがちらりと肩口に振り返っても、奴隷少女は静かに微笑んでいるだけだった。

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