アニキさんの全肯定・前編


 その日、ダンジョンに突入する前に、レンはリーダーから剣を渡された。

 刃こぼれ一つない立派な長剣だ。安物でも中古でもない。鋳造でなく鍛造の刀身に、柄の握りまでレンの手に合わせた逸品だった。

 いままでは長物はかえって邪魔になるから、いざという時は走って逃げろと護身用の短剣だけを持たされていたレンは、見るからに新品の長剣を渡されて首を傾げた。


「なんですか、これ?」

「いや、なんですかって、お前な」


 きょとんしたレンの反応に、リーダーは苦笑した。


「お前もかなり頑張って、訓練でもさまになって来たからな。ぼちぼち、前にでてみるものいいだろう。その剣を持って荷物持ちをやりながら、徐々に魔物とも戦わせるようにするぞ」

「え? って、ことは、もしかして……」

「ああ。荷物持ちは卒業だ。この剣は、その祝いだよ」

「ッ!」


 思わぬプレゼント。そしてそれ以上に嬉しかったのはリーダーの言葉だ。

 認められた。自分のやったことが、自己満足で終わらなかった。じわじわと喜びが沸き上がってくる。その実感が弾けて笑顔に変わる。


「はい! 俺っ、俺ッ……これからも頑張ります!」

「おうっ、頑張れ! ただし調子には乗んなよ!」


 認められた。きちんと、見てくれている。自分は成長している。

 その嬉しさに浮かれたレンが鼻歌交じりにパーティーの荷物をまとめていると、自分の準備を終えた女魔術師に目を付けられた。


「は? なんで荷物持ちのあんたが長剣なんて装備してんのよ。荷物持ちにそんな大層なもんは邪魔でしょ、生意気ね。ほらボッシュー」

「ああ!?」


 どうやらレンとリーダーのやり取りを見ていなかったらしく、本当に長剣を取り上げようとする女魔術師に、慌てて抵抗する。


「ちょっ、待ってくださいよ! リーダーに装備していいって言われたんですよ! 今日から俺も前に出してくれるって! ていうかこれっ、リーダーからもらったんです! マジでやめてくださいって!」

「ふーん?」


 レンの訴えに、女魔術師は目を細める。

 まだなんか文句があるのか、と長剣を抱え込むレンに、女魔術師は肩をすくめた。


「そっか。ならいいわ」


 意外とあっさりとした返答だ。

 もっと何か言われると思っていたレンにとっては、構えていた分、肩透かしだった。


「あ、どうも……」

「そうね、感謝しなさい。ま、勘違いした私も悪かったわ」

「はあ、ありがとうございます」


 なぜかレンがお礼を言う流れにされつつも、やけに素直だなと首をひねる。

 探索用の荷物の準備も終わっている。どうせなら少し時間を潰すかと、レンは女魔術師に雑談を振った。


「そういえば先輩。カーベルファミリーって知ってますか」

「カーベルファミリーについて? なによ、いきなり」

「はい。なんか有名らしいですけど、俺、よく知らなくて。この町じゃ、常識レベルの知識なんですかね」


 チンピラとあの奴隷少女との一件。それが気になっていたのだ。

 だが女魔術師もさして興味がなさそうだった。


「さあ? 私も詳しくは知らないわよ。結構前からある、なんかお行儀のいいマフィアらしいってことくらいかしら」


 お行儀のいいマフィアとはいったい。

 存在からして矛盾している表現に納得できないでいるレンと、特に掘り下げるほど話題に対して興味のない女魔術師。そんな二人のもとに先輩冒険者が近づいてきた。


「お、なんだなんだ。カーベルファミリーについて興味があるのか、レン」


 会話に割り込んできて、がしりとレンの首に筋肉質な腕を回す。


「俺が詳しいから教えてやるよ。そうだな、まずは『騎士隊より厳格なる必要悪』は知ってるだろ」

「いや知りませんけど」


 レンが育ったのは田舎である。因習に近いものはあるが、やたらと仰々しい肩書を持った必要悪なんてものは聞いたこともない。

 だが『騎士隊より厳格なる必要悪』と聞いて、女魔術師があきれた顔になった。


「それって皇国以前からからあるおとぎ話じゃ……」

「ばっか、ロマンって言えよ。夢があるだろうが夢がよぉ!」


 女魔術師の渋面を流して、先輩冒険者はしたり顔で語り聞かせる。


「いいか、レン。カーベルファミリーっていうのは、この国の太古からある『騎士隊より厳格なる必要悪』から分派したマフィアなんだよ。『騎士隊より厳格なる必要悪』ってのは、いまはなくなった皇帝時代からある、この国の闇を支配する組織でな――」







 カッコいい、カッコいいじゃないか『騎士隊より厳格なる必要悪』。

 今日の冒険を終えたレンは、初めての魔物との実践と先輩から聞いた話の合わせ技によって熱に浮かされていた。

 先輩から聞かされたのは、手に汗握る裏社会の生きざまだ。

 悪をもって悪を討つ組織。決して表舞台に出ることはなく、堅気の人々に累が及ばないよう密やかに、しかし確実に国を守るのだ。『仁義』という独自の掟を遵守し、必要悪の規律をもって社会正義に貢献する。本来はあってはならない組織ながら、闇の内にて君臨して国を支える。それが『騎士隊より厳格なる必要悪』なのだという。

 十年前の皇帝打倒の革命で活躍した勇者のような英雄譚もいいが、今日聞かされたダークヒーローも男心をくすぐられる。

 それを聞かされたレンは、やっぱりと確信していた。

 カーベルファミリーというのは、時代に応じて『騎士隊より厳格なる必要悪』から分派した直参の組織だという。あんなチンピラが、その傘下の一員のわけがないではないか。

 しかし、やはりチンピラというものはやたらと『恥』だとか『逆恨み』だとかにしつこい人種である。

 報復に出ることはあるのでは?

 不安に駆られたレンは、奴隷少女の安否を確認するべく広場に向かった。カーベルファミリーの『仁義』なる概念を聞かされ、それに影響されていたというのも大きい。

 レンの懸念は、当たっていた。

 広場には、あのチンピラがいた。

 やはりというべきか、スキンヘッドの大男は単独でお礼参りに来たのではない。もう一人、男を連れていた。


「へへっ、覚悟しろよ……!」

「……」


 夜の公園の広場。

 奴隷少女の立つ場所に二十代後半の男を連れてきたチンピラはいやらしく笑いながら威勢よく吠えたてる。


「こちらのアニキはなぁ、十年前の革命でも暗躍したお方なんだよ。カーベルファミリーの中でも武闘派中の武闘派! てめえみたいなガキじゃ、絶対に敵わねえ方だ! ――アニキ! こいつが例の奴ですっ。シマ割りを守らねえで好き勝手しやがるガキですっ。とっちめてやってください!」


 まさしく虎の威を借るチンピラである。

 だがアニキと呼ばれた男は、確かにチンピラとは風格が違った。

 立っているだけで全身からにじみ出るすごみ。レンが遠目で見かけたことがある超一流の冒険者のような、えも言われぬ『格』が感じられるのだ。


「……」

「……」


 奴隷少女と男が、無言で視線を交わす。

 奴隷少女は、物静かな笑顔でにこにこしていた。

 貫禄のある男も、何も言わない。

 緊張が高まる中、アニキと呼ばれた男が動く。無言で財布から、千リンを取り出した。

 これは、全否定奴隷少女になるのか。

 レンはごくりと唾を飲む。

 まさかあんなチンピラが本当にマフィアの一員だったのか?

 いや、そうだ。なに先輩からのよもやま話を真に受けているんだ。『仁義』がどうとか、必要悪の規律だとか、あんなもの脚色されているに決まっている。マフィアなんてものは暴力的な社会の吹き溜まりの集まり。腐っていくのなんて、あっという間だ。

 レンは自分の単純さ、影響のされやすさに舌打ちする。

 まずい。なにがダークヒーローだ。今度こそ、奴隷少女の危機じゃなか。

 レンは奴隷少女とチンピラたちの間に割り込む決意を固める。大男の方はともかく、アニキと呼ばれた男にはまるで勝てるビジョンが浮かばない。ただ、敵わぬまでも、どうにか時間稼ぎの囮にはなれるだろうと覚悟を決める。

 そんなことをごちゃごちゃ考えるレンをよそに、奴隷少女は何も言わずに千リンを受け取った。

 その態度に、スキンヘッドの男が笑い声を上げた。


「へ、へへへ! そうだよ、そうやって利口にしてりゃ痛い目みることは――」


 金を渡した男も奴隷少女も、チンピラの言葉に何も答えない。

 奴隷少女は、すぅっとプラカードをどけ、口元をあらわにする。

 その瞬間ばかりは、スキンヘッドの男も含めてその場の全員の目が釘付けになる。

 顔の上半分だけでも美しい少女が、隠していた口元をさらす所作。夜明けのごとく徐々に光が増えて風景が明るくなる時間に似た期待感が胸を満たし、やがて、もったいぶることなく現れるのは想像を超える美貌だった。

 奴隷少女の口元があらわになる待望の時が終わると同時だった。

 アニキと呼ばれた男が膝をついた。

 千リンを受け取り、口元からプラカードをどけた奴隷少女に対して、地面に額をぶつけかねない勢いで頭を下げる。


「すいやせんでした!! 俺の監督不行き届きですっ、姐さん!」

「へえッ!!!!!!! まったくもってその通りなのよ!!!!!!! 全てあなたの言う通りだと思うの!!!!!!!!」


 土下座をするアニキさんの謝罪を全肯定し、あざとい笑顔な奴隷少女のどすの効いたハスキーボイスが響き渡った。

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