チンピラは全否定・前編



「クエストが入った」


 ダンジョンへの探索の日。

 レンも含めたパーティーメンバーを集めたリーダーが、ミーティングの開始にそう告げた。


「アカデミーから、とある人物の救出クエストが出された。戦闘の心得のない学者様がダンジョンに入ったらしい」

「あらあら」


 リーダーが告げたクエストの概要に、パーティーの切り込み役であるおっとりした女剣士が「困った人が出たわねぇ」という表情で相槌を打った。


「今日はそいつの救出クエストにあたることになる。戦闘はできるだけ避けて、広範囲をカバーしながらの探索になる。質問はあるか?」


 リーダーが問いかけるが、レンは救出クエスト自体が初めてだ。何を把握しておけばいいのかすらわからない。

 きょろりと他のメンバーの様子をうかがってしまったレンとは違い、すっと手を上げる者がいた。

 金髪で、育ちがよさそうなのに目つきはきつい少女。レンより一年早く冒険者になった女魔術師だ。


「学者がダンジョンに逃げ込んだということですけど、どうしてそんなことになったんですか? ダンジョンの危険性は彼らも承知の上だと思うのですが、なぜその人物はダンジョンに?」

「なんでもその学者様、自分の汚職が発覚しそうなタイミングだったとかでな。自分の立場が揺らいで錯乱した挙句、ダンジョンに逃げ込んだんじゃないかっていうのが向こうの見解だ」

「なるほど」


 リーダーの返答に納得したのか、女魔術師が手を降ろす。

 汚職が発覚する直前ということは、その学者様が犯罪者であるとはハッキリ言えない。犯罪者を捕らえるためではなく、あくまで遭難者の救出だというのが前提だ。

 女魔術師に続いて、よくレンの相談に乗ってくれる先輩冒険者がリーダーへ質問を投げかける。


「その学者さんの特徴はどんなんすか? 顔もわかんないと救出もクソもないんですが」

「一応、似顔絵はもらっているから後で全員に配る。どうにも学会でだいぶお偉いさんらしくてな。アカデミーじゃ錬金術師(アルケミスト)の権威とかなんからしいが、知ってるか? お前、アカデミーの出だろう?」

「……はい」


 水を向けられた女魔術師はなぜか嫌な顔をしつつも頷いた。

 女魔術師の肯定に、リーダーが破顔する。


「おお、そうか! 救出任務で、相手の顔見知りがいるのは助かるな。本人確認の手間が省ける」

「訂正してください。あんな小太りハゲ、知り合いでもなんでもありません」

「……お前、そいつのこと嫌いなのか?」

「問題でも?」

「いや、個人の好き嫌いは自由だけどよ。これは仕事なんだから、相手がどんな奴だろうが手を抜いて見捨てたりすんなよ?」

「……当たり前です」


 そう言いつつも、女魔術師はつんとそっぽを向く。よっぽど嫌いな相手らしい。

 一方レンは、判明していく事件の概要を聞いて、はてと小首を傾げていた。

 アカデミー。錬金術師(アルケミスト)。汚職。ダンジョン。

 どこかで聞いた話のような、そうでもないような。

 考えこんでいるうちにミーティングは終わり、ダンジョンへの突入準備に入る。

 いつものように荷物持ちのレンは準備を進めながらも頭の中でひっかかる記憶を探っていると、険の強い目でにらまれた。


「ちょっと。なにぼさっとしてんのよ」

「あ、す、すいません。そうですよね」


 確かに荷物をまとめる手が遅れていた。

 くそ、嫁を目の敵にする小姑みたいに目ざといなと内心で毒づきつつも、余計なことを考えていいほどの余裕がレンにもないのは事実。アカデミーなど自分とは関係にない世界のことだ。深く考えることもなく、肩をすくめて頷いた。


「そう言えば、今回のクエストの救出対象と顔見知りなんですよね」

「……だから?」


 雑談を振っただけだというのに、切れ長の瞳でぎろりと睨まれた。

 なんでこう喧嘩越しなのかなぁっ、と思いつつも、そんな本音をぶつけられるほどの勇気はレンにはない。


「あ、いや、なんかお偉い先生らしいですし、アカデミー卒の先輩に、なんか影響あるのかなぁ、とか。ははっ」

「別に私には関係ないわよ。もう卒業したんだし」


 我ながら情けなく取り繕って笑うレンに女魔術師は、ふんと鼻を鳴らす。


「それに汚職が発覚したハゲ、立場を使って女学生にセクハラを強要してたとか、自分の助教授の論文をパクッてとかいう噂があったし、ざまあみろって感じね。助けなきゃいけないのは嫌だけど、失脚してくれて清々するわね!」








 いや、今日のやつって、ついこの間聞いた話じゃね?

 レンの思考がそこに結びついたのは、冒険が終わってからだった。

 救出クエストは、地下何層にも広がるダンジョンの中でも素人が何の考えもなく歩き回りそうなところ、あるいは犯罪者がよく隠れ蓑にする地帯を中心に調べ、無事発見、確保することができた。

 汚職をしていたいうハゲは、ダンジョンでよっぽど恐ろしい目にあったらしい。だいぶ混乱しているようで支離滅裂な言葉しか口走っていない状態だったが、依頼主への引き渡しも無事すんだ。そうしてクエストを終え、解散となって夜道を歩いていた時に、レンは気が付いたのだ。

 今回のクエストの概要が、奴隷少女に相談していた内容とぴたりと一致する。


「……偶然?」


 まあ、ありえないことではないだろう。汚職がどうのこうのというのは、レンがたまたま横で聞いてしまっただけだ。あるいは、奴隷少女に元気づけられたあの青年が勇気を出して告発したのかもしれない。そして、話の記憶が色濃く残ったこのタイミングでハゲ学者の汚職が発覚。錯乱した教授がダンジョンに逃げ込んだ。

 うん、いかにもありそうな話だ。

 まさか本当に天罰が下ったわけではあるまい。ただ少し都合がよすぎるのではないかと思ったのは、レンの考え過ぎだろうか。汚職が発覚するまではいいとしても、ハゲ教授がダンジョンに飛び込む流れが変な気がするのだ。

 そんなことを考えてしまったからか。レンの足は自然と例の広場に向かっていた。

 どうせなら、彼女に聞いてみるか。千リンを渡して、愚痴を聞いてもらうがてら、くだらない妄想をしたと笑い飛ばしてもらえばそれで解決だ。

 何かを聞き出そうというより、胸に湧いたもやもやをすっきりさせたいという気持ちでレンは木々に囲われた広場にたどり着く。

 広場の中心で貫頭衣を着てプラカードを持っている奴隷少女の前に、スキンヘッドの大男が近づいているところだった。


「ああん? なんだてめえ、変な恰好しやが――あ、いや、へへっ。なんだ立ちんぼか」


 いかにもチンピラといった雰囲気の大男である。

 奴隷少女を見て不審なものを見る顔になった大男は、プラカードから上半分あらわになっている美貌を見て何を早合点したのか。口元をにやけさせ、嫌らしい笑みを向けた。どうやら奴隷少女を性風俗の一種だと思ったらしい。


「へへっ。ここら辺には近づくなって言われてたけど、なんだよ。もしかして、あんたアニキのお気に入りかなんかか?」

「……」

「しかも十分千リン? やっすいな、おい。あんたなら十倍でも列が並ぶと思うんだがな」

「……」

「ま、いいか」

「……」


 失礼な言葉を投げつけられても、奴隷少女は楚々と微笑んで無言のままでいる。

 男が尻ポケットから財布を取り出し、千リン紙幣を足元に投げる。


「ほらよ。金だ。拾えよ」

「……」


 わざと千リン紙幣を地面に落とした大男が、ニヤニヤと嫌らしく笑う。

 外野で見ているレンが思わず殴りたくなるようなひどい態度だ。いや、本当に奴隷少女に手を出そうというなら殴ってでも止めに入ってやる。こちとら近接魔術を覚えつつある冒険者だ。いかにも喧嘩慣れしたチンピラ相手でも、怖気づかないだけの度胸はついている。

 割って入る決意を固めた、レンは事態の推移を見定める。

 奴隷少女に追い払われておとなしく返るなら、それでよし。そうでないなら、喧嘩騒ぎになろうとも自分が止めるのだ。


「お前がそれを拾ってから十分間、俺はおまえのご主人様ってわけだな。くへへっ」

「……」


 舌なめずりをする大男に対して、奴隷少女の清楚な微笑みは崩れない。

 彼女は楚々と微笑んだまま、無言でくるりとプラカードを裏返した。


『全否定奴隷少女:回数時間・無制限・無料』


 裏のプラカードには、そう書かれていた。

 裏返されたプラカードの文句を、奴隷少女は目の前の相手に見せつけるようにして突き出す。自然、プラカードは口元から離れて彼女の艶やかな朱唇があらわになる。

 スキンヘッドの大男は怪訝な顔をした。


「ああ? なんだこれ――」

「なんだこれではないの!!!!! あなたみたいなカスに話しかけられるなんて、とっても気分が悪いのよ!!!!!! ぺッ!」


 チンピラの声をさえぎって、どすの効いたハスキーボイスが広場に響いた。

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