8月6日に思いを寄せて
猫田 まこと
第1話
「うーん。やっぱり、ぐちゃぐちゃじゃねぇ」
私、服部ひなは、上手く折れなかった折り紙を手に独りごちる。今日は夏休みの登校日。だけど、もう皆帰るか、部活に行くかして、教室内は、私一人だ。
私は、幼馴染兼はとこ兼彼氏が、部活を終えるまで待つ間、折り紙を折っていた。
今朝、お昼を買うのに寄ったコンビニでみつけた折り紙。今日が、あの日だって思い出して買ったんだ。
広島から離れても忘れない。ううん。忘れちゃいけない日なのに、今年に限って、今朝まで忘れてたんだ。
「ひな
部活を終えた
「んーだって、今日、8月6日。広島原爆の日じゃん。じゃけ、折り鶴折りようたん」
「ああそれで。そいや、ゆう子ちゃんの命日じゃったね」
「うん、そう。懐かしいね。子供の頃、6日が近づくたんびに、ゆう子ちゃん家で折り鶴折ってさ。一杯のお水と一緒に仏壇にお供えしよたね」
「ほうじゃね」
私のいう『ゆう子ちゃん』というのは、私のお祖母ちゃんの姉だ。彼女は、二十歳の時、広島で被爆した。原爆が落ちた時、彼女自身は怪我を一つしなかったらしいが、同居していた3歳の甥っ子を亡くしたそうだ。
そのゆう子ちゃんも、昨年の8月6日の朝92歳で亡くなった。
「ゆう子さんさ、亡くなる前、『あんたらが、ピカドン(原爆の事)の事伝えてくれんといけんのんで。ピカドンの事は誰も忘れたらいけん。たった一発でようけぇ(沢山)の人を殺す爆弾は、つこうたらいけん(使ったてはいけない)って世界中の人に伝えるんは、あんたら若あモンの役目じゃ。ええの。忘れたらいけんよ』って言うとったね」
仁は、そう言うけど、私はすっかり忘れてた。
「でも、今朝まで忘れとった。ゆう子ちゃんあの世で、怒っとるかも」
「でも今朝思い出したんじゃろ。ゆう子ちゃんが、思い出せたんじゃないんね」
「かもね。それにしても、なんでゆう子ちゃん。『ゆう子ちゃん』っとて呼ばせとったんじゃろ?」
「なんでも、甥っ子さんがそう呼んでたらしい。その甥っ子さんを忘れたくなくて、そうゆう子ちゃんって呼ばせる理由なんじゃと」
「ほうなん」
私は、さっき失敗した折り鶴を一度広げて折り直す。仁も隣の席に座り、折り鶴を折り始めた。
家に帰ったら、いつものように一杯のお水と一緒に供えよう。
お水を欲しがって亡くっなったゆう子ちゃんの甥っ子さんの為に。
そして、世界の平和を願って。
8月6日に思いを寄せて 猫田 まこと @nekota-mari
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