私の小さな嘘
原ねずみ
私の小さな嘘
それは卒業式の日のことだった。高校生活最後の日。式も終わって、私は、講堂の、埃っぽい外階段に一人座っていた。友達はお世話になった先生のところに行っていて、帰ってくるのを待っている。
中庭は卒業生と在校生で賑わっていた。別れを惜しんではしゃいでる。写真を撮ったり、贈り物をしたり。私はそんなに友達が多いほうじゃないから、それをぽつんと見てる。
そこへ彼女がやってきた。同じクラスのFさん。華やかで綺麗な人。女子って、タイプによってグループが見事に別れちゃうから。Fさんは目立つグループの女子。私は地味グループ。話したことなんて、ほとんどなかった。
一体何の用なんだろうと身構える。Fさんについてはちょっと、思うところがなくもない。実は私には片思いの相手がいたのだ。M君っていう、サッカー部のイケメン。彼が好きだってことは誰にも言わなかったけど、でもすごく好きだった。けれども、そのM君とFさんが付き合うことになって。イケメンと美人でお似合いの二人だねって友達が言うのを、自分の気持ちをずっと隠してきた私は、この世の終わりみたいな気持ちで同意した。でも二人は一年ほど後に別れちゃった。理由はよく知らない。
近づいてきたFさんは、私に言った。実はあなたと話がしたかったんだ、って。どういうことだろう。実はM君は私のことが好きだったとか……? 期待したけど違った。あなたの絵が好きだったの、ってFさんは言った。
私は美術部で、絵を描くのが趣味だ。文化祭で展示したいくつかの絵を、海の絵を、飼い犬の絵を、Fさんは褒めてくれた。細かいところまでよく見てくれて、なんだかこそばゆくなって、嬉しくなった。絵を描くのは好きだけど、プロになるほど上手くないから。気付いたら私はFさんに言っていた。
「私も……Fさんと話がしたくて」
嘘。そんなこと思ってなかったけど。敵だと思ってたけど。
「……Fさんって美人で明るいから憧れるっていうか、ほら私は地味で暗いし……」
はは、と笑う。Fさんは笑顔で、そんなことないよって、言ってくれた。
5分ほど、他愛もない話をして、Fさんは去っていく。背を向けて颯爽と歩いていく。その後ろ姿まで美しい。後には私一人が残された。
視線を落とし、くすんでくたびれた、自分の靴を見る。私ってちょろい奴なのかも。ちょっと褒められたくらいで舞い上がちゃって。憧れてる、なんて大嘘。媚びたこと、言っちゃった。でも、ほんとは、心のずっと奥の方では、ちょっぴり、ちょっとくらいは……。
目を上げる。中庭の喧噪は続いていた。でも、Fさんの姿はもうどこにもなかった。
私の小さな嘘 原ねずみ @nezumihara
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます