最後の五分間

第1話

 ここに、零戦、と通称で呼ばれる戦闘機がある。


そいつは素晴らしい旋回性能と長い航続距離、強力な武装を持ち、瞬く間に大東亜戦争の各国の戦闘機の中でトップに君臨した。


だが、戦局の悪化に伴い新鋭機に圧倒され続けて、最終的には特攻機として使用され、胴体に250キロの爆弾を搭載しているそいつは、他の爆装した零戦と共に沖縄の空にいる。


その零戦に乗っている20代前半の肌艶を持つ或る航空兵は、沖縄の空の下、米艦隊の放つ砲弾が交差する中にいる。


(俺はこれから死ぬんだ……!)


砲弾の飛び交う戦場、目の前にいる敵艦――その航空兵は、ふと、操縦席につる下がっている布製の人形を見つめる。


『この人形は貴方の代わりに死んでくれる』


――そんな非科学的な迷信を信じた、その女性は、その人形をせっせと夜なべをして出撃する航空兵に向けて作り上げた。


(吉江……今すぐ君の元へと俺は行くぞ……!)


人形と共に置かれた写真には、三つ編みにした髪を垂らしている、花柄の着物を着た、そこそこ美人の20代の女性が写る。


吉江と呼ばれる女性は、当時明確な治療方法が確立されていない肺結核に罹り、治療薬がないままサナトリウムに入れられて、どす黒い血を部屋一面に吐いて、まだうら若き人生を閉じた。


コクピットに足る下がっている人形は、吉江が亡くなる直前、彼が出撃する一週間前に作り上げたものである。


(吉江、お前のいる場所は暗くて寒いだろう、今すぐ俺は君の元へ向かうから、少し待っていてくれ……!)


彼は、必死の思いで操縦桿を握り締める。



コバルトブルーの空の色が変わる程に、彼だけでなく他の若者達の乗る零戦に向けられて護衛艦や空母から放たれた砲弾は、情け容赦なく、薄っぺらい超々ジュラルミン製の機体をこれでもかと抉る。


「うっ……!」


弾丸の破片が頭を掠めたのか、彼の頭から血が流れ落ちる。


他の特攻機はもういない、全てが撃ち落とされた為だ。


主翼からは火が出始めており、今すぐに脱出して捕虜になれば助かるのだが、彼にはそんな選択肢は無い。


(こいつを沈めれば、日本は救われるんだ……!)


目の前に見えるは、零戦の天敵ともいえる、F6FやF4Uを搭載した大型の航空母艦が護衛艦と共に砲弾を放ちながら、彼を狙っている。


「吉江! 俺は確かに君を愛していた! 今から君の元へと行くからな!」


刹那、彼の目の前が、色鮮やかに赤く染まった――


とある米空母艦は、沖縄へと航行中に、数機の爆装した零戦の攻撃を受けた。


その内の一機の零戦は、驚くべき操縦で弾丸をかいぐぐり、母艦に体当たりする直前で、護衛艦が放つ砲弾が爆弾に当たり、爆発四散した。


それは、彼等が特攻攻撃を受けたほんの5分間の出来事である。


零戦のガソリンの油と特攻隊員の血で、形容し難い不気味な色に染まった海面には、ずたずたになり顔が分からなくなった日本人女性の写真と、焼けてボロボロになった人形が漂っていた。


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最後の五分間 @zero52

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