第28話 晴人の秘策、そして持つべきものはノリの良い仲間 ~カミングアウト2~

 正に万事休す。だが晴人は諦めない。神妙な顔で学園長に応えた。


「学園長、明日の放課後教室までご足労いただけませんか? その時に全てお話しますので」


「何か企んでるな。面白い、じゃあ明日の放課後に」


 学園長は楽しそうに言うとビーチチェアに戻り、寝そべった。



「晴人、お前何考えてんだよ?」


 授業が終わり、部屋に戻ると健一が晴人に聞いた。


「ああ、ちょっとな。健一と順子と智香さんには迷惑かけれないなって」


「はあ? 言ってる事がよくわかんねぇよ」


「すまん、上手く説明出来無ぇや。でも、お前等には迷惑かけない様にするから」


「迷惑かけないって……もう十分迷惑かかってんだけどな」


 健一の軽口を思い詰めた顔で聞く晴人。建一は溜息交じりに言った。


「好きにしろよ」


「えっ?」


「お前の好きな様にしろと言ったんだ。お前の事だ、順子と智香さんには迷惑かけない算段があるんだろ。俺は構わねえ。とことん付き合ってやんぜ。」


 健一は毒を食らわば皿までだとばかりにニヤリと笑って親指を立てた。


 その頃、女子寮では由紀・結衣・綾が順子から全てを聞かされていた。由紀と綾はタマが人間で無い事に驚いたと同時に各々違うショックを受けて肩を震わせた。由紀は自分のちょっとした悪戯が大事に発展してしまった事に対して。綾はタマが晴人の従姉妹で無かった事に対して。


「晴人君、そうまでしてタマちゃんと一緒に居たかったんだ……これじゃ私、勝ち目無いよね」


 退学をかけてまでタマに学園生活を送らせてあげようとした晴人の想い。それを知った綾は寂しそうに呟いた。


「綾、それで良いのか?」


「だってしょうがないじゃない。晴人君はそこまで出来る程タマちゃんの事好きなんだよ。私なんかが入れるわけ無いじゃない」


「私は前に言ったな、『従兄妹って結婚できるんだ』と。タマは従兄妹じゃ無いけど人でも無いんだ。人は人としか結婚できないんだぞ」


 順子が晴人にタマの件で協力を頼まれた時に出した条件『綾には秘密』と言うのは綾にタマを従兄妹だと思わせておいて、晴人を取られるかもしれないと言う危機感を与える為だった。それが覆ってしまった現在、綾に一歩踏み出させるには『タマは人では無い』こんな言い方しか出来ないのが順子は悲しかった。


「もちろんタマは人間じゃ無いが、大切な友達だ。綾もそうだろう? なら、逃げるのだけはやめるんだ。でないと綾は二人の事を見れなくなってしまうぞ」


「………………」


 順子が言うが、綾は黙って考え込んでいた。


「どうしよう……私のせいで……」


 由紀は顔面蒼白で落ち込んでいる。そしてそれぞれがそれぞれの思いを抱いたまま審判の時は訪れた。


 起死回生の秘策を講じた晴人から何か話があるだろうと思っていた順子だったが、そんな気配は一切無かった。晴人はいったい何を考えているのだろう? 授業など全く耳に入らないまま放課後となり、ホームルームが終わって担任が教室を出ると晴人は静かに教壇に上がり、タマを呼んだ。


「にゃに、晴人君、どうしたの?」


 晴人の重い表情を見て、心配そうにタマは教壇に上がると晴人は重々しく喋りだした。


「みんなに聞いて欲しい事があるんだ」


 晴人はそう言いながら教室の外を伺ったが、学園長はまだ来ていない様だ。


「アイツ、やっぱり……」


 健一は制服の内ポケットに昨日の夜に忍ばせた封筒に手をやった。少し経って教室に学園長が入ってきたのを確認した晴人が口を開いた。


「実は……タマは俺の従兄妹でも何でもないんだ」


「晴人君、まさか……」


 信じられないといった顔の順子。だが、止めようという気持ちより晴人がどんな行動に出るのか知りたいという気持ちの方が勝ってしまって止められなかった。水を打った様に教室は静まり返ったが、静寂を打ち破る様に晴人が口を開いた。


「寮で飼ってたネコのタマ、最近見ないだろ。コイツがそのタマだ」


「にゃ、にゃにを言い出すにゃ!?」


 隣でタマが騒ぎ出したが、晴人はそれを黙殺し、目覚めた時にタマがネコ耳尻尾の姿で隣に寝ていたこと、タマが人間の学園生活に憧れてこういう姿になったこと、そして学園に転入する条件としてバレた場合は晴人と健一と順子、そして智香が学園を去ること等全てを話した。その間、教室はずっと静まり返ったままで、誰も一言も言葉を発しようとしなかった。


「……てな訳だ。今まで嘘付いててゴメンな。俺はこの学園から消えるけど、タマの事、よろしく頼みます」


 晴人は深々と頭を下げると学園長に近付き封筒を渡した。


「コレ、退学届けです。今までありがとうございました。そして、いろいろと迷惑をかけてしまい、申し訳ありませんでした」


 そして縋る様に懇願した。


「『バレた』んじゃ無く、俺が勝手に一人で『バラした』んです。悪いのは俺一人。順子と智香さんと健一、そしてタマはお咎め無しですよね。」 


 由紀にバレた事が明るみに出る前に晴人がクラスのみんなに『バラした』のだ。だから罰せられるのは自分だけで良いだろうという、晴人の嫌いな一休さんが言いそうなとんち、いや、屁理屈だ。ただ、一休さんは将軍をやり込めたことで名声を得たが、晴人の場合、得る物は自己満足だけ。それどころか豊臣学園生という大きな物を失ってしまう。


「晴人、バカ野郎! とことん付き合うっつったろーが!」


 健一が駆け寄り、制服の内ポケットから封筒を取り出し、学園長に深々と頭を下げた。


「俺の退学届けっす。晴人が一人で全部背負うつもりでも、やっぱり俺も付き合います。今までありがとうございました。順子と智香さんとタマのことはよろしくお願いします」


 二人に渡された封筒を見つめ、学園長は教室全体を見回した。突然の展開に誰もが俯き、言葉を発する者などいない。


 少し間を置いて学園長が口を開いた。


「バレた?何の事だね?」


「へっ?」


「うん?」


「うにゃ?」


 晴人と健一の間抜けな返事につられてタマも声を出すと学園長は妙な事を言い出した。


「みんな寝てるぞ。誰も何も聞いてないんじゃね?」


 学園長の顔は笑っていないが、目はいつか見た中二病の目になっている。すると淳二が大袈裟に伸びをしながら白々しく言った。


「晴人ぉ、『聞いてくれ』とか言いながら何も言わないから寝ちゃったじゃないか」


 透も嘘臭いセリフを堂々と言い出す。


「う~ん、寝ちゃってた。徹夜でゲームなんかするもんじゃ無いね~」


 二人がわかりやすい演技で今まで寝てましたアピールを行うと、由紀と結衣がそれに合わせた。


「あーあ、私も寝ちゃってたわ。由紀が遅くまでスマホのゲームしてるんだもん、眠くって」


「ごめんね、結衣ちゃん。もうちょっとでクリア出来るかと思うと止められなかったのよ。まあ、そう言う私もさっきまで寝てたんだけどね」


「もう、由紀ったら。姉妹で教室で寝るなんて、恥ずかしいわね」


遂にはそれが教室全体に広がった。


「深夜アニメは控えないとな~」


「夜ふかしはお肌に悪いんだけど、ついついしちゃうのよね」


「あっ学園長だ。すんません、寝てました! おはようございます!」


 ほぼ全員の寝てましたアピール。『ほぼ』というのはこういうヤツも居たからだ。


「俺、寝てないっすよ。でも、珠紀ちゃんが教壇に上がった瞬間、晴人と珠紀ちゃんの熱愛宣言かと思って下向いて、耳塞いでたんっす」


「俺も俺も! 晴人の幸せな話なんか聞きたくないもんな」


 急に賑やかになった教室。ざわざわする空気を順子の質問が抑えた。


「すみません学園長、私も寝ちゃってまして。ところで、何かあったんですか?」


 また教室は静まり返った。学園長は順子の問いにどの様な答えを出すのだろうか? その場に居る全員の注目を浴びて学園長はぬけぬけと言い放った。


「いや、別に何も無いよ。たまには君たちの様子を見てみようと思ってね。ただ、いくら放課後だと言っても教室で寝るのはどうかと思うぞ。ちゃんと部屋に戻って寝る様にな」


 学園長は意味ありげに笑った後、二人の退学届けを破るとゴミ箱に放り込み


「良いもんだな、若いってのは。みんながずっとそんな心を持ち続けられたら世界も歪まないんだけどな。」


 晴人と健一の肩を叩くと教室を出て行った。


 学園長が去った教室は大騒ぎとなった。


「もっと早く言ってくれりゃ良いのによ」


「しかし、マジでこんなコトが……」


「よかった、よかったね~タマちゃん」


「学園長、男前だったな」


「俺、豊臣学園入って良かったわ。学園長、かっけー!」


 みんな口々に喋っている。晴人がまたタマを連れて教壇に上がった。


「みんな、今回は学園長の粋な計らいとみんなのクサい演技でなんとか丸く収まりました。本当にありがとう!」


「ありがとにゃ!」


 晴人とタマが揃って頭を下げた。


「おいおい、新郎新婦の挨拶みたいだな」


 頭を下げる二人の横で笑う建一。


「わ~い、良かったね~タマちゃん、これからも一緒だね」


 由紀は結衣と共に無邪気に喜んで手を振り、順子は退学の危機を乗り切って安堵の表情。綾もほっとした様子で涙を浮かべている。


 タマの秘密を知った綾達だったが、実はタマにはもう一つ秘密がある事を誰も知らない。晴人や建一はもちろん当のタマさえも知らない秘密が。


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