第27話 プール回(笑)ネコは水に入るのを嫌がる ~カミングアウト1~

 日差しが日毎に強くなり、いつしか汗ばむ季節となった。夏の流行語大賞ナンバーワン『暑い』が飛び交う教室。ご多分に漏れず晴人達も暑さにすっかりだらけきってしまっている。


「暑いにゃあ……」


 冬服から夏服に変わったとは言え、タマにとって服を着て過ごす初めての夏。猫だった頃と違い全身に毛があるわけでは無いのでむしろ涼しいんじゃないのか? と思う晴人だったが暑いものは暑いらしい。へろへろになって言うタマに建一が楽しそうに言った。


「もーちっとの辛抱だ。なんたって今日の体育はプールだからな」


「プール!?」


 晴人が変な声を上げた。彼はプールが嫌いなのか? いやそう言うわけでは無い。晴人の心配はもちろんタマだ。世間一般ではネコは水に入るのを嫌がると言われている。タマはプールに入るのを嫌がらないだろうか? 彼はそんな危惧を抱いたのだった。


「プール、楽しみにゃ~」


 タマはプールと言うものがどんなものなのか知ってか知らずか呑気に笑っている。まあ、悩んでいても仕方が無い。軽く考える晴人だったが、後にしっかり窮地に追い込まれる事になるのだった。


 そしてお楽しみ(特に男子は)のプールの時間がやってきた。プールとなると当然の事ながら水着に着替えなければならない。タマが変な事をしなければ良いが……晴人がちらっと順子に目をやると、彼女は任せろとばかりに頷いた。とりあえずは一安心、晴人は順子と共に教室を出て更衣室に向かうタマの背中を見送った。


 更衣室で変な事をするかと心配されたタマだったが、智香にしっかり教え込まれていた様でソツなく水着に着替え、順子に手を焼かせる事は無かった。もっとも制服を脱いだ瞬間、女子から羨望の眼差しが降り注いではいたが。


 着替えを終え、プールに集まった晴人達が見たのは異様な風景だった。二十五メートルで六コースの何の変哲も無いプール、しかしプールサイドには白いビーチチェアとテーブルが置かれ、サングラスの男がバカンスを楽しむかの様に寛いでいたのだった。


「学園長!?」


 驚いたと言うより呆れた声の晴人にサングラスの男、いや学園長が手を振った。


「おー、来たか。いや、夏と言えばコレだよな」


「いや、こんなの初めて見ましたけど」


「はっはっはっ。そうか、今年初めてのプールだもんな」


「あの、仰っている意味がわからないんですが……」


「三年のプールってほとんど自由時間だろ? なら邪魔にはならないかなって」


 一年生・二年生の間はちゃんと水泳の授業を行うが、三年生になると気分転換の意味もあってプールは自由時間となる。その自由時間に学園長は学校のプールでリゾート気分を味わっていると言う訳だ。


「良いだろ、別に邪魔はしないから。いや、むしろ監視員も兼ねていると考えてもらいたい。安心してプールを楽しんでくれ」


 愉快そうに笑う学園長に晴人はつい言ってしまった。


「とか言って、女子学生の水着姿が見たいんじゃないですか?」


 なんという失礼な事を! 晴人は「しまった」と思ったが、言ってしまったものはどうしようもない。学園長は怒り出すかと思われたが涼しい顔で晴人の言葉を否定した。


「私には妻も娘もいるのだ。そういうのはもう卒業したんだよ」


 妻子を愛するが為に女の子を見るのは卒業したと言う学園長。ちょっと良い話っぽかったのはここまでだった。彼はとんでもない事を言い出したのだ。


「立体のはな。私の興味はもはや二次元の世界にしか無いのだよ」


 さすがはえろげーにどっぷりハマって学園を作った人間だけの事はある。気持ち良いぐらいのカミングアウトぶりだった。


「まあ、そーゆー事だから。私の事は気にしないでくれ。私も君達がよっぽど危ない事をしない限り何も言わないから」、


 言うと学園長がヘッドホンを装着しMP3プレーヤーのスイッチを入れると、僅かに漏れ聞こえてきたのは紛れも無く電波ソングだった。


 考えていても仕方が無いと思ったのだろう、建一がプールに飛び込んだ。それを皮切りに淳二と由紀が派手に水飛沫を上げて飛び込み、更に透と結衣がそれに続くと順子と綾もプールに入り、気が付けば晴人とタマだけがプールサイドに取り残されていた。


「タマ、泳がないのか?」


 晴人がタマに尋ねた。一応聞いてはみたが、本当は尋ねなくてもわかっていた。ネコは水に入るのを嫌がると言う事を。


「うにゃぁ……」


 タマはプールサイドに膝を付き、恐る恐る水を手でちゃぷちゃぷしている。「智香さん、タマをお風呂に入れるの大変だろうな」などと晴人が考えていると由紀がいきなりタマの手を引っ張った。


「うにゃーーーっ!!」


 突然手を引っ張られてタマは、この世が終わった様な叫び声を上げて頭から水に突っ込んでしまった。まさか頭から突っ込むなんて思っていなかった由紀は焦ってタマを抱き起こそうとするが、タマはパニックに陥ってしまって手が付けられない。順子がなんとかしようとするが、手足を振り回すタマに為す術も無い。


 暫してタマは足がプールの底に足が着く事に気付いて落ち着いたらしく、おとなしくなった。


「酷いにゃ、由紀ちゃん……」


 涙目で訴えるタマに由紀が謝ると、タマの背後にいた由紀の様子がおかしい。


「た……タマちゃん……」


 由紀の声、いや全身が震えている。


「由紀ちゃん、どうかしたのかにゃ?」


 タマが振り返ると由紀は後ずさりしてタマから距離を取り、震える声で言った。


「タマちゃん……耳……尻尾も……」


「ふにゃっ!?」


 タマの頭にはネコ耳が現れ、水面にはお尻からは二本の尻尾が出てしまい、水着の背中から顔を出してしまっていたのだった。


――見られた!?――


 タマはネコ耳と尻尾を隠す事も出来ず、おろおろするばかり。そこに晴人が飛び込んで来た。


「タマ!」


 晴人はタマの手を引っ張ると逃げる様に水から飛び出し、駆け出した。その場に残された順子は由紀のフォローに回ろうとするが、何をどう説明すれば良いのか見当も付かない。


「由紀、その……なんだ、まあとりあえず落ち着け」


 順子が由紀を落ち着かせようと頑張っている間に晴人はプールサイドの隅にタマを座らせた。


「タマ、深呼吸して。落ち着いたらネコ耳と尻尾を引っ込めようか」


 晴人の言葉に従ってタマは深呼吸すると少し落ち着いた様で、なんとかネコ耳と尻尾を引っ込める事が出来た。


「由紀ちゃんに見られちゃったにゃ」


 泣きそうな声でタマが言った。泣きそうなのは声だけでは無く、タマの大きな目には涙が浮かび、今にも零れ落ちそうになっている。


「大丈夫、由紀ならきっとわかってくれる」


 晴人は慰める様に言うがタマは肩を震わせ始めた。


「学園長が言ってたにゃ。バレたら退学だって……」


 バレてしまえばゲームオーバー。学園長が勘弁してくれと言っていたバッドエンドなのだ。


「晴人君も健一君も順子ちゃんも……智香さんだって学園を辞めなきゃならにゃいんだよね。何も悪い事なんてしてにゃいのに。みんにゃ私のせいにゃのに……」


 タマは自分が豊臣学園に居られなくなる事よりも晴人達が退学処分を受ける事を気にかけ、涙を零した。


「大丈夫だよ。まだ学園長には知られてない。由紀が黙っていてくれたらなんとかなる」


 言った瞬間、晴人は固まってしまった。いつの間にか順子と由紀、そしてどういう訳か学園長が二人の傍まで来ていたのだ。学園長は非常に残念そうな顔をしている。


――マズい! 学園長に知られた!?――


 晴人が思った時、学園長の口が開いた。


「晴人君、これはいったい何事だね?」



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