第24話 寝る時はパジャマを着よう ~晴人、寝込む1~
「うう……頭痛ぇ……」
晴人が朝から頭痛を訴えていた。
「まだ寒いのにパンツ一丁で寝てるからだろ。お前はそーゆートコはバカなんだからな」
健一にバカと言われたら悲しいものがあるが、まだ四月上旬、暖かい日もあれば寒い日もある。ここ数日暖かい日が続き、油断した晴人は彼の密かな楽しみである『パンツ一丁で布団に入り、そのまま寝る』ことを今年初めて実行したのだが、夜になって急に冷え込み、その結果風邪を引いてしまった様だ。そう言えば、タマが人間の姿となって晴人の前(と言うか横)に現れた時、タマは裸だったが晴人はパジャマを着ていた。これはタマが現れたのが幸いにも冬休みの終わり、寒い一月だったからだ。もし、タマが現れたのが暖かい季節だったら晴人はパンツ一丁で寝ていたかもしれない。つまり、パンツ一丁の晴人と裸のタマが一つのベッドに……危ない危ない、絵的に大惨事になるところだった。もっとも今の晴人にそんな事を考える余裕など無い。頭痛と悪寒にくしゃみと鼻水が加わり、風邪の症状のオンパレードだ。
「悪ぃ、健一。俺、今日休むわ」
晴人が力無く言うと健一は心配そうな顔で言った。
「おう、そうしろ。だが晴人、俺が付いててやらなくても大丈夫か?」
健一は自分も授業を休んで晴人の看病をしようと言うのだろうか? だが晴人がそんな事を許すわけが無い。「テストで点が取れないのならせめて出席ぐらいはちゃんとしておけ」と健一を教室に送り出した。そして、渋々部屋を出る健一の背中に向かって声をかけた。
「風邪移したら悪いから、すまんが二~三日、淳二と透の部屋にでも避難しててくれないか」
「わかった、そうするよ。んじゃ、先生には言っとくから。お前はちゃんと寝とけよ」
健一は振り返って晴人の気遣いに笑顔で応えると教室に向かった。
「あれっ、晴人はどうした? 一緒じゃ無いのか?」
一人で教室に入った健一に淳二が聞いてきた。健一が晴人が風邪でダウンした事と二~三日避難してろと言われた事を話すと淳二は
「そうか、晴人の言いそうな事だな。わかった、晴人が元気になるまで俺の部屋に居ろよ」
と快諾したが、透は心配そうに言った。
「晴ちゃん、大丈夫かなー? お見舞いとか行かなくって良いの?」
まだ晴人が休むと知ったばかりだというのに透も随分と大袈裟な事を言うものだが、健一も負けずに大層な事を言い出した。
「バカ野郎! 俺だって本当は授業休んで晴人に付いててやりたいんだよ。でもな、晴人は俺に授業でに出ろって。俺に風邪移したら悪いからお前等の部屋に避難しとけって。お前は晴人の気持ちを無駄にするつもりか?」
そこまで言われたら返す言葉が無い。黙ってしまった透に健一は優しく言った。
「そんな顔するな。大丈夫、何かあったらスマホで連絡しろって言ってあるから」
晴人がちょっと風邪をひいたぐらいで大変な騒ぎだが、これも彼等の友情の深さというものなのだろう。また、健一達が騒いだ事で、晴人が風邪で倒れた事はタマ達の耳にも入った。
「晴人君が大変にゃ!」
透と同じ様に騒ぐタマを結衣が諌める様に言った。
「タマちゃん、健一君が言ってるでしょ。晴人君はみんなに風邪を移したら悪いと思ってるの。様子を見に行ったりしたらダメよ」
「わかったな、綾」
結衣の言葉を借り、順子も綾に釘を刺しておいた。もっとも彼女は綾が一人で晴人の様子を見に行くなんて出来ないだろうとは思ってはいるのだが。
授業が始まったが、タマは先生の話など上の空で晴人の事が気になって仕方が無かった。それは休み時間になっても同じ事で、午前中の授業が終わり、昼休みとなった。
いつもの様にみんなで学食に行ったのだが、その中に晴人は居ない。タマの心は重かった。しかし由紀と結衣、順子と綾さえも普段と変わらず楽しそうに喋りながら昼食を食べている。
「みんにゃ、晴人君のことが心配じゃにゃいのかにゃ……」
などと思ってしまうタマだったが、もちろんそんな事は無い。ただ、心配ばかりしていたところで晴人の具合がよくなるわけでも無いし、第一そんな事を晴人は望んではいない。だからこそみんな普段通りに過ごしているのだが、タマにはそれが冷たく感じられたのだ。
「晴人君、きっとお腹空かしてるにゃ」
タマがふと呟いた。風邪で寝込んでいるのならあまり腹が減る事は無いだろうが、栄養と水分の補給は風邪をひいた時には必要不可欠だ。
「ごちそう様でしにゃ」
早々と食べ終わったタマは手を合わせ、席を立とうとした。すると結衣が慌てて声をかけた。
「あっタマちゃん、ちょっと待って」
「ふにゃ?」
いきなり呼び止められたタマが声にならない声を上げると、結衣はタマの心を見透かした様に笑った。
「晴人君にご飯持って行ってあげようって言うんでしょ? ならみんなで一緒に行きましょ」
結衣の言葉に健一と由紀が諭す様な口ぶりで言いながら立ち上がった。
「そうだな、タマだけで行ったら晴人のトコに今日一日でも居そうだしな」
「晴人君が心配なのはタマちゃんだけじゃ無いんだからね」
それに合わせるかの様に淳二と透も立ち上がろうとするが、順子の一言がタマの足を引き止めた。
「病人のところに大勢でぞろぞろ押し掛けるのはいかがなものかと思うのだが」
確かにその通りだ。さすがは順子、冷静な物の見方だ。相談した結果、タマと綾の二人が代表して晴人に食事を差し入れ、様子を見に行く事が決まった。風邪をひいている晴人にうどんが良いだろうと、きつねうどんにラップをかけてもらい、スポーツドリンクを買って二人は晴人の部屋に向かった。途中、保健室に寄って風邪薬をもらうのも忘れていない。
晴人の部屋に着いた綾がドアをノックするが、返事が無い。
「晴人……君?」
タマがゆっくりドアを開け、中の様子を覗うと、晴人はベッドで眠っている様だ。二人が部屋に入り、晴人の様子を伺うが、起きる気配は全く無い。
「晴人君、大丈夫?」
綾が呼びかけると晴人は目を覚ました。
「うん……? 綾? おお、タマも一緒か。ダメじゃないか。風邪、移っちまうぞ」
「ご飯、持って来たにゃ!」
「晴人君、大丈夫? 汗かいたらちゃんと着替えないとダメだよ」
額に汗を浮かべる晴人にタマは食事と薬を持ってきた事を告げ、綾は汗をかいたらちゃんと着替える様にと提言した。晴人は辛そうにしながらも笑顔を作って礼の言葉を口にした。晴人は綾の言葉に従って着替えると、うどんを啜り出した。
「じゃあ、私達は行くね。お大事に」
晴人がうどんを食べ終わり、薬を飲んだのを見届けた綾があっさり帰ろうとするとタマが不満そうな顔になった。もちろんもう少し晴人の顔を見ていたいのは綾も同じなのだが、ここは我慢しなければならないところだ。
「すぐに戻るって約束したでしょ。私達が居たら晴人君、ゆっくり休めないでしょ」
「ふにゃぁ……晴人君、早く良くにゃるにゃ」
綾に諭されて返す言葉が無い。しょんぼりして言うタマに晴人は優しく言った。
「風邪ぐらいちょっと寝たら治るさ。ほら、授業始まるぞ」
「うん……じゃあ、行くにゃ」
寂しそうに言いながらタマが晴人に背を向け、綾と共に帰ろうとすると、後ろから晴人の声がきこえた。
「タマ、綾、ありがとな」
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