第23話 結衣の友チョコ ~涙のバレンタインデー3~

 翌日、バレンタインデー当日。


「智香さん、行ってくるにゃー」


 タマが元気に部屋を出る。


「はい、いってらっしゃい。昨日作ったチョコは持ったの?」


「もちろんにゃ!」


 友チョコの入った紙袋を掲げて答えるタマ。晴人の為のチョコはカバンに忍ばせてある。足取りも軽く、校舎に到着。下駄箱付近では男子たちの悲しい声が。



「今年もチョコ、入ってなかったか」


「確認するのが早すぎたんだな。きっと帰る頃には……」


 誰ひとりとして下駄箱にチョコが入っていた者は居ないらしい。そんな男子達の様子をキョロキョロ見ながらタマが歩いていると


「ふにゃっ」


 段差に足を取られてコケた。


「痛たた……あっ!」


 タマは声を上げた。転んだ拍子に紙袋とカバンを地面に叩きつけてしまったのだった。


「うにゃ~チョコ、大丈夫かにゃぁ……」


 タマが恐る恐る確認すると、紙袋の方はチョコしか入っていないので無事みたいだ。しかしカバンに入れておいた晴人の為のネコの形のチョコは無残にも教科書に押し潰され、へしゃげてしまっていた。


「こんにゃんじゃ、晴人君に渡せにゃいにゃ……」


 肩を落として目に涙を浮かべるタマは制服に付いた土埃を払う気力もなく、とぼとぼと教室に向かった。


「おはよ~タマちゃん。あれっ、どうしたのそんなに汚れて。転んじゃったの?」


「おはよう綾ちゃん。失敗しちゃったにゃ」


 土埃にまみれたタマを見て心配そうに言う綾に、笑顔を作ってはいるが、悲しそうな目のタマは友チョコの紙袋を掲げた。


「こっちは大丈夫だから、みんにゃには渡せるにゃ。でも……」


「まさか、晴人君の分が?」


「潰れちゃったにゃ」


 カバンからピンクの袋を取り出し、リボンを外すとネコの姿であったチョコがひしゃげて、ゆがんで胴体に食い込んだ顔が悲しげに見えた。タマの目から涙が零れ落ちた。


「自分で転んじゃったんだから、しょうがにゃいにゃ」


 タマはまた無理して笑顔を作った。



 放課後、あちらこちらで女子がチョコを渡している。だがしかし、男子に渡している姿よりも女子同士で友チョコを贈り合っている姿の方が圧倒的に多いのはいかがなものだろう? 嘆かわしい世の中になってしまったものだ。そんな中、由紀が晴人に近付いていった。


「はい、チョコ。去年に続いて義理だけどね。私のは」


「いやいや、義理でも嬉しいよ。ありがとう」


「はっはっはっ~、ホワイトデーには三倍返し、よろしく~」


 調子の良いことを言っている由紀。だいたいホワイトデーは三倍返しなどと誰が言い出したのだろう? まったく迷惑な話だ。だが、たとえ三倍返しというペナルティ(?)を課せられるとしても女の子からチョコを貰えるのと、三倍返しは発生しないがチョコを貰えないのとではいったいどちらが幸せなのだろうか? 


「俺には無いのかよ?」


 健一が身を乗り出してくるが、由紀に冷たくあしらわれる。


「あんたにあげるぐらいなら、鳩にでもあげるわよ」


「俺は鳩以下の存在かよ……」


 嘆く健一に更に追い打ちがかけられる。


「残念。鳩以下ってより雀未満だね」


「俺は雀より下かよ!」


 由紀のあんまりな仕打ちに落ち込む健一。その落ち込みっぷりに吹き出しながら由紀はチョコを取り出した。


「冗談よ冗談。まったく……はい。淳二君と透君にもね」


「おう、サンキュ!」


「ありがたくいただくぜ」


「わあっ由紀ちゃん、ありがとう!」


「ホワイトデーは三倍返しだからね!」


 無邪気に喜ぶ三人に笑顔で『三倍返し』を繰り返す由紀。するとチョコを手にした健一が違和感を感じた。


「はいはい……って、なんだこのチョコ、値札付いてるぞ」


 普通、贈り物には値札は付いていない。しかし、由紀の渡したチョコには値札がしっかりと貼り付けてあった。それも思いっきり目立つ所に。


「えっ店員さん外し忘れたのかな?」


 何か白々しい言い方の由紀に健一が吠えた。


「3000円(税抜)って、お前、コレ絶対何か別のモンの値札貼っただろ!」


 ワイワイやってる由紀たちを寂しそうに見ていたタマは席を立ち、教室を出て行った。その悲しげな顔に気付いた晴人がタマを追いかける。


 廊下でタマを追いかける晴人に近付く二つの人影。順子と綾だ。晴人が一人になるのを見計らっていたのだった。


「晴人君、私からのチョコだ。ありがたく受け取りたまえ」


 順子が晴人を呼び止め、チョコを渡した。それは綾に続いてチョコを渡すきっかけ作りという意味を持っていた。ただ、順子はタマがチョコを潰してしまった事を知らなかった。タマは順子が晴人を呼ぶ声を聞いて立ち止まり、悲しそうに俯いている。


 綾は動けなかった。自分を思いやってくれる順子の気持ちはわかっている。だが、渡すはずだったチョコを渡せなくなってしまったタマの気持ちも痛い程わかる。どうしたら良いのか考えた結果、綾は思い切った行動に出た。


「はい、晴人君」


 綾は晴人にチョコを渡した。


「おう綾、ありがとう」


 晴人はそれを笑顔で受け取った。その光景を寂しそうに横目で見ているタマ。すると、綾が口を開いた。告白でもするのだろうか? 見守る順子と横目で見ているタマの目前で綾は晴人に告白した。


「あのね晴人君、コレ、昨日作ったんだよ」


「へえ、それは凄いな」


 告白は告白でも、愛の告白では無く、チョコが手作りだという告白だった。それを受けて喜ぶ晴人を見るタマの目に涙が滲んできた。


――私も作ったのに……転んだりしなければ、晴人の笑顔は自分にも向けられていたのに――


 滲んでいた涙がタマの目から零れ落ちた時、綾は意外な言葉を続けた。


「タマちゃんと二人でね」


「ふにゃっ!?」


「ほら、タマちゃんも恥ずかしがってないで、こっちおいでよ」


「綾ちゃん……」


 タマは慌てて涙を拭うと晴人達に歩み寄った。


「二人で頑張ったんだよー。あっ、順子ちゃんも手伝ってくれてね」


「私は監督していただけだから」


 綾の行動を黙って見ていた順子は予想外の展開に呆れた顔で素っ気なく言った。


「そっか。ありがとな、タマ」


 晴人はタマの頭をぽんっと叩きながら優しく言うと、タマの顔に少し笑顔が戻った。


「じゃあ、教室に戻るか。カバン持って帰らないとな」


「うん!」


 晴人はチョコを貰って、タマと綾はチョコを渡せて嬉しそうだったが、順子は少し複雑な表情をしていた。彼女も智香と同じく考えていた。晴人が自分の恋愛に目覚めた時、タマと綾、どちらを選ぶのか? ただ、智子と違う点が一つ。それは出来れば晴人が選ぶのが綾であって欲しいという事だった。


「おっ、色男のお帰りだぜ」


 戻ってきた四人を茶化す健一。ちなみに彼が貰えたのは由紀からの義理チョコのみだった。もちろん淳二と透も同じだ。もっとも後で結衣・綾・タマの三人からも貰えるのだが。ちなみに順子は晴人に渡しただけらしい。


「バカな事言ってないで帰ろうよ」


「そうだな、なんか腹減っちまったな」


「ラーメンでも食べて帰るか?」


「晴人はチョコいっぱいもらったから塩気が欲しいんだろ?」


「ま、そんなとこかな。羨ましいだろ」


「お前らも行くか?」


 帰りにラーメンを食べに行く事が決まり、建一がタマ達を誘うが


「残念、今日は私の部屋で友チョコパーティーなんだ」


 由紀があっさり断りを入れた。女の子同士でチョコを持ち寄って騒ぐらしい。これで男達のバレンタインデーは終わった。しかし、綾とタマのバレンタインデーはまだ終わってはいなかった。


「本当にこれで良かったの?」


 晴人達と別れて寮に戻る帰り道、順子が綾に聞いた。


「うん。タマちゃんのあんな顔、見てられないし、やっぱりタマちゃんが渡すっていうから私も負けてられないって……」


 綾が言葉を続けようとした時、タマが割って入った。


「きっと晴人君は全部わかってるにゃ」


「そうだな。いくら晴人君が鈍くても、それぐらいはわかるだろうな」


 順子は少し納得した様に笑った。


「綾ちゃん、今日はひとつ借りにゃ」


「じゃあ、その借り、返してもらおうかな」


 タマが嬉しそうに言うと綾は彼女らしからぬ事を言い出した。これが由紀だったら頷けるのだが、まさか綾がそんな風に言うなんて。タマは何を言われるのかと少しおどおどして引きつった笑顔を見せた。


「あ、綾ちゃん……いきにゃりだにゃ」


「タマちゃんのチョコ、私にちょうだい」


「えっ、こんにゃ潰れたチョコなんかどうするんにゃ? まさか、晒しモノに……?」


 綾が要求したのはタマが晴人に渡す為に作ったが、転んで潰してしまったネコの形のチョコだった。タマが恐る恐るピンクの袋を渡した。綾は受け取った袋を開け、潰れたチョコを取り出すと、真っ二つに割った。


「ひ、酷いにゃ、綾ちゃん」


 渡したチョコをいきなり真っ二つに割られたショックでタマはまた涙目になった。そんなタマを見て綾は微笑むと


「はい、タマちゃん。友チョコ!」


 半分をタマに差し出した。手元に残ったもう半分を更に半分に割ると


「はい、順子ちゃんにも」


「あ、ありがとう」


 三人は仲良くチョコを頬張った。


「チョコは分けれても、晴人君は分けれないんだよ」


 順子が小さな声で綾に警告の様に言うと。


「うん、そうだね。でも、今はこれで良いの」


 綾が笑みを浮かべて返した。 


「去年に比べたら一歩前進。もし、タマちゃんが現れなかったら今年もチョコ渡せなかったから」


「いつまでもそんな事言ってると誰かに晴人君を取られてしまうぞ」


 綾の言葉に呆れながら言う順子の視線は幸せそうにチョコを味わっているタマに向かっている。


「そうならない様に頑張るよ。ね、タマちゃん」


「そうにゃ、頑張るにゃ!」


 いきなり振られたタマは、綾が声をかけた意味をわかってるのかいないのか、その声に明るく応えた。








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