第22話 手作りチョコって、チョコを溶かして固めたダケじゃん……などと言ってはならない ~涙のバレンタインデー2~

 ショッピングモールのバレンタイン特設コーナーは海外高級ブランドの豪華な本命チョコからウケ狙いの義理チョコまで揃えられていて大盛況だ。


「あっコレかわいい」


 綾が絵本仕立てのチョコに食いつくと


「コレ美味しいにゃ」


 タマは輸入物の高級チョコレートを試食しながらうっとりしている。


「こらこら、今年は手作りチョコなんだろ」


 順子が割れチョコの袋を二人の目の前に突き出す。


「あと、湯煎のボウルは智香さんに借りるとして……型とデコレーションだな。あ、ラッピングの袋も買わないとな」


 順子はアルミのバットを手に取り、上にふりかけるアラザンやパウダー、チョコペン、そしてラッピングの袋とリボンをバスケットに入れ、会計を済ませた。



「智香さん、ただいま~」


 タマが例によっていきなりドアを開けると智香の声が聞こえた。


「お帰り~今日は遅かったのね……って、タマちゃん!」


 タマの後ろに立っていた順子と綾の姿に固まってしまった智香。例によって寝っ転がってポテチを口にした状態でテレビの画面には昨夜録画した深夜アニメ。しかも男性アイドル物だ。


「友達連れて来る時は前もって言う様にこの前言ったでしょ!」


 慌てて飛び起きた智香がタマに詰め寄った。順子がおろおろしながら言う。


「タマちゃん、私、昨日言った筈だが……智香さんによろしくと……」


 そんな二人にタマはあっさりと笑顔で答えた。


「あっ、忘れてたにゃ」


 由紀と結衣に続いて順子と綾にも醜態を晒してしまった智香。彼女はもはや怒る気にもならなかった。



「今日はどうしたの? うちで女子会?」


 綾が持っている袋に気付いた智香は気を取り直して尋ねた。


「いえ、今日は手作りチョコを作ろうって。タマちゃん、言うの忘れてたんですね」


 綾が答えると智香は大きな溜息を吐いた。


「ええ。まさに寝耳に水だわ。前もって言ってくれたらあんな姿は見せなかったのに……」


 一度ならず二度までも寮生に醜態を晒してしまった智香は無念そうにブツブツ言っている。


「あ……ご迷惑でしたら帰りますけど」


 思いもよらない智香の姿に綾が申し訳なさそうに言うと智香は慌てて笑顔を作った。


「め、迷惑ってことじゃ無いのよ。ただ、先に言っといて欲しかったなって」


 寮生に気を遣われ、しょんぼりしながら言う智香の顔は寂しい一独身女性の顔でしかなかったが、すぐに寮母の顔に戻ると散らかっていたテレビの周辺を片付け始めた。幸いなことに彼女は寮母だけあって基本的にはきっちりしている女性なのでキッチンには洗い物が溜め込まれておらず、最低限の面目は保たれたのが救いだった。


「じゃあ智香さん、キッチンお借りしますね」


「はい、好きに使ってちょうだい。引出しとか適当に開けちゃって良いからね」


「ありがとうございます。じゃ、遠慮無く」


 綾がまな板と包丁を取り出し、チョコを刻む。


「タマちゃんはお湯を沸かして、カップを洗っといてくれるかな」


「了解にゃ」


 タマは順子の指示でヤカンに水を入れ、コンロにかけ、シリコンカップを洗剤で洗う。


「泡泡にゃ~」


 スポンジを握ると出てくる泡に不思議そうなタマ。好奇心がくすぐられるが、


「タマちゃん、遊んでちゃダメだよ。ほら、お湯が湧いたぞ」


 順子の突っ込みが入り、泡泡の手のままでコンロの火を止めようとして周囲に泡を撒き散らしてしまう。


「タマちゃん、落ち着いて」


 順子が布巾で拭きながらフォローする。


「お湯沸いたらボウルに入れて冷ましといてね」


「はいにゃ」


 失敗にしょんぼりしながら大きなボウルにお湯を張る。綾が小さなボウルに刻んだチョコを入れて「はい、タマちゃんコレをお湯入れたボウルに入れて溶かしてね」とタマに渡す。


「頑張るにゃ」


 お湯を張った大きなボウルに小さなボウルを入れる。


「ふにゃにゃ!」


 大きなボウルにお湯を入れ過ぎた様でお湯が盛大に溢れ、焦るタマ。


「また失敗にゃ……」


 またしょんぼりするタマを順子はまたもや布巾を手にして慰める。


「そんな顔しないの。初めてなんだからしょうがないわよ」


 泣きそうな顔でチョコをゴムベラでかき混ぜるタマ。だが、チョコが溶けてくると共にタマの心も溶けてきた様で、彼女に笑顔が戻ってきた。


 溶けたチョコレートに生クリームを加え、なめらかになる様に更にかき混ぜる。生チョコというヤツだ。


「ふ~ちょっと疲れてきたにゃ」


 お菓子作りは体力勝負でもある。かき混ぜ続けるのに疲れてきて弱音を吐くタマを綾が励ます。


「疲れても愛情込めて頑張ってね。おいしくな~れって」


「わかったにゃ。おいしくにゃ~れおいしくにゃ~れ!」


 更にかき混ぜること数分、タマの努力の甲斐あって見事にトロトロで滑らかな生チョコが練りあがった。


「タマちゃん、お疲れ様。型に流して冷えて固まるのを待つとしよう」


 順子の指示に従って慎重にチョコをアルミバットに流し込むタマは出来た生チョコが思ったより多い事に気付いた。


「あれ、いっぱい余っちゃったにゃ」


「うん、手で丸めてトリュフにする分もあるからな」


 順子が言うとタマと綾は粗熱が取れて少し固まってきたチョコを手に取り、丸め始めた。順子は見ているだけで手を出そうとしない。


「順子ちゃんは一緒にしにゃいの?」


 タマが尋ねると、順子は優しい目で答えた。


「私はいいんだ、今日は監督だから。コレは二人の手作りチョコなんだからな」


「え~っ、いろいろ教えてくれたり、手伝ってくれたのに?」


「ああ。だから……頑張って想いを伝えるんだ」


 順子は優しい目で言った。きっと順子はタマよりも綾にこの事を伝えたかったのだろう。


「うん、わかったにゃ」


 遊びたいのを我慢してコロコロとチョコを球状に丸めるタマ。隣では綾が真剣な顔でチョコを丸めている。



「そろそろ冷えたかな?」


 順子が冷蔵庫に入れたバットを確認する。


「うん、良い感じだ。後はカットして、デコレーションだな」


 一口サイズに切り分けた後、綾はココアパウダーを振りかけ、チョコペンやパウダーでデコレーションに入った。しかし、タマはまだチョコを丸めてはとんがりを付けたり、まるで粘土細工をしている様だ。


「タマちゃん、何をやってるんだ? それはネコか? これはかわいいな」


 タマの手元を覗き込んだ順子が見たのは丸いチョコに三角の耳が生え、デフォルメされた胴体と尻尾が付けられたチョコ細工だった。


「うん、晴人君、喜んでくれるかにゃ?」


「絶対喜ぶとも。タマちゃん、凄いな」


 敢えて大きな声を出しながら順子は横目で綾をちらっと見た。綾は聞いているのかいないのか黙々とチョコペンで模様を書いている。


「綾は晴人君用のチョコ、作らないのか?」


「………………」


「せめて名前だけでも入れればどうだ?」


「……そんなの、恥ずかしいよ」


 さすがに名前を入れるのは恥ずかしい。順子の意見を却下して模様描きを続ける綾の隣でタマはチョコ細工にチョコペンで目や縞模様を書き入れている。


「できたにゃ~!」


 少しいびつな形ではあるが、ネコに見えなくもないチョコの塊。


 ピンクの袋に入れ、赤いリボンで口を縛る。友チョコ用が数袋と、綾とタマの晴人用の袋がひとつずつ。


「明日が楽しみだにゃ~」


「うん、晴人君、喜んでくれると良いね」


 洗い物をしながら話す綾とタマに順子が声をかけた。


「じゃあ、私はちょっと買い物に行ってくる」


「えっ、買い物って、さっき行ったばっかりにゃのに?」


 タマが不思議そうな顔をすると順子は妙な事を言い出した。


「私が渡すチョコを買わなくっちゃならないからな」


「え~! じゃあやっぱりこのチョコ、三人で作ったことに」


 結衣が言うが、順子は頑として聞き入れようとしない。


「何回も言わせるんじゃない。このチョコは二人の手作りなんだ。後は渡す勇気だけだ。じゃあ智香さん、お邪魔しました」


言い残して順子は智香の部屋を出ていった。


「順子ちゃん、優しいにゃ」


「うん。私、順子ちゃんに世話焼かせてばっかり。本当は順子ちゃんにこそ感謝の気持ちを表さなきゃいけないのに……」


「明日は絶対に晴人君にチョコ渡さにゃいとね。順子ちゃんはそれを一番望んでるにゃ」


「うん、そうだね」


「じゃあ、明日頑張るにゃ」


 最後に友チョコを二つの紙袋に半分ずつ入れ、作業は無事終了した。


「じゃあ、また明日。智香さんお邪魔しました」


「はい、お疲れ様。綾ちゃん、頑張ってね」


 智香は綾に励ましの言葉をかけた。タマと綾、真っ直ぐだが人外の少女と内気で恋心を言い出せない少女。晴人はどちらを選ぶのだろうかと思いながら……








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