第14話 晴人の恋愛観 ~タマの歓迎会~
タマ転入初日の授業がすべて終わった。
「お疲れ。凄い顔してるが、大丈夫か?」
「タマのヤツをフォローするのはおかげ様でだいぶ慣れたわ」
晴人が労いの言葉をかけると健一は疲れた顔で笑った。実際のところは健一がタマ以上にボケているだけにしか見えなかったのだが、本人はフォローしているつもりだったらしい。結果としてタマより健一の奇行の方が注目を集めていたのでフォローは上手くいったと考えて良いのだろうが。
「ま、そのうちタマも変なコト言わない様になるだろ。それまで頑張ってくれ。」
「ああ。なんとかなんだろ」
二人が話していると 順子と綾がひょこっと顔を出した。
「買い出しに行くんだけど、付き合ってくれるかな?」
「ああ、タマの歓迎会か。ちょっと待ってくれ」
晴人は席に戻ると、教科書とノートをカバンに詰め込むと健一に一声かけた。
「買い出しは俺が行ってくるから健一はゆっくりしててくれ」
「おお、すまねぇな。カバンぐらいは持って帰っとくぜ」
「そっか。じゃあ頼むわ」
晴人が建一に鞄を渡すとタマが「私も~」と一緒に買い物に行きたそうに言うが
「何言ってるの、あなたの歓迎会の準備なのよ。珠紀ちゃんはこっち」
由紀と結衣がタマの手を引っ張った。
「んじゃ、行ってくるわ。タマ、賢くしとけよ」
晴人はカバンを健一に渡すと順子と綾と三人で教室を出た。
「俺、一旦部屋戻って寝るわ」
健一が晴人のカバンを持って立ち上がると、淳二と透も「じゃあ後でな」と二人して教室を後にする。残されたのはタマと由紀と結衣。
「珠紀ちゃんって、智香さんと一緒の部屋なんだよねー」
由紀が興味深そうに言うとタマは笑顔で、おそらく何も考えずに答えた。
「うん。遊びに来る?」
「えっ良いの?」
「もちろんにゃ」
「いきなり行って迷惑じゃないかなー?」
タマは間違い無く何も考えていないだろう。結衣が心配そうに言うが、タマはあっけらかんと答えた。
「大丈夫にゃ」
もちろんその言葉に根拠など無いのだが、結衣はうっかりその言葉を信じてしまった。
「そう、じゃあちょっとお邪魔しようかな」
「うん、行くにゃ!」
タマを先頭に歩き出す三人は校舎を出て女子寮に着くと、オートロックの暗証番号を押して中に入った。ちなみにオートロックは女子寮のみの豪華装備だ。
「智香さーん、友達連れてきたにゃ!」
ノックもせずいきなりタマは寮母室のドアを開けた。
「えっ、ち、ちょっと待って……」
智香の焦った声が聞こえたが、時すでに遅し。彼女は寝転がってポテチとコーラをお供にアニメを見ている姿を由紀と由衣に晒してしまった。
「ん、どうしたの、智香さん?」
真っ赤な顔の智香に無邪気に聞くタマ。智香は怒る気力も失せ、溜息混じりに言うしか無かった。
「タマちゃん、お友達連れてくるのは良いことなんだけど、次からはちゃんと教えてくれるかな」
その頃、晴人・順子・綾の三人は食べ物と飲み物を調達する為、ショッピングモールに入っているスーパーマーケットに居た。
「珠紀ちゃん、チョコとか好きなのかなー?」
チョコレートの棚の前に座り込んでお菓子を吟味する綾。その後ろに立つ晴人に順子が小さな声で話しかける。
「晴人君、珠紀ちゃんとは実際のところどうなんだ?」
「どうなのって、どういうコトかな?」
晴人はギクリとして聞き返した。まさか順子はタマが晴人の従兄妹では無いと見抜いているとでも言うのか? すると順子は口元に笑みを浮かべながら言った。
「珠紀ちゃん、かわいいからな」
「順子、お前妬いてんのか?」
「バカか、君は。残念だけど晴人君は私の彼氏では役不足だ」
「俺なんかじゃお前の彼氏にはなれないってか。それを言うなら役不足じゃなくて力不足だろ」
晴人は順子が『役不足』と『力不足』よくある使い間違いをしたのだと思ったのだが、そうでは無い様だ。
「君は本当にバカだな。私などよりもっとかわいい女の子が……ってコトだ」
「そいつは興味深い話だな」
「晴人君……」
順子が何か言いかけた時、晴人が照れ臭そうに言った。
「そりゃあ俺だって、彼女欲しいって思ったり、エロいコト考えたりするぜ」
「君は女の私に向かってよくそんなコトを言えるものだな」
順子が呆れた顔で言い返すと晴人は真剣な表情になってきっぱりと言い切った。
「ああ。俺は女以上にお前らのこと大好きだからな」
「はあ?」
順子は晴人が何を言いたいのか理解出来なかった。すると晴人はとんでもない事を言い出した。
「女にはわからんだろうが、男の快感なんてすぐ終わっちまうんだぜ」
「君は、何を言い出すんだ!」
真っ赤になって言う順子に晴人は穏やかな顔で言い続けた。
「でもな、こうやってお前らとバカやってる時間はもう二年程続いてるんだ」
「まあ、学園に入って以来の付き合いだからな」
「そりゃ、付き合いが長くなったら誰かと誰かが引っ付くなんてこともあるかもしれん。もちろん、その時はそいつらを全力で応援するぜ」
「君自身はどうなんだ?」
「俺は……まだわからん。彼女作って二人でラブラブするのも良いかもしれんが、こうやってみんなでバカやってる方が面白いからな」
「君は魔法使いでも目指す気か?」
男は三十歳まで貞操を守ると魔法使いになれるという伝説がある。順子がそれを言うと晴人は軽く笑った。
「別に目指してもいないし、そうなっても構わないかな」
「女の子の気持ちは考えないのか?」
順子の声が変わった。その声は、ピンと張り詰めた様な緊張感と厳しさを感じさせる重い声だった。
「もし、誰かが俺のことを好きでいてくれたとしたら嬉しいがな。でも、そんな子が居たとしても、正面切って言ってくれないことにはどうしようもねぇや」
「随分と上から目線なんだな」
「いや、そういう訳じゃねぇよ。好意を伝えないってのは、それなりの理由があるからじゃねぇの?」
「女の子から告白するのは凄く勇気が要る事だとは思わないのか?」
「そりゃ、こっちも一緒じゃねぇか? 男だって、告白するには凄ぇ勇気要ると思うぜ」
「そ、それはそうだが……」
「告白しちまえば、成功しても失敗しても確実に失うモノがあるからな」
「成功しても失うモノ?」
晴人がまた妙な事を言い出した。告白に失敗した時に失うモノは順子にもわかる。だが、成功しても失うモノとは? 告白に成功すれば恋人同士になってめでたしめでたしでは無いのか? それが何なのかわからず黙ってしまった順子。晴人はあっさりその答えを口にした。
「ああ。友達が彼女とか彼氏になるわけだからな。少なくとも友達ではなくなるだろ」
「成功しても失敗しても友達ではなくなる……か」
「ああ。だからこそ、俺は今は今の状態を大事にしたいんだよって、何を言ってるんだ俺は? なんか恥ずかしくなってきた。ちょっと向こうの棚、見てくるわ」
晴人は少し恥ずかしそうにスナック菓子のコーナーへ姿を消した。
「だ、そうだ」
順子はチョコを選ぶフリをしながら二人の話に耳を傾けていた綾に声をかけた。
「でも、今のは晴人君の考え方。綾には綾の考え方があるんだからな」
「うん……人間って、難しいよね」
「そんな顔しない。綾にもまだまだチャンスはあるんだから」
「そうだね、頑張るよ」
晴人に遠回しに綾の好意をほのめかし続けてきた順子はタマの出現により危機感を感じ、三人で買い出しに出たのだった。晴人の本音であろう言葉が引き出せたのは大きな収穫だったと思うと共に、こうも思った。
――面倒臭い男と内気な女の子か……これは奇跡でも起きない限り引っ付くのは難しいな――
そこに晴人が興奮した顔で戻ってきた。
「見ろよコレ! ポテトチップス子持ちシシャモ味だってよ。しかもお徳用特大パック! これは買うしかないだろ!!」
買い出しから戻った三人は荷物を晴人の部屋に運び、淳二と透が作った横断幕や色紙の花やチェーンで部屋の飾り付けを行った。健一はベッドで爆睡中、起きる気配など全く無い。
「よし、こんなもんだろ」
「うん、良いんじゃない?」
「ああ、良い出来だ。もっとも俺は当分色紙は見たくないがな」
「珠紀ちゃん、喜んでくれるかな?」
「淳ちゃんの達筆には恐れ入るね」
五人が悦に入っていると健一がやっと目を覚まし、部屋の変貌ぶりに思わず声を上げた。
「な、なんじゃこりゃぁ~~~!?」
健一の目に飛び込んできたのは『歓迎! 武田珠紀ちゃん うぇるかむ とぅー とよとみがくえん』と書かれた横断幕を除けば小学生のお誕生日会会場としか思えない風景だったのだ。
開宴は夕食後に集合という事で、一旦解散、そして夕食の時間が来た。晴人と健一が学食に向かう途中でタマと由紀・結衣が三人で歩いているのが見えた。智香の部屋ですっかり打ち解けた様だ。
「よう、えらい仲良くなっちまったみたいだな」
晴人が声をかけると
「うん! 智香さんの部屋でねー、すっごく楽しかったんだよー」
タマはとても嬉しそうな顔で言うと由紀も楽しそうに言った。
「智香さんの意外な一面も見ちゃったしねー」
「由紀ちゃん、ダメだよ。内緒にねって言われたじゃない」
「あ、そうだっけ」
「もう~由紀ちゃんったら~」
何かもう、完全に女の子同士の会話になっていて、ちょっと安心する晴人だった。
学食では既に淳二・透・順子・綾が揃って席を取ってくれていた。
「タマ、今日は晩ご飯ちょっとだけだぞ」
「え~~~~、晴人君、意地悪にゃ……」
いきなり晴人に言われてしょんぼりするタマ。だが、由紀の言葉に目を輝かせた。
「後でお楽しみがあるからよ」
「お楽しみ? じゃあ、早くご飯たべちゃうにゃ。いたにゃきま~す」
『お楽しみ』と聞いてがっつく様にご飯を食べ始めたタマに結衣が微笑みながら注意を与えた。
「こらこらタマちゃん、お行儀悪いわよ」
「へへっ、にゃんか結衣ちゃん、智香さんみたいにゃな」
ご飯粒をほっぺに付けながらタマもにっこり笑った。
九人全員が食べ終わると晴人が席を立ちながら言った。
「じゃ、俺の部屋行くか」
「わ~い、晴人君のお部屋~」
晴人の部屋に行くのは猫又となって晴人のベッドで目覚めたあの日以来だ。小躍りして喜ぶタマに健一が声をかけた。
「喜ぶのはまだ早いぜ」
不敵に笑う健一に淳二の言葉が突き刺さった。
「お前は寝てただけで何もしていないだろうが」
晴人の部屋に着くと晴人達は「ちょっと待ってろ」とタマを一人残して中に入り、扉を閉めてしまった。
「みんにゃ、意地悪にゃ……」
閉め出されてしまって泣きそうな声のタマ。しかしすぐに晴人の呼ぶ声がした。
「よしタマ、入って良いぞ~」
泣きそうな顔のまま扉を開けると
「うぇるかむ、タマちゃん!」
みんなの声と共に拍手が巻き起こった。本当はクラッカーを使いたかったのだが、タマがびっくりしてネコ耳と尻尾を出してしまうとマズいので拍手で迎えたのだ。歓迎の横断幕と綺麗に飾られた部屋を見て、タマは目を丸くしたままその場に突っ立ってしまった。
「さあさあ早く入って。主役が座らなきゃ始まらないわよ」
結衣に促されておずおずと部屋に入り、隅っこにちょこんと座るタマ。
「おいおい、主役がそんなトコ座ってどうすんだよ」
晴人に手を引かれ、タマは小さなテーブルを2つくっつけた短辺、いわゆる『お誕生日席』に座らされた。
「みんな、ジュースのコップ持って~」
何故か由紀が仕切り出し、乾杯の音頭まで取り出した。
「タマちゃんとの出会いに、かんぱ~い!」
「かんぱ~い!!」
みんなでオレンジジュースを一気に呷る。
「ほれ、タマおかわりだ」
晴人がタマのコップにジュースを注いでやる。
「ありがとにゃ」
タマがコップに口をつけた瞬間
「うにゃっ」
ジュースを吹き出してしまう。
「タマちゃん、どうしたの?」
ハンカチを出しながら心配そうな結衣にタマは怯えながら答えた。
「ジュースの中でノミがいっぱい飛び回ってるにゃ」
タマはコップの中身をしげしげと見るが、もちろんコップの中にノミなどいるわけが無い。
「はっはっはっ、炭酸はお気に召さなかったみたいだな」
いたずらっぽく笑う晴人。タマが最初に飲んだのは普通のオレンジジュースで、晴人が注いだのはオレンジサイダーだったのだ。初体験の炭酸飲料を『ノミが跳ね回ってる』とは、猫ならではの表現だ。
「うにゃ~、晴人君ひどいにゃ……」
「はっはっはっ、すまんすまん。でも、ゆっくり飲んでみろ」
晴人がアドバイスに従ってオレンジサイダーをゆっくり飲んでみたタマは目を輝かせた。
「うにゅ~……あっ、しゅわしゅわして美味しいかも」
「だろ?」
などと盛り上がる中、建一が誰も手を付けていない大きなポテトチップスの袋に手を出した。
「なになに……ポテトチップス子持ちシシャモ味ぃ!?」
そのインパクトの強いネーミングに恐る恐る建一が袋を開けると部屋中に子持ちシシャモの臭いが立ち込めた。
「な、なんだこのおぞましい臭いは!?」
言いながらも健一が一枚手に取ると、その表面には粒粒が付いている。
「シシャモの卵が付いてんのか? ずいぶん本格的だな」
口に入れるとポテトチップスの塩気と子持ちシシャモの魚臭い塩気が混じった不気味な味の不協和音が口の中いっぱいに広がった。建一は、吐き出したいのを我慢して、ジュースで一気に胃に流し込んだ。
「誰だよ、コレ買ったの? コレ、何の罰ゲームだよ!?」
「え、不味いか? 美味そうだと思ったんだがな」
涙目で訴える建一に、晴人も一枚手に取って口に入れてみた。
「……ごめんなさい」
思わず謝る晴人。だがしかし、それに異を唱える者が居た。
「え~、良い匂いじゃにゃい」
タマだ。一枚手に取り、匂いを嗅ぐと
「あ~、美味しそうにゃ匂いにゃ~」
うっとりしながらぱくっと口に入れると目をキラキラさせて
「コレ、凄い美味しいにゃ!! みんにゃ食べにゃいの?」
と言うが、健一と晴人の反応を見た由紀たちは誰も手を出そうとしない。
「こんにゃに美味しいのに~」
パリパリと美味しそうに食べるタマを見て
「やはり俺の目に狂いは無かったぜ!」
晴人が親指を立てる。
「お前、謝ってたじゃねぇか!」
「俺はタマが好きそうだと思って買ったんだよ!」
建一が突っ込むと晴人は無理のある言い訳をする。
「ならこんなデカいヤツ要らねぇだろ! 普通サイズで良いだろ!」
盛り上がるうちに時間はあっという間に過ぎて宴は終わり、みんなそれぞれの部屋に戻って行った。そして、残されたのは晴人と健一。
「アイツ等~後片付けもしないで帰りやがった!!」
「このシシャモの臭い、なんとかならんのか!?」
寒い夜、窓を開け放って空気を入れ替え、二人は震えながら黙々と後片付けをするハメになったのだった。
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