第13話 昼休み ~疲労困憊の建一と気楽な面々

 英語の授業が終わり、休み時間。晴人は健一の席に向かった。


「健一、身を挺してのフォロー、素晴らしい!」


「『素晴らしい!』じゃねぇよ。こんなんが卒業まで続くのかよ……多分、俺もたねぇぞ」


「確かに。おい、タマ」


「にゃに? 晴人君」


「頼むから、要らん事は喋らんでくれ」


「わかったにゃ……」


 晴人の言葉にタマは元気無く頷いた。


「いや、ネコだった頃の話をするなって事だから。お前は人間武田珠紀としてココに居るんだろ……」


 しょんぼりするタマに焦った晴人。だが、こんな話は小声でしか出来ない。当然顔を近付けて話す晴人とタマ。そんな二人を離れた席から綾は寂しそうな目で見ていたのだが、それに気付いた者は誰ひとりとして居なかった。



「疲れた……」


 午前の授業が終わっただけで健一は精も根も尽き果てたという感じで机に突っ伏した。


「お疲れ、メシ行こうぜ」


「……おう」


 晴人の誘いに健一は言葉少なく立ち上がる。タマはといえば


「わ~い、ごはんごはん~♪」


 と、健一の苦労も知らず能天気に楽しそうだ。


「あのね、こないだ学食のおばさんがね~」


 初めて智香と学食に行った時の事を話し出したタマに晴人は目を細めながらも一応は言っておく事にした。


「そうか、そいつは良かったな。でも、それは特別だからな。智香さんからお金はもらってるんだろ?」


「うん、今日のお昼ごはんのお金って」


 タマは嬉しそうにポケットからかわいい猫のイラストが描かれた財布を取り出した。


「財布なんか持ってたんだ」


「うん、かわいいでしょー。智香さんが買ってくれたんだー」


 もちろん金の出所は学園長なのだが、晴人はそこは突っ込まない事にしておいた。



 学食は既に人で溢れかえっていた。


「うにゃ~、いっぱいだにゃ~」


「そりゃそうだ。昼休みはみんな一斉に集まるからな」


「すまん、俺のせいで出遅れたな」


 力無く謝る建一に晴人は感謝の意を込めて応えた。


「いやいや、建一はよくやってくれてるよ。今日は俺の奢りだ。好きなもの食ってくれ」


「……俺、今日はきつねうどんでいいや」


「そっか、じゃあ明日も俺の奢りでいいよ。しっかり食って頑張ってくれ」


「わたしはねー、エビフライ!」


 二人の気苦労も知らず、嬉しそうにタマが満面の笑みを浮かべた。


「おーい、晴人! こっちこっち!」


 晴人を呼ぶ声がする。先に来ていた淳二と透が手を振っている。


「あっ、サンキュー」


 食べ物を無事購入した晴人とタマ、そして健一が席に着こうとすると、健一がきつねうどんしか持っていない事に気付いた透が心配そうに言った。


「健ちゃん、具合でも悪いの?」


 健一は、いつもはA定食に加えてきつねうどんを食べている肉体派なのだ。そんな健一がきつねうどんしか食べないのだから心配するのは友達として当然の事だろうが、淳二は逆に毒づいた。


「コイツの悪いのは頭ぐらいなもんだ。また無駄遣いして昼飯代を切り詰めてるんじゃないか?」


 普段ならみんな頷くところなのだが、今回は勝手が違った。健一が憎まれ口に乗ってこないのだ。さすがの淳二も心配になってきた。


「おい……本当に大丈夫か、お前?」


「ああ、ちょっと疲れてるだけだ」


 力なく応える健一。うどんを啜る音も心なしか頼りない。すると淳二がまた口を開いた。


「転入生に良いカッコ見せようと無理したからじゃないのか? お前が授業中に手を挙げるなんて前代未聞だぞ」


 悪気は全く無く、建一がいつもの様に元気に何か言い返してくる事を期待していた淳二だったが、疲れきった建一はあっさりとそれを受け流してしまう。


「へーへー何とでも言ってくれ。こっちにはこっちの事情ってモンがあんだよ」


「事情?」


 完全にいつもと様子が違う建一。さすがに本気で心配になった淳二が聞き返すが、建一はその事情を説明するわけにはいかない。


「いや、何でもねぇ。忘れてくれ」


 なんとも歯切れの悪い健一。淳二は授業中に起こった珍事が原因ではないかと考え、話をそっちに振ってみようとした。


「そういえば、転入生が何か言おうとする度に色々絡んでたけど、まさかお前、珠紀ちゃんに一目惚れとか?」


「いや、そんなんじゃ無ぇ。晴人の従兄妹だってからよ。やっぱ世話してやんないとな」


 タマが先生に当てられる度に、挑む様に手を挙げてとんちんかんな行動を取るのが世話とはとても思えないのだが、それが健一の精一杯だった。だが、健一の行動はともあれ晴人の従兄妹と言われれば淳二も透もタマを受け入れるのに異存は全く無い。


「そうだな。晴人の従兄妹となれば俺達の従兄妹も同然。仲良くしないとな」


 笑顔でタマを迎え入れる淳二と透。すると由紀と結衣、そして順子と綾も姿を現した。


「やあやあ、みんな揃ってるねー」


「おう、座れ座れ……って、座るトコ無ぇか」


 晴人が四人を座らせようとするが、生憎席は満席で座る場所など無い。


「いいわよ。私達はもう食べたから」


 由紀の言葉を聞いて晴人は嫌な予感がした。食事を済ませたのにこの混雑している学食の晴人達の席にわざわざ来たということは……


「珠紀ちゃんだっけ、晴人君の従兄妹なんだって?」


 タマに馴れ馴れしく話しかける由紀。案の定、タマを見にきた四人だった。


「うん、そーにゃよー」


 答えるタマに由紀が面白そうに質問を浴びせる。


「ねえねえ、晴人君が小さい頃って、どんな子だった?」


 マズい! 従兄妹なんてのは所詮一時凌ぎの設定。詳しい打ち合わせなんぞしていない。晴人は焦った。だが、表面上は冷静を装い


「俺は昔っから、優しい良い子だったよな、タマ」


 と言いながら「変な事言うなよ」とタマに目で訴える。


「うーんと……優しくて良い子だったにゃ~」


 そのプレッシャーが効いたのか、素直な答えを口に出したタマに晴人は胸を撫で下ろした。


「人の過去を暴こうとすんじゃねぇよ、まったく……」


 と、四人に対しての牽制も忘れない。そしてタマに向かって釘を差す様に言った。


「タマ、余計な事、絶対言うんじゃねぇぞ。もし言ったらタマの恥ずかしい話も全部言ってやるからな」


 もちろんタマの恥ずかしい話なんてのはハッタリなのだがタマはビクっとして何やら焦っている様子た。


「わ、わかったにゃ。だから晴人君も絶対内緒にするにゃ」


 ネコだった頃に何か恥ずかしい事でもしたのだろうか、素直に応えるタマだった。



「ごちそーさまでしにゃ」


 智香に教わった様に、食べ終わって手を合わせるタマ。昼休みはあと二十分程残っている。


「俺、図書室で昼寝でもしてくるわ」


 まだ疲れが抜けていない健一が言うと、


「昼寝しても授業中にまた寝るくせに」


 すかさず突っ込む淳二。


「いや、今日からはそうもいかねぇからよ」


 と応える健一に透が驚いた。


「まだ珠紀ちゃんに対抗するつもり? あれは対抗なんてもんじゃ無い。蟻が像に挑む様なもんだよ!」


「あー、もう説明すんのも面倒臭ぇ。とにかく授業中は起きてなきゃいけねんだよ」


 あまりの言われ様だが、もはや反論する気力も無いのだろう、健一はゆっくりと席を立つとフラフラと図書室の方に歩いていった。


「授業ってのは本来起きてなきゃいけないんだけどね。それにしても健一君、本当に大丈夫かしらね……」


「ま、半分死んでるアホはほっといて、芝生でコーヒーでも飲みましょうか」


 呆れながらも心配そうに結衣が言うと、由紀は酷い言葉を吐いた。双子の姉妹でこうも正確が違うものか。いや、由紀の言い草は冷たい様に聞こえるが、健一なら放っておいても大丈夫と思っているからこそ出る言葉なのだろう、、きっと。


「ほれ、タマはカフェオレが良いだろ」


 晴人が缶を手渡すと、タマは晴人のマネをしてタブを起こして戻す。初体験にもかかわらず微妙な力加減は中身をこぼさずに開けたところはネコが獲物を生かさず殺さずでいたぶる感覚なのだろうか。


「う~甘くて美味しいにゃ」


 ミルクたっぷりのカフェオレはタマの口に合った様だ。


「そういえば、タマちゃんってどの部屋なの?」


 由紀が素朴な疑問を口にした。人が部屋に住む為には荷物を入れなければならない。しかし女子寮でそんな作業をしている気配は全く無かったのだから。


「智香さんの部屋にゃよ」


 タマがあっさり答えると由紀は驚いた。


「えっ智香さんって、寮母さんの?」


「うん」


 由紀が驚くのも無理は無い。普通なら一介の転入生が寮母の部屋に住むなんて普通考えられないのだから。


「ああ、初めての転入生だし、寮に入るのは新学年からってコトらしいぞ」


 思わず口から出まかせ、適当な事を晴人が言うと由紀が手を叩いて提案した。


「そうだ、珠紀ちゃんの歓迎会しないとね」


 結衣も相槌を打ちながら賛同し、順子と綾も両手を挙げて賛成した。


「じゃあ、今晩晴人君の部屋でね」


 由紀が一方的に決めると住人である晴人は不服そうな顔。


「え~~、また俺の部屋で騒ぐ気かよ?」


 そんな晴人に結衣と由紀の言葉が突き刺さる。


「まさか男子を女子寮に入れる訳にはいかないものね」


「夜、女子寮に忍び込み勇気ある?」


 冗談では無い。夜に女子寮に忍び込んだりしたら下手すれば退学、退学を免れたとしても、変質者扱いされて今後の学園生活は真っ暗だ。肩を落とす晴人の背中を淳二が慰める様に叩いて言った。


「晴人、あきらめろ」


「……わかりました」


 こうして今夜、タマの歓迎会が晴人と健一の部屋で開催される事が決定したのだった。


「あっ、そろそろ教室に戻らないと」


 バカ話をしていると時間はあっという間に過ぎてしまう。午後の授業開始まであと五分も無い。


「じゃ、教室に戻りましょうか」


「建ちゃんはどうする? 呼びに行こうか?」


 結衣が言うと、図書室で寝ているであろう健一を透が気遣う。しかし由紀が建一を切り捨てるかの様にあっさり言う。


「図書室に寄ってる時間は無いわ。大丈夫、図書委員が起こしてくれてるわよ」


 教室に戻ると、健一は既に席に着いていた。おそらく由紀の言う通り図書委員に追い出されたのだろう。晴人たちに気付くと眠そうな顔で


「おう、やっぱ昼の一発目は起きてる自信無いわ。タマ、俺が寝ちまったら起こしてくれよな」


 と普段の彼からは想像も出来ない言葉を吐いた。すると由紀を初め淳二や順子、結衣までが口々に酷い言葉を吐いた。


「アホ健が授業中に居眠りをしたら起こしてくれですって!?」


「建一、お前いったいどうしちまったんだ?」


「わかった。あなた、ニセモノね。本物の健一君はどこにやったの?」


「なにか悪いことが起きなきゃ良いけど……」


 えらい言われようだ。タマだけは笑顔で


「まかせるにゃ!」


 と応じるが、その数分後には気持ち良さそうに居眠りしている健一を見てタマもやっぱり寝てしまい、転入初日から教師に怒られることになったのは言うまでもない。








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