第12話 転校生、その名は武田珠紀
「今日は転入生を紹介する」
朝のホームルームで担任が言った。
「遂にこの日がやってきたか!」
ワクワクする晴人とドキドキする健一。担任の「入ってきなさい」の声でタマがドアを開けて教室に入ってきた。もちろん裸ワイシャツでもジャージでも無い。豊臣学園の制服に身を包んでいる。黒板に名前を書くとタマは元気の良い声で挨拶した。
「武田珠紀です。よろしくお願いします」
クラスメイトは転校生の美少女の出現に色めき立った。
「おい、めっちゃかわいいやん」
「あのネコみたいなツリ目がたまらん」
「また学園来る楽しみが増えたな」
「せんせー、俺の隣、空いてます!」
「いや、空いてないから。お約束のボケはしないよーに。ま、とりあえず一番後ろのあそこ、空いてる席があるだろ。頭悪そーなヤツの隣で悪いが」
男子達のお約束なリアクションに担任は呆れながら言うと、頭悪そうなヤツの隣の空席を指差した。学園長の思惑でタマを晴人と同じクラスには出来たが、担任教師にはさすがに隣の席にする様にとは言えなかったのだろう。ちなみに頭が悪そーなヤツというのは言うまでも無く建一だ。
「頭悪そーなヤツで悪かったですね……って、俺の隣かよ!」
世界が終わった様な顔の健一に対し、他の男子生徒は思いっきり羨ましそうな顔をして口々に言いたい事を言っている。
「健一、何なら席、変わってやんぜ」
「いや、俺と変わってくれ。今度昼メシ奢るからよ」
女の子は女の子でしっかりタマをチェックしている。
「へーかわいい娘じゃない」
「髪がツヤツヤで綺麗」
「目、大きいなー。羨ましい」
ほとんどは羨望の声で、誹謗中傷の声は聞こえない。さすがは豊臣学園、学園長の目は節穴では無いと言ったところだろうか。
「実はこの学園始まって以来初の転入生だ。みんな、仲良くする様にな。んじゃ今日はこんなもんだ。ほれ日直、号令」
担任の締めの言葉でホームルームが終わり、建一が晴人の席へ向かおうと席を立った。その瞬間、生徒たちがタマの周りに群がった。その様子は生存者を見つけたゾンビ、餌に群がる池の鯉、鹿煎餅に集まる鹿……さて、どれが最も相応しいだろうか? それを見た建一は悲壮な顔で晴人に駆け寄った。
「晴人、いきなりピンチだ! 俺一人じゃフォロー出来る気ぃしねぇ」
「頼むぜ建一……よし、ヤツが変なコト言う前に伏線張っとかんとな」
健一の泣き言に晴人は椅子から立ち、タマの席へ歩き出した。タマは大勢の生徒に囲まれてあたふたしている。
「あっ晴人くん、助けて~」
晴人が近付いて来たのを目にしたタマが晴人に助けを求めた。
「晴人くんだぁ!?」
タマが晴人の名前を口にしたことによる衝撃が男子生徒を直撃する。
「えっ、晴人くんと知り合いなの?」
女の子は男子とは違い、興味津々で尋ねると、タマはとんでもない事を言った。
「うん、ごはんくれたり、頭なでなでしてくれたり、一緒に寝てくれたり、晴人くん優しいんだよ」
もちろんこれはネコ時代の話。タマに悪気は全く無く、無邪気に笑って言ったのだが、この一言で男子生徒たちを包む空気が殺気に変わった。
「頭なでなでぇ?」
「一緒に寝るだとぉ!」
男子達の殺気が晴人に突き刺さる。殺気が殺意に変わるのも時間の問題だろう。そうなる前に上手く釈明しないと。晴人は全身に刺さる殺気に耐えながら口を開いた。
「コイツ、従兄妹なんだよ」
その一言で男子達の殺気が少し和らいだ気がした。晴人は畳み掛ける様に説明を加える。
「珠紀の親父さん、俺にとっては叔父さんなんだが海外勤務が決まったんだって。それで俺が通ってる全寮制のこの学園に転入させたってワケだ」
もちろんコレは晴人が考えておいた後付け設定だ。
「小さい頃からネコ好きで、いい年齢してネコみたいな仕草とかしやがる痛い娘だが、みんな仲良くしてやってくれよな」
タマがおかしな言動をするであろうことも考えて前フリも忘れていない。すると暴徒と化す寸前だった男子生徒達から殺気が消え失せた。
「なんだ従兄妹かよ。びっくりさせやがって」
「ネコみたいな仕草だと!? 早く見てみたい!!」
「そっかー、じゃあ俺は将来晴人と親戚になるんだな」
晴人自身、親がカナダ勤務だとみんなも知っているので信憑性が高かったのだろう、沈静化した男子達はタマに再度群がりだした。
「晴人君の従兄妹なんだってー。仲良くしなきゃだね」
タマに群がる男子達を尻目に綾が順子に話しかけた。穏やかに言う綾に対し、順子は溜息を吐きながら言った。
「綾、知ってる? 従兄妹って、結婚できるんだよ」
「………………」
順子の言葉に綾は下を向いて黙ってしまった。
チャイムが鳴り、一時間目の授業が始まった。今日の一時間目は英語。
「じゃあ八十五ページ、誰に読んでもらおうかな……おっ今日から転校生が来てるって話だったな。武田さん、読んでくれるかな」
いきなり英語の先生は朗読にタマを指名した。
「うわっいきなりかよ。先生、空気読めよ……って、空気読んでタマを当てたつもりなんだろうな」
いきなり訪れたピンチに心配する晴人だったがタマは英文をすらすらと読み始めた。それもハッタリの英語っぽい発音では無い。まさにグレイトでネイティブな発音だった。
「人語を解するってのは日本語だけじゃなかったんか。英語だろうがフランス語だろうがドイツ語だろうが人間の話す言葉なら何でも来いってのか?」
晴人はタマの能力に驚愕し、英語の先生はタマの朗読に感動すら覚えた。
「素晴らしい発音だね。武田さんは転入前は海外にでも居たのかな?」
大絶賛でタマに尋ねる英語の先生(ちなみにこの先生はタマの転入テストを採点した先生とは残念ながら別人だ)にタマが答えた。
「ん~ん、ずっとココに居たにゃ」
「おっ、出たっネコ語!」
早速出た『にゃ』という語尾に対して色めき立つ男子生徒たち。しかしこんなにも完璧な英語を話せるタマがどうして普段の会話では『にゃ』が出て来るのだろうか? それは朗読しているからだ。もしタマが本を読むので無く、英語で会話をするとなると『mew』とでも言ってしまうと思われる。
「『ココに居た?』ああ、この町ってことか。一瞬、ずっとこの学園に居たのかと思ったぞ」
教師としては軽いジョークのつもりで言ったのだろう。だがタマはとんでもないことを言い出した。
「うん、そうにゃよ……」
おそらくこの後は『ずっとこの学園にいたんにゃよ』とでも続くのだろう。ヤバい! とばかりに健一が手を上げて叫んだ。
「せんせー、次は俺に読ませてくれよ! 転入生ばかりにいいカッコさせてらんねぇ!!」
予想外のチャレンジャーに沸き立つ教室。もちろん、手を挙げたのが晴人だったり透だったらこうはなるまい。しかし手を挙げたのは健一である『健一』と書いて『バカ』と読むとまで言われている男が授業中に手を挙げた。誰からともなく始まった健一コールを浴び、おもむろに立ち上がる健一。教師の目も期待に満ち溢れている。
「ふっふっふっ、じゃあ行くぜ! あい わず ぼーんいん ざ……あれっコレなんて読むんだ? くろすふぃれ……」
当然の事ながら健一が満足に英文を朗読出来る訳がない。たどたどしい発音で、ところどころ、いや、ほとんどのところで詰りながら間違いだらけの朗読が始まった。それはもはや羞恥プレイ以外の何物でもなかった。だがしかし、健一は必死で続けた。
「あー、そこまででいいぞ。見てて痛々しいわ。あのな、片山。転入生に良いところを見せたい気持ちはわかるが、人間には出来る事と出来ない事ってものがあるんだ。まあ、その心意気だけは買ってやるけどな」
たまりかねた教師が止め、羞恥プレイから解放された片山君、すなわち健一はふうっと溜め息を付きながら着席した。前の方では晴人が健一の方に振り返って『グッジョブ』とばかりに親指を立てている。
――えらいことになっちまったもんだ……――
気が遠くなりそうな健一だった。
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