第11話 試験結果 ~解答用紙には名前を記入するのを忘れてはいけない~

 午後一時。昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。これで学食には生徒は残っていない筈。もちろんタマと同じく智香もお腹が空いてしかたがない。


「タマちゃんお待たせ。さっ行きましょうか」


「わーい、学食学食~」


 学食に向かうタマは嬉しそうに鼻歌を歌いながらスキップしている。昼休みが終わり、午後の授業が始まった学食は智香の思惑通りがらんとして、二人の貸切状態だった。遅い時間に現れた二人に気付いた学食のおばさんがニコニコしながら智香に声をかけた。


「あら、智香さん、どうしたの? かわいい娘連れて」


「ええ、この娘、今日転入試験受けたんですよ」


 智香が応えると、学食のおばさんは驚いた顔で言った。


「へえ~、転入試験かい。珍しいこともあるもんだね。っていうか、この学園始まって以来初めてなんじゃないかい?」


 転校生と言えばアニメやラノベ、そしてえろげーではベタなイベントである。あの学園長が学園開校以来転入生を一度も受け入れていないとは。意外に思う智香に学食のおばさんは話を続ける。


「変わった人だからね、学園長って。まあ、楽しい人なんだけどね。また何かおっぱじめるつもりなのかねぇ……」


 まさかタマが人外の者だとは言えない智香は微妙な笑顔を浮かべるしか無い。学食のおばさんは智香の微妙な笑顔に気付いた様だ。


「あっ、ごめんね変なこと言っちゃって。今日はおばちゃんがご馳走するから気を悪くしないでね」


 学食のおばさんはハンバーグにフライに焼肉……おかず類をてんこ盛りにしたプレートとご飯、味噌汁を二つずつ出してくれた。


「わ~すご~い!」


 見た事が無い様な豪華なプレートにタマは目をキラキラさせて喜んだ。実際、これだけ注文したらいくらぐらいかかるのだろう? 安い学食だとは言え、一人千円近くは行くのではないか。


「よかったわね、タマちゃん」


「うん、ありがとーおばさん!」


「はい、たくさん食べてね。合格すると良いわね」


「うん! ありがとー」


 智香とタマは手近なテーブルに並んで座り、遅い昼食を取り始めた。


 その頃、学園長室では各教科の担当教員たちが目を丸くしていた。


「し、信じられん」


「まさか……こんな……」


「グレイトぉ! なんてネイティブな言い回しだ!」


「この短時間でこの解答を!?」


「学園長、この子はいったい何者なんですか!?」


 もちろん全科目満点だった。


「ふっふっふっ。私が推した意味がわかっただろう」


 学園長は不敵な笑いを作って言うが、内心ほっとして涙が出そうだった事は言うまでも無い。それにしても全科目満点とは……猫又の能力、恐るべし!


「この世には、天才というのが存在するのだよ。教頭、この才女の転入に異議は無いな?」


「もちろんです。学園長、素晴らしい生徒を連れてきて下さいました」


 同席した教頭も度肝を抜かれた様子。彼女なら東大主席合格も夢では無い。願ってもない奇跡の生徒だと言っても過言では無かろう。


「では、正式に転入決定とする」


 学園長が言った時、教頭が恐る恐る口を開いた。


「ただ、学園長……」


「何だ、教頭。まだ何か問題でもあると言うのか?」


「この生徒の名前ですが……」


「うん?」


「名前が書いてないんですが、これはどうしたものでしょうか?」


――しまった!受験者がタマ一人だったんでチェックするの忘れてた! ってか、智香君も気が付かなかったんかい――


 少し焦った学園長。だが、すぐに冷静さを取り戻して取り繕った。


「ああ、受験者は彼女一人だけだったからな。間違えようはあるまい。だから今回は不問にしたいと思うがどうだ? こんな逸材を逃がすなんて、豊臣学園にとって大きな損失だと思うのだが」


 優秀な学生を欲しがる教員達の心理を利用し、なんとか丸め込むことに成功した学園長。これでタマの学園生活が正式に始まることが決定したのだ。


 さっそく智香とタマは学園長室に呼び出された。二人の顔を見て、学園長は嬉しそうに言った。


「おめでとう。合格が決まったよ」


「うにゃー、やったにゃ~」


 素直に喜ぶタマ。だが、智香は不安げに学園長に質問した。


「あの……ちなみに何点ぐらい取れてたんですか?」


「全教科満点だったよ。やっぱり不思議な力って凄いなあ……俺も欲しいわ」


 笑いながら言う学園長だが、その目は本気で羨ましそうだ。智香は次にタマに尋ねた。


「タマちゃん、数学で筆算もしてなかったみたいだけど、どういう風に問題を解いたの?」


 タマは少し考えて答えた。


「問題を解くっていうより、問題を作った人の求める数字や言葉が頭に浮かぶんにゃ」


 つまり『計算問題だろうが文章問題だろうが人間の作った問題だ。式や文脈から問題の作成者が求めている答えが頭に浮かんでくる』ということらしい。『不思議な力』と言うのがまさかここまで凄いとは! 学


園長は感嘆しながらもしみじみと言った。


「なるほど。『人語を解する』という力はそこまでのモノなのか。タマには嘘は付けないな」


「うん、嘘付かれてもわかっちゃうよー。でも、学園長は良い人だっていうのもわかってるよー」


 タマは学園長の目を見てにっこり笑った。


「それは光栄だ。タマ、本当におめでとう。これから学園生活を楽しむと良いよ」


 タマの吸い込まれる様な笑顔に学園長も心からの笑顔で応えた。そして思い出した様に大事な事を伝えた。


「あ、そうだ。あと、名前の件なんだが……書類の作成の時に私が考えて決めといたから」


「そういえば、解答用紙に名前書く欄ってありますよね? 私、チェックしてませんでした。すみません!」


 智香が真っ赤になって頭を下げると学園長は苦笑い。


「うん、実は教頭からその点を突っ込まれてね。私が勝手に付けた名前で悪いんだが、これでいってもらうからヨロシク」


 学園長から渡された転入手続きの書類。名前の欄にはこう書いてあった。


『氏名  武田珠紀』


 タマと言う本来の名前を苗字に入れるか名前に入れるかで学園長は相当悩んだそうだ。


「制服や教科書なんかも用意しないとな」


「はい、すぐにかかります!」


「やった~楽しみにゃ~」


 これでタマの学園生活が始まる事が確定したのだが、彼女が人間で無い事がバレれば晴人と建一は退学、寮母の智香は職を失う事になる。果たして三人は、無事卒業までタマの秘密を隠し通す事は出来るのだろうか?








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