第10話 緊急指令、タマに試験を受けさせろ!

 三学期が始まった。晴人は始業式の後、ホームルームで転入生の紹介があるのを期待していたが、その期待は裏切られた。だが、晴人の知らないところで事態は動いていたのだった。


「失礼します」


 学園長室に呼び出された智香が学園長から思いもよらない事を告げられていた。


「智香君、タマの転入についてなんだが、書類についてはなんとか私がチェックしたとゴリ押しして通したんだが、一応試験を受けてもらう形は取らなければいけないんだよ」


「転入試験ですか……」


 いくら私学とは言え学園長の一存で生徒を捩じ込むわけにはいかない。転入するにはやはり試験を受けなければならないのだ。しかし元猫のタマに問題が解けるのだろうか? 智香の顔が不安に満ちた。


「うむ。ま、形だけなんだけどね。ただ、採点は私がするわけにはいかない。各教科の担当教員が行うから、あまりにもひどい成績だと少々面倒なコトになる」


「面倒なコトですか」


「うむ。君も知っているだろうが、嬉しい事に豊臣学園は結構人気があって倍率が高い」


「ええ。アホな生徒もいますけどね。健一君とか」


 こういう時に名前が出てくる建一。さすがにアホ建と呼ばれるだけのことはある。しかし学園長は彼をフォローするかの様に言う。


「成績が少々悪くでも、面接で光るモノを見い出せた子は合格にしたからね」


「そうだったんですか」


「ああ。あの子の事はよく覚えてるよ。バカな受け答えしか出来なかったからね。最初は緊張してるのかと思ったが、最後までバカな受け答えだった。逆にそれに興味を惹かれてね」


 建一との面接を懐かしむ様に学園長は遠い目をして言った。それにしても学園長に面接の時の事を覚えられているとは……健一の受け答えはよっぽどインパクトが強かったのだろう。


「そのバカな中に芯が通ってるというか、今時珍しい真っ直ぐなモノが見えた。それに、あの子は時々鋭い事も言ったりするだろ?」


「はい、確かに。」


 穏やかに話を続ける学園長に智香が頷くと、学園長は愉快そうに笑った。


「彼の感覚に感銘を受けたというか、まあ早い話が気に入ったんだよ。あの子の成長する姿を見てみたいってね」


「色々考えてらっしゃるんですね」


「当たり前だ。これでも学園長だからな。まあ、健一君の話はおいといて、タマの試験なんだが、大丈夫か?」


「うーん、元ネコですからね」


 健一の話から一転してタマの話に戻り、学園長は心配そうな表情を見せると智香も一抹の不安を感じ、その場しのぎの慰めなど言えずに本音を晒してしまった。もちろんそれは学園長も同じ気持ちなのだろう、縋る様な事を言い出した。


「赤ん坊が普通に話をできる様になるまで何年もかかるだろう、彼女は一日で人語を解する様になったんだ。何らかの不思議な力が働いているんだろう。それに期待するしか無いな」


「そうですね」


「ま、そういうことだ。試験日は来週月曜日午前十時でどうかな?」


「わかりました。何日か伸ばしてもらったところであまり意味は無いでしょうし」


「よし。じゃあ試験は会議室で行うとしようか。何か質問は?」


「いえ、別にありません」


ここに来て悩んでもどうしようもない。こうなったら出たとこ勝負、なる様にしかならないのだ。ならせめてポジティブに行こうと考えた二人だった。



智香が寮に戻り、ドアを開けた途端、タマが飛びついてきた。


「おかえり~一人で退屈だったにゃ……あれ、智香さん、どうかしたの?」


 部屋に一人置いていかれて暇だったのだろう、智香にゴロゴロとじゃれついたタマだったが、彼女の表情が少し変なのに気付いた。ポジティブに行こうと思ったものの、タマの顔を見るとやはり智香に不安が押し寄せるのだった。


「あ、そうにゃんだ。頑張るにゃ」


 智香はタマに事の成行を説明したところ、タマは気持ち良いぐらいあっさりと答えた。タマは転入試験というものを理解しているのだろうか? 智香は不安でいっぱいだというのに当事者のタマは呑気な態度だ。


「タマちゃん、わかってるの? 試験なのよ。良い点数取らないと学園に入れないのよ。」


「まあ、にゃんとかにゃるにゃ」


晴人にでも勉強を見てもらった方が良いのか? だが、転入が許されるまではタマのことは自分に任せろと言った手前そういう訳にもいかない。そもそもたかだか一週間で何が出来るというのだ。やはりココは学園長の言う『不思議な力』に期待するしか無いのだろう。



 時はあっという間に過ぎ、タマの転入試験の日がやってきた。智香と共に会議室に向かうタマを学園長自らが出迎えた。


「おはよう。調子はどうかね?」


 会議室には学園長の姿しか見えない。どうやら他の教師は立ち会っていない様だ。


「はい、それなりには」


 まさか「実は勉強なんて全然させてません」とは言えやしない。智香が行き当たりばったりに言うと、何も知らない学園長は軽く頷くと全科目の問題用紙一式を智香に渡した。


「まず国語から。監督は智香君にまかせるよ」


 タマは受け取った問題用紙を開くと、すらすらと解答用紙に答えを書き込んでいく。


「智香さん、出来たにゃ」


「えっもう出来たの? 見直しとかしなくて良いの?」


「うん。大丈夫にゃ」


 まだ試験開始から三十分も経ってないのだ。智香は解答用紙をチェックしてみるが、適当に解答欄を埋めたのでは無くしっかりした解答が書き込まれている。智香は泡を食って会議室を出ると、学園長に相談したところ、「好きにさせてやれ」との指示が出た。


「じゃあ、次の教科、もう始める?」


「うん」


 即答したタマは数学も同様に問題を見るなり考える素振りも見せず解答を書き込み始めた。考えるどころか、筆算すらしていない。そして残りの教科、英語・理科・社会もすべてそんな調子で昼過ぎには全教科の試験を終了させてしまった。


「お腹すいたにゃ~」


 五教科ぶっ続け、休憩無しで疲れたのだろう。机に突っ伏してタマが空腹を訴えた。智香が時計を見ると十二時を少し回っている。


「もうお昼だもんね。学食行ってみる?」


「うん!行きたい!!」


 智香の言葉にタマはガバっと起き上がった。


「でも、まだお昼休みで学園生がいるだろうから、もうちょっと我慢してね」


「はぁ~い」


「私はコレを学園長に渡してくるわね」


 元気なく返事をするタマを残し、智香が解答用紙と問題用紙を持って会議室を出て行き、タマは「うーん」と伸びをして、また机に突っ伏した。

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