第9話 晴人君大好き。だがしかし……
ショッピングモールから寮母室に戻った智香とタマ。タマはさっそく買い込んだ服に着替えてはしゃいでいる。
「晴人君に見せてくるにゃ」
鏡を見て喜んでいたタマが、いきなり言うと寮母室から出て行こうとした。智香は大慌てでタマの腕を掴んで引き止めると、また厳しい事を言った。
「編入が決まるまで男子寮に行っちゃダメよ」
「え~~、にゃんで~~?」
せっかく晴人に見せようとしたのを智香に止められて、不服そうなタマ。彼女からすれば晴人にかわいい姿を見てもらう事が何故いけないのかわからないのだ。それにしても服を買ってもらってすぐに晴人に見せに行こうとは、実に可愛らしい。やはりタマも女の子と言う事だろうか。そんなタマの気持ちもわからない事は無いのだろうが、智香としてはそれを黙って見過ごすわけにも行かない理由があるのだ。
「タマちゃんはまだココの生徒じゃ無いの。部外者の女の子が晴人君の部屋に行ったら問題になっちゃうの。晴人君の立場が悪くなったら困るでしょ」
確かに。さすがは智香、なかなかどうしてしっかりした考えを持っている。
「うにゃぁ……」
「学園に入れる日が来るまではあんまりうろうろしちゃダメよ」
真っ当な意見を聞き、しょんぼりした声のタマに智香が更に厳しい事を言うと、タマはより一層しょんぼりして呟いた。
「うにゃあ、つまんにゃいにゃあ……」
無理も無い。せっかく人間の姿になって晴人達と遊べると思ったのに『おあずけ』を喰らってしまったのだ。すっかり元気の無くなってしまったタマを元気付ける様に智香は言った。
「出来るだけ外には連れて行ってあげるから。人間の生活もいろいろ見ないといけないしね」
「……わかったにゃ」
その頃、晴人は健一のレポートを作成していた。
「よし、こんなもんだろ」
「おおっ、もうできたか。さすがは晴人!」
「あとはコイツを清書するだけだ。ここからはお前の仕事だ。わかってるな」
「おう!お前の字じゃマズいからな」
「いや、それもあるが、先生に突っ込まれた時、ある程度の受け答えは出来る様にしとけってコトだ」
「そっか。今度は頑張って覚えるぜ」
「ああ、しっかりやれよ。んじゃ、俺ちょっと出てくるわ」
日本史の得意な晴人はレポートの下書きをほんの数時間で一気に完成させると部屋を出た。もちろん行き先は寮母室。智香、いや、タマのところだ。
「ちわ~、智香さ~ん」
晴人が寮母室のドアをノックするとドアが開き、智香が出迎えた。
「あら、晴人君どうしたの?」
「いや、タマはどうなったかなって……」
やっぱり、といった顔で智香が諭す。
「あのね、晴人君タマちゃんの事が気になるのはわかるけど、必要以上にココに来たらダメよ」
「えっ何でっすか?」
「そりゃそうでしょ。変な噂が立ったら大変じゃない」
「はあ」
「今はまだタマちゃんがココに居ること誰も知らないけど、そのうち知れることになるでしょ。そうなった時、ココに入り浸る男子生徒がいたとなるとみんなどう思うかしら?」
「あ……」
「わかった? まあ今日のところは良いとして、これからはちょっと考えてね」
とか何とか言いながらも晴人を部屋に入れる智香。口に出さなかったが、実はもう一つ理由があった。それは智香と晴人の間にも変な噂が立つかもしれないという事。しかしこれは自意識過剰かと恥ずかしくて言えなかったのだ。
「あ~晴人君にゃ!」
晴人にタマが嬉しそうに駆け寄ってくる。タートルネックにデニムのミニスカートからはレギンスに包まれた綺麗な足がすらりと伸びて、晴人は素直にタマの事をかわいいなと思った。
「どうかにゃ?」
少し照れた様子でくるりと一回転すると
「あ、コートも買ってもらったんだよ~」
と、タマは奥へ引っ込んだかと思うとショート丈のダッフルコートを羽織ってまた出て来た。
「どう? かわいいかにゃ?」
「タマちゃん、そんなに晴人君に見せたかったのね~」
ぽーっと見蕩れてしまった晴人の代わりに智香がニヤニヤしながら言うとタマは笑顔で頷いた。
「うん! だって私、晴人君のコト大好きにゃもん!!」
タマの大胆な発言に晴人はドキッとする晴人。
――タマ……俺のコト好きだって? いや、いくらかわいいったってアイツはネコだぞ。いや、今はネコじゃ無ぇか。でも、人間じゃ無いんだぞ……でも、見た目は凄ぇかわいいよな。いや、だから何なんだ? 相手は猫又だぞ。でも、やっぱかわいいよな。いやいや……――
タマの気持ちを受け入れて良いのか? 晴人の心に葛藤が生まれる。だがしかしタマの続けた言葉が晴人の耳に突き刺さった。
「ご飯くれるし、頭撫で撫でしてくれるし、お布団に入っても怒らにゃいし」
更に智香の冷静な一言が彼に引導を渡した。
「あー、LOVEじゃ無くLIKEの方ね」
一気に現実に引き戻された晴人は
「ああ、凄ぇかわいいな」
こう応えるのが精一杯だった。するとタマはニコニコしながら晴人の手を引っ張った。
「さあ、上がって上がって」
タマはまるで自分の家かの様に晴人をリビングに通し、ショッピングモールでの買い物のこと、初めて喫茶店に行ったことを楽しそうに話すのだった。だが、買ってきた服を晴人に見せに行こうとして智香に止められた話に進むと寂しそうな顔になりポツンと呟いた。
「だから、晴人君に会いにいっちゃダメって智香さんに言われたんにゃ」
晴人はしょんぼりしているタマの頭をぽんっと叩き、そのまま頭を撫でながら優しく言った。
「学園長がうまくやってくれるまでの我慢だろ。長いこと学園生活を送りたいって想ってた願いが叶うまで、もうちょっとだよ」
「うん!」
久しぶりに晴人に頭を撫でられたタマは満面の笑顔で頷いた。そしてごろごろすりすりと甘え出した。
「お、おいタマ……」
いきなりの展開に晴人は焦った。智香もリアクションに困ってフリーズ状態。
「今までは身体がしんどくって晴人君が頭撫でてくれても『ありがとう』って言うぐらいしか出来なかったけど、この身体だったらじゃれつけるんだよ~。ほら、喉もごろごろってして~」
タマはネコの習性でじゃれているだけみたいだ。残念な様な、ほっとした様な気持ちで
「そっか~、ほ~れごろごろ~」
タマの白い喉に手をやる晴人。だが、ネコで無くなったタマの喉がごろごろ鳴る筈も無く
「にゃはははは~~くすぐったいにゃ~~」
と声を出して笑っている。もう、イチャついてるバカップル以外の何者にも見えなかった。
「タマちゃんも晴人君も、そのへんにしときなさい」
フリーズから回復した智香が二人を引き離すと、また智香から大きな溜息が。
「早くネコの習性をなんとかしないとね……」
タマの学園生活が始まるまでになんとかなるのだろうか? 頭の痛い智香だった。
「じゃあ、そろそろ行くわ。もうすぐ晩飯の時間だし」
「え~もう行っちゃうの~?」
男子寮に戻ろうとする晴人にタマは寂しそうに纏わりついた。
「私も一緒に寮の食堂で食べたい~」
智香に言われて納得はしたものの、やはり晴人の顔を見ると我慢出来なくなったのだろう、またゴネ出したタマを智香が一喝した。
「ダメよ、タマちゃん。さっきも言ったでしょ。あなたはまだココの生徒じゃ無いの」
「うにゃぁ~~~~」
不服そうな声を上げるタマに手を振り晴人は寮母室を出た。しかし、少し歩いたところで智香に呼び止められる。
「晴人君、さっきのコトだけど……」
「はあ」
「タマちゃんが学園生活を送る為にはネコの習性を抑えていかないとダメなの。わかるわね」
「ええ、もちろん」
「なら、さっきみたいなネコをじゃらす様なマネはどうかと思うの」
「ああ、そうですね。すみませんでした」
素直に頭を下げる晴人に智香はニヤニヤしながら言った。
「タマちゃん、かわいいから触れたい気持ちはわかるけどね」
「そ、そんなんじゃないっすよ。タマ相手に」
さっきドキっとした事を棚に上げて強がる晴人を見て智香は微笑ましく思いながらも厳しい顔を作った。
「まあいいけどね。とにかく今はタマちゃんを学園生活に溶け込める様にしてあげるのが一番大事だと思うの。タマちゃんのことは私に任せて晴人君は今まで通りの生活をしてなさい。いいわね」
「……はい」
しゅんとなって返事をする晴人に智香は溜息混じりに言った。
「そんな顔しないの。何かあったら呼んであげるから。じゃ、またね」
「はい。失礼します」
晴人は歩きながら呟いた。
「タマは猫又だから。人外の者と学園生活を送れるなんて面白いじゃないかと思ったからタマの力になってやるだけなんだ。それだけの事だ」
それは本心なのだろうか? それとも、自分に言い聞かせているのだろうか?
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